♢15ー《先代の守護者》ー15♢
「旦那様アアアアああぁぁぁぁ!!」
「なにやってんだお前ええええぇぇぇぇ!!」
ヘンリーさんとラウルがそう叫ぶ。
どちらも驚愕しており、ラウルなんて怒りで顔が真っ赤になってる。
しかしその動物はそんな2人の言葉を気にせず、再び殴りかかろうとする。
そこで駆け寄ってきたラウルに取り押さえられ、ヘンリーさんが倒れたアレクさんを起こしに行った。
な、なにがどうなってるの……
◇◇◇
「どう、落ち着いた?」
私はアレクさんを蹴った動物にハンカチを渡す。
その動物はハンカチに鼻水をブーッっとすすると、私の方を見た。
「ああ、ありがとう。君は……」
「私はエミリー。エミリーって呼んで」
「ありがとうエミリー。……君が今代のダイナモ使いか」
そう言って鼻水まみれのハンカチを返してくる。
……汚い。
「で、ラウル。これは一体どういうことなんだ?」
そう聞かれたラウルは疲れたようにその動物に全てを説明した。
急に過去に連れてこられたこと、エデンが危ないこと、アレクさんを連れて行かないといけないことなどだ。
「なるほど……それで俺を呼んだってわけか」
「うん。そうなるね」
「じゃあ、こいつは今俺と初めて会ったってことか?」
アレクさんを指差す。
「そうだよ。ほら、謝りな」
その動物ははあ、とため息をつくと、アレクさんの方を見て言った。
「さっきは悪かったな。俺の名前はハリス・ガンドール……一応、お前の相棒だ」
アレクさんは蹴られて赤くなった頬を氷で冷やしながら、その謝罪を受け入れる。
「なんとか事情は飲み込めたつもりでしたが……なぜいきなり蹴ってきたのですか?」
不思議そうにそう問う。
するとハリスが怒ったように顔を顰め、こう言った。
「それはお前が俺との約束を破ったからだ」
「約束?」
「ああ。未来のな」
ええ……それはさすがに理不尽なんじゃ…
いくらアレクさんが未来で約束を破っていたとしても、ここにいるアレクさんは約束なんてしていない。それどころかハリスとは初対面だし、いきなり殴られるのは納得がいかないだろう。
アレクさんも少しだけ懐疑的な表情をしていたが、すぐにいつもの顔に戻る。
「分かりました。約束がなにかは分かりませんが、謝罪しておきましょう」
おお、さすが紳士。
なにも知らないのに自分から謝るだなんてすごい……
しかし、ハリスはそんな謝罪を無視するかのように言葉を発する。
「その気持ち悪い敬語もいらん。ヘンリーと同じように喋れ」
なんだか、随分と偉そうだな。
「……ああ、分かった」
アレクさんは少しだけ黙った後、私やラウルに対する喋り方とは違う、身内の人だけに使っている口調になった。(ロバートは例外)
どれだけ懐が広いんだこの人……
話しに区切りがついたところで、ラウルが話し始める。
「こういうのもなんだけど、僕がハリスをここに連れてこようと決めたのは昨日だ」
き、昨日!? どうりでなにも聞かされなかったわけだ。
でも、そんな忙ぐ必要があるのかな?
一言でも相談してくれたら良かったのに……
「なんでかって言うと、昨日とある問題が明らかになったからなんだ」
ラウルは神妙な面持ちでそう言う。
問題? 問題ってなんだろう。ダイナモに関係のあることかな?
その場の4人が、次のラウルの言葉を静かに待つ。
「その問題はウェストミンスターの下に眠る、通称ラムトンのワーム。こいつが目覚める前に滅ぼしておきたい。ハリス、君はこいつを倒したことがあるだろう。どうやって倒した?」
ラウルがハリスにそう聞くが、その前に急に告げられたことに驚きを隠せない。
「ま、待ってラウル」
「ん、どうしたの?」
「ラムトンのワームってなに?それに、ウェストミンスターって……」
「テムズ川が汚染されている原因だ。こいつが瘴気を撒き散らしているせいで川の神聖さが消え、今にも下級悪魔達が生まれようとしている。実際、昨日遭遇したらしいじゃないか」
昨日……あの泥だらけの化け物のことか。
やっぱりあれは悪魔だったんだ……
「そこって昨日調査した結果、唾液の発生源だったんじゃ……」
「僕もそこら辺はよく分からないけど、恐らく口を開けたまま眠っていたりしてるんじゃないかな? 今ものすごく大きくなっているはずだし」
すると、アレクさんが眉間に眉を寄せてこう言った。
「そいつはぜひとも滅ぼしておきたいですね」
あの悪臭のせいで船の動きがかなり鈍くなっているらしく、近々貿易会社どうしで団結して政府に圧力をかける予定だったのだとか。
ラウルはアレクさんの言葉に頷いた後、話を続ける。
「こいつはワームと言ってもミミズなんかじゃない。竜だ」
「りゅ、竜!?」
「そう。かつてラムトン家が滅ぼしたとされる竜。イギリス竜伝承にも載っていて、当時は凄まじい被害を出したとされている」
「質問をよろしいですか?」
ヘンリーさんがスッと手を上げる。
「はい、大丈夫ですよ」
ありがとうございますと言って、ヘンリーさんは言葉を発した。
「ラムトンのワームは、ロンドンのさらに北……ファットフィールドのリバーウェアから出現したはずです。ロンドンからかなり離れていますし、なによりもリバーウェアはテムズ川と繋がっていない。海を泳いで来たというわけですか?」
ラウルは少しだけ悩んだ後、ハリスを見た。
「どうなのハリス?」
ハリスは腕を組んで顔を顰める。
「それは俺が守護者をやっていた当時にも分かっていない。まあ、海を渡ってきた以外はあり得ないから、海から来たと結論づけたがな」
そう説明されるが、ラウルは納得していないような顔をする。
「ラムトン家はワームを殺し損ねたけど、確実に致命傷を与えたはずだ。その状態で海を渡れるとも思えないし、なによりテムズ川で暴れることなく眠っている時点でおかしいでしょ」
すると急にハリスが叫んだ。
「だああぁぁ! だから分かってねぇんだって! 天界にもそのことをしつこく聞かれたし、もう知り得る情報は全部提出した! 300ページもなッ! そのレポートを読んでくれ!」
余程嫌なことがあったのか、ハリスは頭を掻きむしりながらそう言う。
そしてそんなことよりも、と言って話を続けた。
「今俺に聞きたいのはやつの滅ぼし方だろ? それは俺の頭に入っているからいいとして、そんなに焦る必要はない。やつを滅ぼしたのは1年後だし、その時もやつは眠ったまま起きなかった。今回もそれでいけばいい」
「いや、それだと困るんだ。僕等は一刻も早くエデンに戻る必要があるし、エミリーも帰りたがっている。お前が言っている内容だと、あと2年はここに滞在しなくちゃいけないだろ」
「時間のことだったら気にするな。ダイナモに来た時の時間に戻して貰えばいい」
あ、確かに。
来た時の時間に戻れば1日も経っていないし、その日のうちにパーティーもできる。
なんで気づかなかったんだろう。
そう思っていると、アレクさんがハリスを見て言った。
「そう言うわけにもいかないだろう。テムズ川の問題は私……いや、イギリスが一刻も早く対応すべき問題。解決方法を知っているのなら、協力してもらうぞ」
有無を言わせない迫力のある声。しかし、ハリスはそれに動じることなく否定した。
「だから、焦らなくても解決できると言ってるだろ。あいつは少なくともあと1年は眠ったままだ。ここで焦って変なことでもしたら、逆に起こしちまうかもしれないだろうが」
アレクさんはそんなハリスの言葉に納得することなく反論する。
「今、テムズ川の悪臭のせいで貿易どころではない。肝心の船乗りが誰も乗りたがらない上、水産物の輸出は凍りついている。あと1年も待てるはずがないだろう」
ぐッ……とハリスは唸ると、はあとため息をついた。
「……分かった。だがな、やつの討伐は俺が指揮する。ラウル、それでいいよな?」
「大丈夫だけど……お前って指揮できるの?」
「うるせえ。こうするしかねえだろうが」
いや、私にとってはラウルが指揮できるのかも疑わしいんだけど。
色々とおっちょこちょいだからなラウル。
まあでも、緊急時にメス猫をナンパできるぐらいには神経が図太いから、そういう意味では向いているのかも。
「じゃあラウル。今すぐエデンに連絡して、いくらか戦えるやつを要請してくれ。できれば七星……いや、六星クラスは欲しい」
七星? 六星? 本当に知らない単語ばかりで嫌になる。
するとヘンリーさんが私やアレクさんにも分かるように説明してくれた。
「七星というのは、エデンを守るお方達のことです。70人の戦闘能力が秀でた人達の集まりであり、六星というのはその上位互換的存在ですね。60人の、七星よりもさらに戦闘能力が高い人達のことを指します」
なるほど……エデンの軍人みたいなものかな?
理解していると、ラウルがハリスを見て首を横に振った。
「それは無理だ。今僕は天界との交信を拒絶している。エデンどころか、天界とすら連絡が取れない状態だ」
ハリスが唖然する。
「は? な、なんで?」
「過去に来た以上、僕等が優先するべきなのはなるべく過去を変えないことだ。天界との交信を拒絶していなかったらハリスがアレクさんに接触していただろうし、そこですでにエミリー……つまりダイナモ使いがいたら混乱するだろ? それを過去のお前が天界に伝えたりでもしたら、間違いなくこの星の歴史は変わるだろうね」
なるほど……てか、この時代のダイナモを持ってきていたり、天界との交信を拒絶していたりとか、いつの間にやってたんだろう。
もしかして、ずっと1人でやってたのかな……
そう思っていると、ハリスがうーんと眉をひそめる。
納得したような、納得していないような表情だ。
「確かにそうだな。俺等……守護者が率先して禁忌を犯すわけにはいかない。それは理解できるが……」
「そんなにエデンの支援が必要?」
ラウルが不安そうにそう聞く。
「……そうだな。天界からの支援でも厳しい。俺の時は七星が2人、六星が1人来たからなんとか隠密に滅ぼすことができたが……いや、お前がいたらいけるかもな」
ハリスはラウルを見てそう言う。ラウルは少し驚いた表情だ。
「行けるんだったらそれでいいんだけど……よく七星と六星が来れたね」
「まあ、腐っても序列三位だからな、俺達。招集をかければそれなりに来るさ」
ハリスが自虐するようにそう言い、アレクさんを見る。
「いくら一刻も早くテムズ川を元通りにしたいといっても、準備には時間がかかる。一週間だ。一週間で準備を整える。それまでに、ロンドン内の悪魔達を滅殺しておけ」
「悪魔達の滅殺? なぜ?」
アレクさんがそう言う。私も同じ気持ちだった。
ワームを殺すだけだったら、悪魔なんて関係ないはず。なにか関係あるのかな?
「やつらは瘴気に魅せられる。これからどんどんウェストミンスターに集まってくるぞ。早くワームを滅ぼしたいんだったら、まずはそいつらから滅ぼさなきゃなんねえからな」
ワームを攻撃している時に悪魔達が来られると困る。だからその前に周辺の悪魔は滅ぼしちゃおうってことか。
そう思っていると、ラウルの視線が私に向けられた。どこか心配そうな目だ。
多分、悪魔を滅ぼすのに私が参加するのか気になっているのだろう。
私は将来悪魔と戦わなくちゃいけないらしいし、ラウルにとっては参加して欲しいはず。
ただ、私はまだダイナモ使いになるかどうかはっきりとさせていないため、そこら辺を心配しているんだろう。
私はラウルが言いたいことを察して、安心させるように笑う。
「大丈夫、どうせいつかはやらなくちゃいけないんでしょ? 私も戦うよ」
その言葉にアレクさんが驚く。
「え、エミリーも戦うのですか?」
この時代、女性は家で家事をするのが一般的な時代だ。そんな中、戦うといった私にビックリしたんだろう。
「アレクさん、未来では男性も女性も関係ありませんよ。皆んな、平等に生きています」
そう言うとアレクさんは少しだけ沈黙し、顔を下げてフッと笑った後、立ち上がってダイナモを持った。
「どうやらそのようですね。ヘンリー、未来はいい時代になっているようだな」
「ええ、全くです」
ヘンリーさんもそう笑うと、装飾の入った銃を取り出した。
「エミリー様、こちらはロバート様にもお渡しした、銀の聖銃です。弾はロバート様と同じで六発しか入っていませんが、後日さらにお持ちいたしましょう」
そう言って銃をテーブルに置く。
改めて見るとすごいきれいだけど、なんだか緊張するな。
私の家にも銃はあったけど、ママは絶対に触らせてくれなかったし、見せてもくれなかったので、なんだか新鮮な気持ちだ。
「ありがとうございます」
これで私も戦える。そう思っていると、ラウルが声を上げた。
「銃で戦うのもありだけど、エミリーには明日から悪魔と戦う術を覚えてもらうよ」
「え?」
「ああ、そういや今は過去だから、アレクも知らないんだったな。よし、お前もエミリーと同じように覚えてもらうぞ」
「え?」
こうして、私とアレクさんの鍛錬が幕を開けた。
ーーーーーー
ちなみに、ハリスは私のネット友達が考えたオリジナルキャラクターです!
その友達は独特の世界観を持っていて、この小説の主要キャラクターを考えたのも彼なんですよ!
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