♢14ー《告白》ー14♢

「なんてことだ……」


 夜、ラウルは紙に書いた文字を読みながらそうつぶやいた。


 信じられないような、どうしようもないような顔をする。


「こんなことになっていたなんて……」


 顔を腕につけてうつ伏せになると、窓からケイトが入ってきた。


「ラウル、報告よ……どうしたの?」


 ケイトはラウルの方に歩み寄ると、心配そうに声をかける。


「ごめん。それで、報告は?」


 ラウルは顔を上げると、無理やり笑顔を取り繕ってそう聞いた。


「……私でよかったら、相談に乗るけど?」


 ラウルは驚いた表情をすると、嬉しそうに笑った。


「ありがとう。でも、大丈夫だよ。これは僕がやらなくちゃいけないことだからね」


 ケイトは少しだけ悲しそうな顔をすると、報告をした。


「カラス達からの報告で、今日の昼間、エミリー様達が下級悪魔に襲われたわ」


「な、なんだって!?」


「落ち着いて。乗り合わせたアレクサンダー・ハートフォードとヘンリー・オーストン。そしてカラス達によって事なきを得たわ」


「……良かった」


 ラウルはぐったりと脱力する。


 本来エミリーを守ってくれるはずのダイナモは自分が持ってしまっているため、下級悪魔でも油断できない。


 もしもエミリーになにかあったら――


 ラウルはゾクッと震え、反省しないとな……と思った。


「そして、ここからが本命なんだけど……」


 ケイトは深刻そうな顔をする。


「ん? どうしたの?」




「テムズ川の地下……そこで瘴気を大量に吐き出している存在を見つけたわ」




 ◇◇◇




〜翌日〜


「号外!号外だよ〜!」


    ♢〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♢


[テムズ川の中から唾液!?発生場所を特定]


 我々の調査によって、テムズ川には大量の唾液が含まれていることが分かった。広大な川の中、唾液と特定できるほど含まれていることは異例であり、過去に前例がない。

 その発生源を調べるべく、我々は昨日の昼、アレクサンダー・ハートフォード氏の協力のもと川の調査を行った。調査内容は川の上流に船を進め、いくつかのポイントで水を採取し、唾液の濃度を調べるというものだ。

 調査の最中、驚くべきことに調査班は悪魔と及ぼしき者達と接触し、戦闘行為に及んだ。これもアレクサンダー氏とヘンリー氏によって撃退され、2人の勇敢なる姿は――(長すぎるため抜粋)


 そして調査の結果、我々は唾液の発生源を調べることに成功した。その場所は――



〜昨日〜



「ウェストミンスター橋のすぐ下?」


 ラウルはケイトにそう問う。


「ええ、間違いないわ。正体はラムトンのワーム」


「ら、ラムトンのワーム!? もしかして、ラムトン家は……」


「ええ、あの一族は殺し損ねた。現在のワームは長い年月をかけてその体を再生。もはや手がつけられないほど巨大になってるわ。いつ出てきてもおかしくない状態よ」


 ケイトは深刻な表情でそう言った。その言葉に、ラウルは頭を抱える。


「しかもウェストミンスターの下って……その場所は……」


「ええ、バッキンガム宮殿のすぐ近くに、復旧中のウェストミンスター宮殿……天界との交信を絶ってよかったの? 英国との契約が守れなくなるわよ?」


 ラウルは再び頭を抱えた。


 そして慰めるようにその背中をケイトが優しく毛づくろいしてあげるのだった。





〜朝〜


「はっはっは、随分とよく書けてるじゃないか」


 アレクさんは朝食の場で、ロバートが書いた新聞を読んで笑った。


「……随分と誇張されてるけどね」


 マリーが呆れたようにそう言う。


 まあ、それは私もそう思う。アレクさんとヘンリーさんを称賛する文が長すぎるんだよな……


「嬉しい限りですね」


 ヘンリーさんはまんざらでもない様子でそう言う。


「しかし、唾液の発生源がウェストミンスターの下とは……これは国が動くんじゃないか?」


「そうですね。近頃、あそこらは封鎖されるでしょう」


 ウェストミンスター橋は、バッキンガム宮殿のすぐ近く。そこでなにかあったとなると王族の命が危険にさらされるため、一刻も早く対処しなければならないらしい。


「そういえば、ラウルはどうしたの?」


 マリーが聞いてくる。そういえばどこにいるんだろう。


 ラウルのために用意されたお皿は床に置かれたまま、一口も手がつけられてない。


 料理が嫌すぎて、魚でも盗みに行ったのかな?


「昨日帰ったときはいたんだけどね……」


 昨日の夜遅くに帰って部屋に入ると、白い猫がラウルを寝かしつけていたのでそのままにしてしまった。


 ……結構美猫だったけど、彼女かな?


 どうやらナンパには成功したらしい。



 そんなことを考えていると、ラウルがこちらに向かって歩いてきた。


「あ、おはようラウル」


 そう言うが、なんだか様子が変だ。


 疲れたような、なにかを決心したような顔をしている。


「おはよう。アレクさん、突然ですがお話があります」


 え? 私なにも聞いてないよ?


 ラウルはチラッとヘンリーさんとマリーを見る。


 その視線に気付いたヘンリーさんは、マリーのもとに寄った。


「お嬢様。しばらくの間、お部屋に戻っていてくれませんか?」


「えっ、なんで――……分かったわ」


 マリーもなにかを察したのか、素直に部屋へと戻る。


 そしてこの部屋には私とラウル、アレクさんにヘンリーさんの4人だけとなった。


 ラウルは言いづらそうにヘンリーさんを見る。


「あの……、悪いんですけど、できればヘンリーさんも――」


「ラウル様、私は天月にございます」


「!?」


 ラウルは驚愕する。


 しばらく『いや、』『でも、』と言った後、無理やり自分を納得させるように頷いた。


「分かりました……」


 ……天月ってなんだろう?


 なにも知らない私とアレクさんは困惑する。


 いや、私よりもアレクさんの方が知らないから、もっと困惑してるかも。


「アレクさんにお話するのは、エミリーとダイナモについてです」


「!? ら、ラウル!?」


 今までずっと黙ってきたのに、それを言っちゃっていいの!?


 しかも、未来から来たと言ったところで信用されるわけがない。


 すると、ラウルは私を見て、白い紙を渡してきた。


「これは? ……っ!」


 その紙には、[エデンの危機。今すぐアレクサンダー連れてこい]と書かれてあった。


「昨日の夜、ようやくダイナモの解析が終わったんだ。それでようやく理解した。ダイナモは、あの地下室でエデンになにかしらの危機が起こったことを察知した。その危機は分からないけど、それを解決するために僕等をアレクさんのいる時代に飛ばしたんだろうね」


「え、で、でも、過去に戻ることは禁忌なんでしょ?」


「エミリー、エデンの危機は全世界の危機だ。ダイナモもそんなことは言ってられなかったんだろうさ」


 そんなことを話していると、アレクさんが困惑したように聞いてくる。


「あの、先程から言っている過去やらエデンとは一体なんのことでしょうか? 私にも分かるように説明してくれませんか?」


 そう言われて、ラウルは申し訳なさそうにアレクさんの方を見る。そして、今までのいきさつと天界、アレクさんが先代のダイナモ使いだったことやエデンのことを全て話した。



 ◇◇◇



「なるほど……では、エミリーは未来から来たと?」


「は、はい。そうなります」


 うわああああ、絶対に信じてもらえないよぉ。


 私のそんな気持ちとは裏腹に、アレクさんは酷く納得したような顔をした。


「はは、なんだか全てが繋がったかのような気分ですよ」


「……え?」


「元々、この国の人間ではないと思っていましたからね。まあ、未来から来たとは思っていませんでしたが……」


 アレクさんはうんうんと頷き、ヘンリーさんを見た。


「しかし、ヘンリーは全然驚かないじゃないか。もしかして、全て知っていたのか?」


「……ええ。旦那様には申し訳ないですが、私は天界とエデンのことをすべて知っております。ただ、まさかエミリー様達が未来から来たとは夢にも思いませんでしたね」


 ヘンリーさんって知ってたの!?


 と思ったが、未来から来たことは知らなかったそうなので安心した。


 いや、安心する要素はどこにもないんだけど、もしそこまで知られていたらちょっと怖い。


「全く、私だけ仲間はずれか。酷いじゃないか」


 アレクさんは笑いながらそう言う。


「申し訳ありません。しかし、旦那様が未来で英雄となっておられるとは……このヘンリー、とても誇りに思います」


「よしてくれ。それは未来の私だ。まだなにも成していない私に使う言葉ではない」


「では、未来にて言わせて頂きます」


 そんな2人の会話はまさしく長年連れ添った相棒という感じで、とても格好良かった。


「それで、私はなにを成したのですか?」


 サタンを滅ぼしたことはまだ言っていない。もしかすると、言ったら未来が変わってしまうかもしれないからだ。


「そこまではちょっと……」


 ラウルは申し訳なさそうにそう言う。


「そうですか……まあ、未来で確認させて頂きましょう」


 アレクさんとヘンリーさんは互いに笑い合う。よっぽど未来のことが嬉しいのだろう。


「それで本題なんですが……一緒に、未来まで来てくれませんか?」


 ラウルがそう言うと、アレクさんは少しだけ困った顔をした。


「私には心残りがありまして……それはマリーのことです。あの子を置いて、死ぬかもしれない戦いをするわけにはきません」


 あ、あれ? でもそれだと、なんでアレクさんはダイナモ使いになったんだろう?


 まさか、マリーが――


「私がダイナモ使いになるのは、恐らくもっと先の話しじゃないのですか? その頃には恐らくですが――マリーは結婚しているんじゃないかと思います。あの子が身を置いてくれるのなら、私は安心して行けるかもしれません」


 あ、そういうことか。


 一瞬でも不謹慎な妄想をしちゃった自分が恥ずかしい。

 

「僕はこの先のことを知りませんが……参ったな」


 ラウルは私を見る。


 アレクさんがダイナモ使いになるのは2年後……つまり、マリーが結婚するのも2年後なはずだ。


 そんな時間まで待てるわけがない。私は一刻も早く帰りたいのに……


 私はふるふると頭を振る。


 ラウルはそうだよなあといった感じの苦い顔をして、アレクさんを見た。


「全世界の危機なので、僕等としては一刻も早く帰りたい。けど、アレクさんは承知してくれませんよね……」


「もちろん。申し訳ありませんが、これは一歩でも譲れません」


 ラウルは肩を落とす。


「分かりました。ではこの話しは一旦置いておいて、アレクさんは本来この時期にダイナモを受け取っていたはずです。このダイナモを渡すわけにはいきませんので、こちらのダイナモを……」


 そう言ってラウルはもう一つのダイナモをアレクさんに渡した。アレクさんはありがとうございますとだけ言って受け取る。







 …………


「「えええええええええぇぇぇぇぇ!!?」」


「うわッ!?ど、どうしたんだ2人とも」


 一緒に叫んだ私とヘンリーさんはお互いに顔を見合わせる。


「い、いやなんでダイナモが2つあるの!?」


 大体そういうのって、1つしかないのがお決まりじゃん!?


「そ、そうですよ! ダイナモはこの世に1つしかなかったはずです!」


 ヘンリーさんもそう叫ぶ。実際に1つしかないみたいだ。


 まあ、過去に戻れるような物がポンポンあっても困るけど……


「いや、こっちのダイナモはエミリーの。だから未来の。そしてこっちのダイナモはアレクさんの。つまり、今の時代のダイナモ」


 な、なるほど。ラウルは、どうやらこの時代のダイナモを取ってきたらしい。いつの間に……


「あ、そういえば、守護者はどうするの?」


 なんでダイナモだけ持ってきたんだろう。守護者がいるなら、そっちも連れてくればいいのに……


「先代の守護者……ハリスは未来から連れてくるよ。そっちの方が都合がいいしね」


 ま、まあ確かに。


 これからなにが起こるか分からないよりは、事前に知っておいて動いた方がいいしね……


「それじゃ、今連れてきてもいいですか?」


 ラウルがアレクさんにそう聞く。これにはアレクさんも驚いた表情だ。


「構いませんが……もう未来から来ているのですか?」


「いや、今から連れてくるんです。ダイナモ」


 ラウルがそう言うと、私達が未来から持ってきたダイナモの針がガチガチと動いた。


 私をここに連れてきた時と同じくらいガチガチと動いていて、少しだけトラウマが蘇る。

  




 すると、床の上に真っ白な球体が出てきた。


 輝いており、中は見えない。


 ダイナモがガチガチと音を鳴らし続け、ついにピタッと止まった。







「うぃ〜?」


 白い球体の中から出てきたのは、得体の知れない動物だった。


 ハムスターのようだけど、その口からは2本の長い牙が生えている。


 体はたぬきのようで、なんともいえない不思議な動物だった。


 たぬきの顔をハムスターにし、そこからヘビの牙をつけたらこうなりそうだなと思った。


 その動物? は辺りを見回すと、アレクさんに気づく。


「あ? 飲みすぎたか?」


 その手にはお酒が入った瓶を握っていた。


 心なしか、すごくお酒の匂いがする。


「お前また飲んでいたのか! いい加減にしろ!」


 急にラウルが激昂し、びっくりとする。


「あ? ラウル? おい見ろよ。アレクサンダーの幻影が出ちまった」


 その動物は ははは、と笑う。相当酔っているようだ。


「チッ」


 ラウルが舌打ちをすると、どこからともなく水が出てきて、動物の全身に直撃する。


「冷たッ! おいッ! 酔がさめちまったじゃねぇ……か……」


 その動物は再びアレクさんを見て唖然とする。


 幻影だと思っていたものが、本物だの気づいたのだろう。



「アレク……? ヘンリー……?」


 呆然と、まるで幽霊でも見るかのようにそう呟く。


 しばらくすると、なんとなく状況を理解したのかアレクさんの下にゆっくりと走っていった。


「感動の再開だよ、エミリー」


 ラウルが私の方に来てそう言う。


「え、そう?」


 随分とお酒臭いので、あまりそのような光景には見えなかった。


「ああ、なんたって、死に別れた相棒と数百年ぶりに再開したんだ。ほら、あいつなんてもう涙が出ているよ」


 あ、本当だ。


 全身びちょ濡れだから全然気づかなかった。


 確かに、そう思えば感動のシーンに見えてくるかも。


「アレクううううぅぅぅぅ!」


 その動物は大粒の涙を流しながらアレクさんもとに駆け寄る。


 アレクさんもなにかを察したのか、しゃがんで両腕を広げた。


 そしてその動物はジャンプをして、




「もう一回死ねえええええぇぇぇぇぇ!!!」


 そう言って、盛大にアレクさんの顔を蹴った。


 


ーーーーーー


ロバート((((;゚Д゚)))))))「やばい、銀の弾がない!?」


ビルター( ゚д゚)「なんであいつはあんなに騒いでるんだ?」


局員( ・∇・)「どうやら、ハートフォードさんのところから預かった銀の弾丸を無くしたようですよ」


ビルター(・Д・)「はあ、そりゃまた……ん?」



ビルター( ゚д゚)▲←タバコの灰を潰すのに使っていた弾



ビルター(´-ω-`)「まあいいか」



ロバートε=ε=ε=ε=ε=ε=┌:(;゙゚'ω゚'):┘「たまああああぁぁぁぁ!!!!」







 



 


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