♢19ー《水の力》ー19♢

 地下大聖堂から出た私達は、地上にある教会の庭に出ていた。


「見たところ、力の巡回はできているようじゃないか。外への放出もね。ヘンリーから教わったのかい?」


「いえ、教えてくださったのはエミリーの守護者です」


 ミリアンヌさんはほほうと感嘆する。


「どおりで力の使い方が随分とうまいわけだ。習ったのはそれだけかい?」


「はい、そうです」


「基礎的なことはできていると……うーん、どうしようかねえ」


 ミリアンヌさんは顎に手を当てて考え事をする。


「聖炎……いや、あれはまだ早いか…」


 ブツブツと呟いた後、考えが定まらないような様子で空を見上げる。


「イエス様の教えを覚えさせても意味がないしねえ……」


「悪魔祓いには信仰心が必要じゃないのですか?」


 アレクさんが意外そうな顔をしてそう言う。


 確かに、よくドラマやテレビだと神様を称えながら十字架をかざしているイメージがあるな。


 ミリアンヌさんは首を横に振る。


「私ら聖職者はその通りさ。神の忠実なる下僕だからね。天月はそんなことをしなくても祓えるが、神に祈りながらの方が遥かに力が強力になる」


 ただね――と話しを続ける。


「ダイナモ使いは別だ。彼等はイエス様に仕えているわけでもなければ、他の神だけに仕えているわけでもない。彼等は等しく、全ての神々に仕えている。キリスト教の悪魔祓いはイエス様や聖母様へ祈って祓うからね。そんなことをすれば、信仰がキリスト教にだけ偏っちまうだろ?」


 なるほど。1つの神様ばかりを贔屓にはできないから、あえて祈らないってことかな?


「それに、ダイナモ使いは使い手というだけで多くの神々からご加護を貰える。私らのようにいちいち祈らなくても、力が貰えるのさ」


 そんなに優遇されてるんだ私達。でも、ラウルはダイナモ使いを悪魔を滅ぼす旗頭って言ったけど、そんな旗頭にいっぱい加護を与えるのかな?


 たった一人を強化するよりも、より多くの人達が少しでも強くなった方が良いと思うけどな……


「では私は祈る必要があるということですか?」


 アレクさんがそう聞く。ミリアンヌさんにはアレクさんがダイナモ使いだということを言っていないため、必然的に祈りをする必要があると考えるだろう。


 けどアレクさんもダイナモ使いだから、本当はそんな必要なんてない。


 時間がないのに、本来であればやらなくていいことをやるのは効率が悪いと思っているんだろう。


 すると、ミリアンヌさんは渋い顔をした。


「あんたに信仰心なんて欠片もないだろ? 気持ちの籠もっていない祈りをダラダラとやるぐらいだったら、力でぶっ叩いちまった方が効率がいい」


「失礼な。私には海よりも深く、山よりも高い信仰心がありますよ」


「ふんッ! 教会のパンやお供え物を盗むやつがなにを言っているんだか」


 だから始めに会った時あんなに怒ってたのか……悪ガキと言っていたのも、そういうことらしい。


「神は全てをお許しになる。そうでしょう?」


 おお、鋭いパンチ。


 これには言い返せないのか、ミリアンヌさんはグッと言葉を飲み込む。


「……これだからこいつは好きじゃないんだ。嬢ちゃんも、こいつみたいにはなっちゃいけんよ」


「ははは………」


 すると、ミリアンヌさんが突然パンッと膝を叩いた。


「よしっ、決めた。今から教えるのは今あんた達が使っている『力』の応用だ」


「応用?」


「そう。今のままでも、あんたらは十分にその力を使いこなしている。だがね、それはもっといろんな使い方ができるんだよ。こっちについておいで」


 ミリアンヌさんはそう言うと歩き出した。


 応用ってなんだろう。アレクさんはラウルから教えてもらった力の応用で木を折ったけど、それとはまた別なのかな?


 それに、私達はミリアンヌさんの前でろくに力を使っていない。アレクさんはどうか分からないけど、私は力を使って遠くを見ただけだ。


 その一瞬で力量が分かったのかな? まあ、私自身上手く扱えている自信はあるけど……


 歩き始めてすぐに、私達は教会の池の前に来た。


 その池の水はとても透き通っていて、中にいる魚がよく見える。


「私の真似をしな」


 そう言うと、ミリアンヌさんはしゃがみ込み池の中に右腕を入れる。


 私達も腕をまくって同じようにした。


「目を瞑り、水を感じるんだ」



 目を瞑り、水を感じる。



 冷たい感触が心地いい。


「腕から力を出してご覧」


 腕から力を出す。すると、私の腕の周りの水が光に滲んだ。


 絵の具を水に垂らした時のように滲んでおり、とても綺麗だった。


 これで池の水を浄化しているのかな?


 そう思ったけれど、それはどうやら違うようだった。


「よし、それを再び腕に戻すんだ」


 も、戻す? こうかな?


 昨日教えてもらったように、外に出た光を腕の中に戻すようにする。


 すると、光が戻るのと同時に、周りにあった水まで吸い込まれた。


「きゃッ!?」


「うお!?」


 驚く私とアレクさん。


 かなりの量の水が右腕の中に入ったので、慌ててその腕を確認してみる。 


 水で腕が膨れ上がっているんじゃないかと思ったけど、全然そんなことはなかった。


 腕に水が入ったというよりは……体の中で巡回している?


「よくやったね。成功だよ」


 ミリアンヌさんがそう褒めてくれる。


 けど、私にはなにが起こったのか全く理解できなかった。


「これはなにが起こったのですか?」


 アレクさんが私が聞きたかったことを代弁してくれる。


「今のは水を力に取り入れたんだ。これで、数ヶ月から1年は力を水に変えられる」


 ほれっ、と言って、ミリアンヌさんは私に水をかけてきた。


「きゃっ!」


「ハッハッハ、可愛らしい反応だねぇ」


 ミリアンヌさんがそう笑っていると、今度は大量の水がミリアンヌさんの頭にかけられた。


 修道服がビチャビチャになっており、さっきまで優しかった目が今にも人を殺しそうな眼光になる。


「あ゙あ゙?」


「ハッハッハ、可愛らしい反応ですねえ」


 アレクさんが煽るようにそう言う。


「いい度胸じゃないか悪ガキ。ちょうどいい、稽古をつけてやる」


 すると、ミリアンヌさんの左右から水の柱が出てくる。


「おっと……これはまずい」


 水の柱は合わさると、どんどん大きくなっていく。


「精々死んでくれるなよ? まあ、私しゃ死んでくれた方が夜ゆっくりと寝れるけどね」


「私があなたの寝込みを襲うとでも? ハッハッハッ! 随分と面白い冗談――」


 すると、10メートルはありそうな水の柱がアレクさん目掛けて突っ込んできた。


「ぬおおおおお!?」


 アレクさんはジャンプして、それを紙一重で避ける。


「チッ、ガキの頃よりもすばしっこくなってないかい!? そろそろ衰えろこの悪ガキジジイが!」


「その言葉、そっくりあなたにお返ししますよ!」


 水がまるで生き物のようにアレクさんを追いかける。


 アレクさんも、到底お年寄りとは思えないほど俊敏な動きでそれを避けていた。


「わあ、すげぇ……」


 隣から小さな男の子の声が聞こえた。


 声の方向を見てみると、先程教会にいた15人ほどの子供たちがアレクさん達の攻防を見ていた。


「姉ちゃんもあれできるの?」


 あれと言うのは、ミリアンヌさんが出している水のことかな? うーん……できるかなぁ?


 アレクさんはさり気なくできていたけど、私はまだやっていないから分からない。


 ただ、なんとなくできそうな予感はする。


「やってみるね」


 そう言って、体の中にある力を外に出し、それを水に変えようとイメージしてみる。


 すると、思っていた通り力が水に変わった。


 水に変わっても光のモヤみたいに自分で動かせて、まるで自分の体の一部になったかのようだった。


「わあ! すごいすごい!」


 男の子がそう言って喜んでくれる。周りの子供たちも、キラキラとした目で私を見ていた。


 私はとあることを思いついて水の量を増やし、竜の形に変えてみる。


 そして、子供たちの周りを飛ばせた。


「キャッ! ……ふふっ」


「うおおおおカッケエエエ!!」


「……綺麗」


 子供たちはかなり喜んでくれている。


「そうだ……」


 またとあることを思いついて、大きな水の柱を空に向かって打ち上げる。


 すると、晴れているのに雨が降ってきて、大きな虹ができた。


「す、すげえよ姉ちゃん!」


 皆興奮した様子で虹を見る。


 子供たちが喜んでいる姿を見ると、なんだかこっちまで嬉しくなるな。


 水の竜や、女の子が好きそうなユニコーンをを作って、宙を浮かばせる。


 子供たちは大はしゃぎで遊んでいた。



「すごいじゃないですかエミリー。早速子供たちの心を掴んだのですね」


「アレクさ――んぶッ!」


 私は思わず吹き出しそうになって口を抑える。


 なぜなら、アレクさんはビショビショになって、その前髪が目を隠していたからだ。


「不覚にもやられてしまいましたよ。流石はミリアンヌ、私の動きを熟知している」


「ふんっ、いつから見ていると思ってんだい」


 アレクさんの後ろからミリアンヌさんがやってくる。


「いつから見ているんですか?」


 2人は旧知の中に見えるけど、どれくらいの付き合いなんだろう?


「私らはもうずっと古くからの腐れ縁ってやつさ。私がまだ教会のシスターをしていた頃……」







 〜数十年前〜


「ミリアンヌ、教会のお掃除は終わりましたか?」


 髭を生やした、神父の服装をした男がそう言う。


 すると、明るい茶色の髪の毛をした、美しい少女が答えた。


「はい、隅々まで掃除しました」


「ふむ………完璧ですね。あなたは優秀な子です。将来はバチカンに行けるようにもなりましょう」


 神父は少女――ミリアンヌに向けてそう言う。


 笑顔で称賛するが、対してミリアンヌはあまり嬉しそうではなかった。


「神父様、私はこの街が……国が大好きなのです。バチカンに行けることはとても栄誉あることだとは理解していますが、私はここに残りたい。ここで生き、ここで死にたいのです」


 首にかけられた十字架を握ってそう言う。


 神父は物怖じするミリアンヌを見つめながら、笑顔で頷くとこう言った。


「もちろん、1番大切なのはあなたの気持ちです。私はそれを無視して無理やり送り込むほど傲慢ではありませんし、非情でもありませんよ」


「神父様……ありがとうございます」


 バチカンに行くというのはその教会にとってとても名誉があることだ。


 自分の教会からバチカンに行ったという実績があれば神父としても鼻が高いだろうし、寄付も増える。


 しかしそんなメリットを無くしても、神父はミリアンヌの意思を尊重すると言ってくれたのだ。


 そんな神父の優しさに、ミリアンヌは心が温かくなった。


「バチカンに行かなくとも、神は我々のすぐそばにいます。大切なのは自分を大切にし、信念を貫くことですよ」


「………はいッ!」


「分かったのならよろしい。では、街で食べ物を買ってきてくれませんか? 子供たちは育ち盛りですからね。いっぱい食べさせてあげねば」


 そう言って神父はミリアンヌにお金を渡す。


「はい、分かりました。すぐに買ってきますね!」


 ミリアンヌは走り出す。


「あっ、そんな急ぐと――」


 そう言いかけるが、もうミリアンヌは姿が見えなくなるほど遠くに行っていた。


 神父はため息をつきながらも笑顔になる。


「全く、おてんばなのはいくつになっても変わりませんね」


 そう笑いながら、こじんまりとした教会に入っていった。




 ◇◇◇



 ミリアンヌは街のパン屋さんに来ていた。香ばしい匂いがお店の前まで来ていて、食欲がそそられる。


「パンを6つください」


 そう言うと、パンの仕入れをしていたおばさんが出てきた。


「あらミリアンヌちゃん。今日も元気そうだねえ。ほれあんた、おまけして2つほどつけてあげなッ!」


「へいへい、もとからそのつもりだよ。はいミリアンヌちゃん、どうぞ」


「ありがとうございます! あなた達に神のご加護があらんことを」


 そう笑顔で言うと、夫婦も嬉しそうに目を細める。


「またおまけしてもらっちゃった。えへへへ」


 パンの匂いを嗅ぎながら、そうニヤニヤとする。


「ハッ! いけない。これは子供たちにあげるやつなんだから……」


 垂れかけたよだれをジュルリと戻して、次のお店に歩いていく。


「次はマーガレットさんのところで卵を買わないと」


 そう言い、鼻歌を歌いながら道を歩く。


 すれ違う人達も、ミリアンヌの様子を見て嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ〜ふんふ〜ふ――!」


 ミリアンヌは突然立ち止まる。


 彼女の視線には、幼い子どもが2人いた。


 片方は珍しい髪色をしていて、燃え上がるような赤に緑色の目をしている。


 派手な色だけれど、顔はどこか儚かった。


 すれ違ったら思わず振り返ってしまいそうな見た目だけど、ミリアンヌはその子よりも隣にいた男の子に視線を釘付けにされた。


 真っ黒な髪色に、子供とは思えないほど鋭い眼光。


 まるで、自分の心の中を読まれているかのようだった。


「大丈夫? あなた達。パン食べる?」


 お腹を空かせていそうだったので、先程もらったパンを差し出す。


 すると、黒髪の子の方がバッとパンを2つ取って、片方を赤髪の子に渡した。


 2人はその場でガツガツとパンを貪る。


 2つはおまけでもらったやつなので、上げても問題はないだろう。


 そう思って、ニコニコと子供達を見る。


「どこから来たの? お名前は?」


 すると、ひ弱そうな赤髪の男の子が答えた。


「ヘンリー。僕はヘンリー」


 そう、かすかな声で言う。


「あなたがヘンリーね。私はミリアンヌ。あなたは?」


 ミリアンヌは隣りにいた黒髪の男の子を見てそう言う。


 黒髪の男の子は口の中に入っていたパンをゴクンと飲み込むと、口を開いた。


「俺に名前はない。あと、俺達は孤児だ。来たところなんてない」


 子供とは思えない、平坦とした声。


 ミリアンヌはかなり驚くが、再び笑顔になってこう言った。




「名前がないと不便でしょう? じゃあ、私がつけてあげる。あなたの名前はアレクサンダー。アレクサンダー・ハートフォードよ」



 

 



 



 

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