♢12ー《使命》ー12♢

「ん、ううぅ――はッ!!」


 反射的にベッドから飛び起きる。


 あ、アレクさん……?


 呆然としていると、今自分がベッドの上にいることに気づく。


「おはようエミリー」


「ら、ラウル?」


 ラウルは窓の縁で日光を浴びながらそう言った。


 あれ、私はなにをして――


「ウッ!」


 頭がキーンッと痛くなる。


 するとラウルが窓の縁から飛び降りて、こちらに歩み寄ってきた。


「大丈夫」


 そう言って肉球を私の額に当てる。


 はあ、はあ。なんだか安心するな……


 どういうわけか、だんだんと痛みも収まってきた。


「ラウル、私変な夢を見ちゃった」


 あんな残酷な夢は初めて見た。


 人の肉片があちこちに散らばり、夢なのに匂いまで鼻に染み付いている。


「うぷっ」


 一瞬胃の中にあるものを吐き出しそうになった。


「エミリーが見ていたのは、夢じゃなくて過去だよ」


「か、過去……?」


「そう。ダイナモの能力の一つ。ダイナモは使い手に、その物や人の過去を見せることができるんだ」


「か、過去を見せる? そんなの、神様でもなきゃ――」


「だから言ったろ?僕等はエデンから来たんだって」


 ま、まさか本当だとは思わなかった。


 いや、でも過去のイギリスに来ている時点で、もうそこら辺のカルト宗教じゃないよね……


「それでエミリー、誰の過去を見たんだい?」


 ラウルにそう聞かれ、私は先程見たものを全て話した。



 ◇◇◇



「……なるほど。まさかアレクさんに、そんな過去があっただなんて……」


「ラウルは知らなかったの?」


 大抵、英雄というのはその生き様や過去が後世に語り継がれるものだ。


 それはどんな国、地域を問わずに変わらないだろうし、アレクさんを尊敬しているラウルがその過去を知らないとは思わなかった。


「アレクさんの過去は天界でもあまり明らかになっていないんだ。唯一知っていそうな先代の守護者はなにも語ろうとしなくてね……」


「語らない?」


「そう。僕の親友なんだけど……まあ、辛いことでもあったんだろうね」


 え? 親友?


「えっと、先代の守護者って何歳?」


「ん? 先代は今は――350歳くらいだったかな?」


「ラウルは?」


「僕? 僕は323歳だよ」


 その言葉に私は唖然とする。


「1歳になる時の定義って、生まれてから365日たった時?」


 ラウルがなにを聞きたいんだ? という表情でこちらを見てくる。


「もちろん。地球と天界の日にちは変わらないからね。天界でも365日が1年間だし、歳もそれに合わせて増えていくよ」


「さ、323歳って……」


 ラウルは再び「?」の顔をし、その後ようやくこちらが聞きたいことを理解したのか、納得した表情をした。


「ああ、僕達は地球の生き物と違って長生きなんだ。皆大体1000年は生きるよ」


 う、うっそぉ。


 めちゃめちゃ年上じゃん。年下と思って接していた自分が恥ずかしい……


「ま、精神年齢はそう変わらないんだけどね。今の僕は地球人でいう17歳ぐらいだし、エミリーと同じくらいだよ」


 そうなんだ。てか、それでも17歳で私と同じじゃん。年下だと思っていたんだけどな。


「まあそんなことはいいんだ」


 ラウルはそう言うと、真剣な面持ちをした。


「これから言うのはダイナモ使いの使命。つまり、エミリーにやってもらうことだ」


 ゴクッとつばを飲み込み、体を引き締める。


 最初に出会った時に悪魔がどうのこうの言っていたけど、あの時は混乱していて正直なにも聞いていなかったので、今回初めて聞くようなものだった。


「ダイナモ使いの使命は、悪魔達の滅殺。この世に顕現する悪魔達を滅ぼし尽くすことだ」


 ラウルがそう言うと、辺りが光で輝いた。


 白い光で、私とラウルを囲っている。


「キャッ! な、なにこれ!?」


「……魔法だよ」


 あ、今面倒くさいからって適当に言ったな。


 ただこんな景色を見るのも二度目なので、あまり驚くことはなかった。


「まず、ここが僕が生まれ落ちた故郷――天界だ」


 光の粒子が集まって行き、一つの形を創り出す。


「これは……銀河?」


「そう、これが天の川銀河。僕達は第16482233銀河って呼んでいる」


 いや長ッ!


「そしてその銀河の中央にあるところ――これが天界だ」


「え!? 銀河の中心ってブラックホールじゃないの!?」


「ブラックホールはただの入口だよ。天界以外の知的生命体が攻めてくると大変だからね。わざと周囲の光を吸い込んで、危険な雰囲気を出しているんだ」


 そ、そうだったんだ……


「主に銀河は中央にある天界が管理し、バランスを保っている」


「あれ? 管理をしているのはエデンじゃないの?」


 なんか初めて会った時にそんなことを言っていた気がする。


「エデンはたかが1銀河の管理なんてしないよ。エデンが管理するのは天界だ。まあ分かりやすく言うのなら、超巨大組織の本部と支部みたいな関係だね」


 なるほど……あれ? ということは、エデンから来たラウルは結構すごいんじゃ……


「エデンの場所は僕も知らないんだ。知っているのは総帥だけって言われている」


「総帥?」


「総帥っていうのは、簡単に言えば神の代理人。今神々はどこかに出払っているらしく、総帥っていうお方が世界を管理しているんだよ」


「へー。エデンのトップってこと?」


 そう聞くと、ラウルはどこか難しそうな顔をした。


「……いや、そうじゃないんだ。総帥は頑なに自分がトップ――1番上にいることを望まなくてね。トップは一応ノア様とハクヨウ様ってことになっているけど、まあ実質的なトップは総帥だね」


 へー。なんで望まないんだろう。なにか理由があるのかな。


「まあそんな天界なんだけど、天界には天敵――というより、敵がいる。それがこいつら悪魔達だ」


 光の粒子が集まり、今度は赤黒い肌に黒い角、黒い翼が生えた悪魔を映し出した。


「ダイナモ使いはこの悪魔達を滅ぼす筆頭……つまりは旗頭になるんだよ」


 それを聞いて私は俯く。


「どうしたの?」


 また気持ち悪くなったのかとラウルが心配する。


「……なんで私なの?」


 そんな大役、私に務まるはずがない。生まれてからこの方武道なんてやったことがないし、そもそも私の他にもっと適任者がいるはずだ。


 そんなことを考えていると、ラウルがあっけからん様子でこう言った。


「それは僕にも分からない」


「……え?」


 予想外の一言に思わず声が漏れてしまう。


「ダイナモ使いを選ぶのは総帥でも守護者でもなく、ダイナモ自身だ。選ばれる基準は分からないけど、これまでの使い手達には共通するものがある」


「共通するもの?」


 一体なんだろうか。検討もつかない。


「それは意思だよ。エミリー。彼等は皆確固たる意思を持ち、自身の信念に従って生きているんだ」


「信念……か。私には分からないや」


 そんな物持ったことがないしね。


「? 君は持ってるだろ?」


「え?」


「君は今までずっと頑張って来ていたじゃないか。なんであんなに頑張った?」


 もしかして、この猫私の受験勉強を見ていたのかな?


「夢のため……」


「その夢は?」


「宇宙飛行士……」


 ラウルはいい夢じゃん。と言った。


「夢のために努力できる人なんて一握りだ。君は高校生活、友達付き合いを最小限にしてずっと受験勉強をしていた。なんでそこまで行動できたと思う?」


 なんでって……そんなの分かるわけがない。


 私はただ自分がなりたい夢に向かってがむしゃらに頑張ってきただけだ。


 そう言おうとした時、ラウルが遮るようにこう言った。


「信念があったからだよ」


「……ッ!」


「君がなんと言おうと、誰がなんと言おうと君は信念を持って頑張ってきた」


 ……なんでこの猫は、私が欲しい言葉をかけてくれるんだろうなぁ。


 思わず目頭が熱くなる。


「君は天から認められたんだ。そう卑下することはない」


「でも、なんの経験もない私が旗頭なんて――」


 するとラウルがフッと笑った。


「そのために僕がいるんだよ」


「あっ――」


「細かいことは大丈夫。エミリーはただ、堂々としていればいい」


 ラウルがそう言うと光の粒子がパアっと消えた。


「宇宙飛行士になる夢も叶えれば良い。悪魔を滅ぼすと言っても、そこら辺にいるやつらを適当に滅ぼしておけばいいんだから」


 ラウルはそう笑顔でいうと、私の目をしっかりと見つめてこう言った。



「悪魔を滅ぼせ、エミリー」



「……ッ!」


 その得体の知れない迫力に、思わずつばを飲む。


「……それって今決めないとダメ……?」


 やっぱり怖いものは怖いし、すぐに承諾できるような勇気は私にはない。


 ここまで鼓舞されて申し訳ない気持ちもあるけど、私には即決できなかった。


「いいや、使い手になるかどうかは戴冠までに決めておけばいい。今すぐに決めなくても大丈夫だよ」

 

 ラウルがそう微笑むと、扉の向こうから声が聞こえてきた。


「エミリー、なにか声が聞こえてきたけど、もう大丈夫なの?」


 マリーの声だ。


「あれ、そういえば私って……」


 ラウルは忘れていたことを思い出すかのようにあっと言う。


 そして先程の態度とは一転し、申し訳なさそうに体を縮めて、恐る恐る私の顔を見る。


「……昨日廊下でぶっ倒れて、今まで眠っていた感じだね……」



 ……え?


 そういえば、最後の記憶はマリーと廊下で喋っているところだ。


 も、もしかして、私、今すごく心配されてるんじゃ………



「なんでそれを先に言ってくれないのぉぉ!?」



 あ、悪魔がどうとか使命がどうとかの前に、すぐに無事だって言わないといけないじゃん! 


「言おうと思ってたんだッ! ごめんって!」


 私は枕でラウルを叩こうとし、ラウルが必死になってそれを避ける。




「え、エミリー!? どうしたの? なにかあったの!?」


 マリーが扉をダンダンと叩く。


「お、お嬢様!? どうなさいました!?」


 ヘンリーまでやってきた。


「エミリーの様子がおかしいの! スペアの鍵を持ってきて頂戴!!」




 その日の朝は、随分と騒がしかったそうな……




ーーーーーー


ラウル(・・?)「ところで、なんで宇宙飛行士になりたいの?」


エミリー( ´∀`)「だって、宇宙にはロマンが詰まってるでしょ?どこまでも続く星々に、その星にはまだ見たことのない物があるかもしれないじゃん。そんな星の中を飛ぶって、すっごく素敵じゃない?」


ラウル(^-^;『エデンに来たらいくらでも行けるんだけどな……でもそのために今まで頑張ってきてたんだし、これでモチベーションを崩されても困るな…言わないでおこっと』


エミリー( ´ ▽ ` )?「どうしたのラウル?」


ラウル(^ν^)「いいや。宇宙飛行士、なれるといいね」

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