♢11ー《ダイナモの力》ー11♢
僕の名前はラウル。
聖遺物たるダイナモの守護者であり、自慢ではないがエデンの園序列第三位のスーパーエリートだ。
そんなスーパーエリートの僕にも悩みがある。
それは言うまでもなく、今置かれている状況だ。
突然のタイムトラベルに、過去の英雄・アレクサンダーとの接触。
常人ならば大混乱するところだが、僕は違う。
守護者はありとあらゆる場面に対応できるよう訓練を受けている。
その中でも、僕の対応能力は他の候補者達と比べて抜き出ていた。
さすがに過去に来たときは僕も混乱していたが、今は違う。
すでにできる限りの手は打ってあるし、たとえたった今想定外の事態が起こったとしても、対応できる自信があった。
「誓下、ご報告です」
とその時、ベランダで日向ぼっこをしていた僕の隣に黒い大猫― ―ミルクが来た。
誓下とは、ダイナモ使いとその守護者にだけ使われる敬称だ。
ダイナモ使いとその守護者は絶対なる誓いを立てることでよく知られている。
誓下という呼ぶことは、その誓いに敬意を払うことなのだ。
「ラウルでいいよ。で、どうしたの?」
「はッ、テムズ川から瘴気が漏れ出ている件についてです」
テムズ川の瘴気――それはこの時代に来た当初から危険視していた事案だった。
瘴気とは、邪悪なる者から漏れ出る空気のこのをいう。
人間が息を吐くように、邪悪なる者はその身から瘴気を放つ。
しかし、それが川から漏れ出ているというのはありえない。
川は本来、神聖な存在なのだ。
多くの生物達の住処であり、人の発展の礎にもなる。
そんな川から瘴気が溢れるというのは普通だったらありえないが、なにせこの時代は街中に中級悪魔たちが
過去に来てから数日しかたっていないが、もうすでに数十体は滅ぼしている。
それによって過去が変わったしまうという懸念はあったが、今一番大事なのはエミリーの安全だ。
例え過去を変えるという大罪を犯そうとも、僕はダイナモとその使い手たるエミリーの守護者だ。
エミリーを守る義務がある。
「だから、その気持ち悪い敬語はやめていいよ。出会ったときと同じように話して。あ、これは命令ね」
「……」
この地位に立ってからというもの、僕には友達ができたことがない。
元々いた友達も敬遠するように離れていき、その大きすぎる地位と引き換えに僕は一人になってしまった。
ミルク達が僕にタメ口を開いたときは、少し感動してしまったくらいだ。
「……分かった。それでテムズ川の瘴気についてだが、あれは恐らく川の下――つまり、地下から来ているものだ」
「地下から……つまり、地下に瘴気を放つ存在がいると?」
「ボス達の意見はそうだな。しかし、この瘴気は人間のものじゃないのか?」
瘴気は邪悪な者から出るだけではなく、わずかにだが人の生活排水などでも生じる。
この時代は産業革命真っ只中だし、これまで各種族代表はテムズ川の瘴気がこの国の人間たちのものだと思っていたのだろう。
しかし、それだけではここまで酷く瘴気は出ない。
「もちろん人間達も原因の一つだと思うけど、この量は流石におかしい。天界が介入してもいいくらいだ」
「天界が……そんなにか……」
天界が介入する時は危険度がF-1以上の時だ。
ちなみに危険度Fは一つの国の危機だ。
この星は、エデンと契約を交わしている国がいくつかある。
契約を交わしている国同士の争いには介入しないが、堕天上級悪魔などの超常的な存在が顕現した場合や、契約を交わしていない国に滅ぼされそうになった場合などには助けに入るという契約だ。
「うん。この場合はF-2ぐらいだね。まあ、僕が対処すれば問題ないんだけど……」
それは本来、僕の役目じゃない。
先代ダイナモ使いであるアレクサンダーさんと、その守護者――ハリス・ガンドールがすべきことなんだよなあ。
黙り込んでしまったラウルに、ミルクが顔に疲れを浮かべながら問う。
「問題ないんだったらいい。しかし、今代のダイナモ使い様――エミリー様、あの方は何者なんだ? ボス達が調べてみたが、その出自はおろか、この島で生まれた形跡すらなかったぞ」
ラウルは冷や汗をかく。
エミリーは地球出身だし、そりゃ調べれば出自なんていくらでも出てくる。
しかし、それはその時代に生まれていればの話だ。
未来で生まれた者の出自なんて分かるわけがないし、今代のダイナモ使いというのも間違っている。
「エミリーの出自はちょっと特殊なんだ。まあ君たちが気にすることはない」
前はこの地位の高さを嫌っていたが、こんな風に適当にあしらっても勝手に納得してくれるので、今回のような事態に関してはこの地位で良かったと思えた。
「それで、報告は以上かな?」
そう聞くと、ミルクはなにやら言いづらそうにした。
「いや、まだあるんだが……」
「なに? 遠慮なく言っていいよ」
「……ネズミのボスからの伝言でな。仲間達を大量招集したのはいいものの、餓死をする奴が後を絶たないらしいんだ。それに最近は人間達がエサを囮に捕まえてくるから、同胞の数が激減しているんだとよ」
……困ったな。
ネズミ達を集めた理由は、主に情報収集のためだ。
ネズミは家の中やドブなど、様々な環境に適応できる。
カラスには空から街を監視させ、ネズミは人間の会話やこれからの動向などを収集し、随時報告してもらっている。
しかしその数が多すぎたようだ。
あまり数を減らすと情報網に穴が空くのであまり減らしたくはないが、やむを得ないだろう。
「分かった。ロンドン内にいるネズミの数は減らしてもいいけど、カラスはなるべく残してくれ。下級悪魔はもちろんのこと、中級以上の悪魔の顕現には要注意して監視してくれ」
「了解した。じゃ、俺はこれで」
そう言ってミルクはベランダから飛び降りる。
「よし、僕も仕事をするとしようかな」
ダイナモの解析もだいぶ進んできたのだ。
恐らくダイナモが発しているのは22単語ほど。
そのうちの数単語は解析できた。
『エ……危機……アレクサンダー……こい』
……こんな感じだろう。
アレクさんに纏わることなのは間違いないが、これでは意味がよくわからない。
僕の勝手な推測でことを進める訳にもいかないので、確実に意味が分かってから行動しなきゃいけないんだ。
はあ。
モールス信号なんてどうやったらパッと分かるんだよ……
ため息をつきながら、ダイナモが置かれている寝室へ向かう。
「さて、ダイナモは……!?」
寝室へと戻り、ベッドの上を見る。
そこで見た光景に、ラウルは愕然とした。
ベッドの上に置いてあるダイナモが、淡く輝いているのだ。
「なにをしている!!」
ダイナモが輝くということは、その力を行使しているということに他ならない。
恐らくエミリーになにか力を使っているのだろう。
「くそッ」
ダイナモを無視し、エミリーを探す。
もしも危険な目にあっていたとすれば大変だ。
「エミリー!」
長い廊下を走っていき、曲がり角を曲がる。
すると、その先にマリーとエミリーがいた。
エミリーは倒れており、マリーが名を叫んでいる。
「エミリーッエミリーッ」
「マリー! なにがあったんだ!?」
「わ、分からない! 話をしていたら、エミリーが急に――」
ラウルはエミリーの方へと駆け寄り、額に手を当てる。
これは……! 過去を見せられているのか?
過去を見せる力――それは、ダイナモの能力の一つだった。
ダイナモはその人間の過去を使い手に見せることができる。
しかし、一体誰の過去を――
その時、ヘンリーがこちらに向かって走ってきた。
「大丈夫ですか!?」
「は、はい。少し具合が悪くなったんでしょう。大丈夫だと思いますが、一応ベッドに運んでくれますか?」
誰の過去かは分からないが、過去を見ること事態に害はない。
きっと、今まで感じたことのない感覚に脳が意識を閉ざしたのだろう。
ひとまずは大丈夫だ。
「ラウル! エミリーは大丈夫なの!?」
「うん。少し疲れていたんでしょ」
ヘンリーがエミリーを寝室に運んでいく。マリーは心配そうに見送りながら、ラウルの方を向いた。
「そんなに疲れていたの?」
この屋敷でもぐっすり寝ていたので、疲れていると思っていなかったマリーは驚く。
「うん……きっと、なれない環境で疲れが溜まっていたんだと思う」
もちろん嘘だが、ダイナモがどうのこうのなど言えるわけがない。
「じゃあ、明日のテムズ川の調査もやめた方がいいかなあ……」
「……いや、それは大丈夫だと思う」
テムズ川の調査は恐らく僕達が来なくても行っていただろう。
なるべくその過去を変えたくはない。
瘴気まみれのテムズ川に送り出したくはないが、空からは僕が配置したカラスが見守っている。
何かあったとしても、彼らがその命を投げ打ってでも守ってくれるだろう。
ーーーーーー
はい、どうも筆者です。
後書きって意外と書くことに悩みますよね。
だったら書くなよって話ですけど、それだとなろうとなにも変わらないので、なんとか書いている現場です。
まさか後書きに悩む自分が来るとは……いっそのこと、劇場でもやるか? ←は?
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