♢8ー《夢と過去》ー8♢


 あれ……? ここどこだろう?


 満天の星空に、地平線まで広がる花畑。


 初めて見る場所なのに、その幻想的な風景になぜか懐かしさを感じる。


『ここは…… !?』


 声がなんか変!?


 まるで声が遠くから出ているようで、自分の声なのに自分の声じゃない感じがする。

「ねぇねぇ⬛︎⬛︎」


 突然後ろから声がして、勢いよく振り返る。


 満天の星空の下で、私と同じくらいの女の子が髭の長い老人に喋りかけていた。


「ん? どうした?」


「あの星空の中で泳ぎたいと思ったことはない?」


 突拍子もない言葉に、老人の目は丸くなる。


「はっはっはッ!」


 その老人は星空を見上げて盛大に笑った。


 その姿に、少女は頬を膨らませる。


「そんなに笑わなくたっていいじゃん」


「すまんすまん。しかしなぁ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎、流石にそれは無理だと思うぞ」


 恐らく名前を言っていると思うけど、その部分だけ聞き取れない。


「なんで無理だと思うの?」


「む……いやそれは……」


「できるよ。私と⬛︎⬛︎ならきっと」


 少女は華やかな笑顔でそう言う。


 その笑顔につられるように、老人の顔も綻んだ。


「全く……また何年かけるつもりなのやら」


「何年だってかけるよ。夢のためならね。どうせ、私達は――」













「はッ」


 老人と少女がいなくなる。


 目を開いた先には、屋敷の天井があった。


 体を起こし、部屋を見渡す。


 窓の外を見る限り、まだ夜中だろう。


「ゆめ……?」


 夢にしてはやけに具体的な、まるで現実かのような夢だった。


 けどあの場所も、あの少女と老人の顔も知らない私にとって、そんなことがある訳がない。


 なんでだろう……別に怖い夢でもないのに、心臓の鼓動が止まらない。


 まるで悪夢でも見たかのような気分だった。


 そこに居たくないような、いっそのこと消えてしまいたい気分になる。


「……寝よう」





 そう言って、布団の中に潜ろうとする。


「よいしょっと……あッ」


 再びベッドに横になろうとした時、窓からラウルが飛び込んできた。


「……」


 静寂が部屋を包む。


「……何をしてたの?」


「………」


 ラウルは何も答えない。ただ、気まずそうな顔をしていた。


「だか― ―」


「猫と会ってたんだ!!」


「……は?」


「いやさ、この前街を歩いてたときに絶世の美猫がいたんだよね」


「……で?」


「ほら、今ってかなり大変な時だろ? だから息抜きにナンパしようと思ってさー。会いに行ったんだけど、なんとその猫はオス猫だったんだ! 全く、とんだ無駄足だったよ」


 ラウルは咄嗟に作った嘘が見抜かれるんじゃないかと、冷や汗を垂らす。


「……そう」


 しかし、エミリーはまるで興味ないと言わんばかりにベッドの横になった。


「……なにかあったの?」


 いつもの元気がないエミリーを見て、ラウルはどこか心配になる。


 夜だからだろうか?


「少し、変な夢を見ちゃってさ」


 エミリーは力無くそう答えた。


「……怖い夢?」


「怖くはないんだけど、私にとってはなぜか嫌な夢」


 実際、なんというべきか分からなかった。


 その夢は美しいとすら感じたし、怖くなる要素なんて一つもない。


 けれども、私にとっては酷く嫌な夢だった。


 すると、ラウルがベッドの上に乗ってくる。


「ちょっと――」


「嫌な夢を見たときは、こうすればいいって母さんが言ってたんだ」


 ラウルは私のそばに寝っ転がった。


「……子供扱いしないでよ」


「ははっ。地球の17歳はまだ子供だろ? いくら背伸びをしたって、時間はごまかせないよ」


 その言葉に、私は頬を膨らませる。言い返しようがなかったからだ。


「いいんだよ。僕はエミリーの相棒なんだから、エミリーが苦しんでいる時は寄り添ってあげるべきなんだ」


 ラウルが優しく目を細める。なんだか嬉しいような、気恥ずかしい気持ちになって、その目から逃げるように寝返りをうつ。


「………ありがと」


 そう、一言だけ言った。


 その言葉にラウルは微笑む。


「うん。おやすみ、エミリー」


「おやすみ、ラウル」





 また目を閉じる。


 ここに来てからはあまり眠れなかったけど、その日はいつもよりもぐっすりと眠れた気がした。








 ♢♢♢









 コンコンッ


 部屋の扉がノックされる。 


「スミス様、朝ですよ」


 そう言い、老齢の男性が部屋へと入ってくる。エミリーが初めてこの屋敷に入った時にいた執事だ。

「う〜ん……」


「おや、昨日はせい……ラウル様とご一緒に寝られたのですね。仲がよろしいことで」


 老執事はエミリーがラウルを抱き抱えている光景に微笑む。

「……また1時間ほどしたらお起しに来ます」


 エミリーは一応客人という立場だ。無理に起こす必要はない。


 老執事が出て行こうとした時、ラウルが飛び起きた。


「い、今何時だ!?」


 寝ぼけているのか、壁に向かって叫んでいる。

「ただいまは7時にございます」


 懐から懐中時計を取り出した執事が答える。


 執事の存在に気づいていなかったのか、ラウルの肩が少しだけビクッと跳ねた。


「あ、ヘンリーさん。ありがとうございます」


 老執事の名は、ヘンリー・オーストン。


 未来でアレクサンダーとともにサタンを滅ぼし、一時期勲章を授与するべきだとの声も上がるほどの人だった。


 アレクサンダーが最も信頼する執事であり、右腕でたる人物だ。


「いえいえ。ところで、最近はネズミやカラスなどが急増しているらしいですが、ラウル様は何か知っておられますか?」

 ラウルは心臓が飛び出たかと思うほど驚いた。


 確かにネズミやカラスなどは大量に呼び寄せたが、それをまさか自分がやったなどというのは決して思いつかないはずだ。

「……なぜそう思われるんですか?」

 ラウルは何かあった時のために"力"を使う準備をする。


 あまりこの力を悪魔意外に使うのは気が進まないが、やむを得ないだろう。

「いえ、同じ動物としてなぜ増えているのか分かるのではないかと思っただけです。最近は特に騒がしいですしね」


 ラウルは拍子抜けする。


 自分が守護者だと見抜かれているのではないかと思ったからだ。


 天界の存在を知っている動物達がいるように、人間にも天界を知っている人はいる。


 その人間は天月あまつきと呼ばれ、多くの場合は代々家に言い伝えられていて知る人が多い。


 天界が地球で活動をするときにはだいたい天月が使われるのだ。


 簡単に説明すると、天界を知る地球人である。


 少々寝ぼけていたのだろう。


 もしも彼が天月だったとしたらかなり面倒なことになっていたが、そんなことはなさそうで安心した。


「あー、そういうことですか。すみません。猫のことだったらまだしも、ネズミやカラスは分からないですね」


「そうですか……」


 表情や見た目には出さないが、少しだけ残念がっているのを感じた。


「ちなみになぜそんなことを?」


 ヘンリーは少し黙った後、理由を説明した。


「旦那様の会社もネズミの被害を受けましてね……それなりに被害が大きく、対処が困っていて――あぁ、そんな顔をしないでください」


 ラウルは申し訳ない感情でいっぱいになる。故意にやったことではないとはいえ、自分が被害を与えているようなものだからだ。

 ……あのネズミの代表に、アレクさんの会社には手を出さないよう伝えるか。


 本当は極力人間の食糧は食べないで欲しいところだが、無理にロンドンに呼び出したのはラウルだ。


 彼等も多すぎる同胞のせいで食糧が不足状態なのだろう。


 

 そんなことを考えていると、エミリーが起きた。


「んん〜」


 ベッドから体を起こし、目にかかっている髪の毛をどかす。


 起きたばかりなので、その目はどこか虚だ。


「あれ? ヘンリーさん、どうしたんですか?」


 この部屋でラウルとヘンリーが話していることに疑問を持ったのか、エミリーは不思議そうに頭を傾ける。

「おはようございます。後1時間ほどしたら起こそうと思っていたのですが、どうやら声が大きかったようですね」


 ヘンリーは申し訳なさそうにする。


「いえ、いつも起こしに来てくださってありがとうございます」

「エミリーはなかなか起きないからね。一昨日も寝坊しかけてたし」


「うぅ……あまり寝付きがよくないんだよね」


 毎日起こしてもらっているし、自分でもなんだかこのままじゃダメだなと思っているけど……やっぱり起きれないんだよなぁ。


 なぜなら、目覚ましがないからだ。


 元の時代ではスマホを使って起きていたけど、今スマホは充電切れ中。


 あるにはあるけど、正直これなら置いていきたかったっていうのが本音だ。

「大丈夫ですよ。この屋敷にいる間は、私が起こしますから」


 そうヘンリーさんが笑顔で言ってくれる。


 非常に頼もしいが、毎日起こしてもらうのはなんだか申し訳がない。


 私も自立するって決めたんだから、ちゃんと朝は自分で起きれるようにしよう。


 コンコンッ

 再びドアがノックされる。


 返事を返す前に、マリーが勢いよくドアを開けた。


「エミリー! おじいちゃんに船を使わせて欲しいって言いましょ! って、ヘンリーじゃない」


「はしたないですよお嬢様。それで、船を使うとは?」


「うん、ロバートが新聞を書くためにテムズ川の調査をしたいんですって。それで船を使いたいから、借りてきて欲しいって頼まれたの」


 ヘンリーさんが手を顎に当てて、考えことをする。


「いいと思いますね。何かしら結果を得られたら、ハートフォードの名も上がるでしょう」


 その言葉にマリーは笑顔になる。


「でしょ! さあエミリー、おじいちゃんに頼むわよ!」


「ちょ、ちょっと待ってて」


 マリーが私の手を引こうとするけど、私はまだパジャマ姿。


 こんな格好で行くわけにも行かないので、急いで着替える。





「よし! じゃあ行くわよ!」


 マリーは相変わらず元気いっぱいだ。








 ♢♢♢







「―――と、そんなわけで船を借りたいの」


 マリーは執務室でアレクさんにこれまでの経緯を説明する。

「ふむ……」


 アレクさんは考え事をする。何やら浮かばない様子だ。


「それはマリーも行くのかい?」


「もちろん! 家の船だもん、私も乗るわ」


 その言葉に、アレクさんはマリーを心配そうな目で見る。


 その視線に気づいたマリーが、悲しそうな顔で目を合わせた。

「大丈夫よおじいちゃん。私はどこにも行かないから。それに、あれは運が悪かっただけよ。おじいちゃんのせいじゃないわ」


 私は何のことか分からなかった。


 なぜアレクさんがここまで心配するのか、なぜマリーがこんなにも悲しい顔をするのか。

「いいだろう……その代わり、それには私も同行させてもらうよ」


 マリーは酷く驚く。


「え!? おじいちゃん大丈夫なの!?」


「あぁ……過去に引きずられていたら、前には進めないからね」


 マリーは私の目を気にせずアレクさんに抱きついた。


 離さないよう、ギュッと力を込めているのが分かる。


「こら、お客さんの前だぞ」


 そう言われても、マリーはどかない。


「ありがとう、おじいちゃん」





 そう一言だけ言い、私達は執務室を後にした。







 ♢♢♢



「さっき言ってたことって、なんだったの?」


 正直聞いていいのか分からないけど、何も知らないでいるよりは聞いた方がいいだろう。


 マリーは少しだけ考えた後、私の方を向いた。


「……私の両親はね、デキ婚だったの」

 ………え?

 頭が真っ白になる。

 で、デキ婚?デキ婚ってあの?この時代に?


 元の時代でも、デキ婚……というよりも結婚もしていないのに子供を授かった人は咎められるケースが多い。


 それをこの時代の人がやっているとは夢にも思わなかったのだ。


 驚いたような、呆然とした私の様子に、マリーはクスッと笑う。


「やっぱり驚くわよね。おじいちゃんも、初めて聞いた時は倒れたらしいわ」


 そりゃそうだ。私だって、自分の娘がある日突然子供が出来たって言ってきたら怒りを通り越して呆然としてしまうかもしれない。


「え、で、でも、さっきの話と何の関係が?」


「……まぁなんだかんだあって、私が生まれた後正式に結婚式をやろうとしたのよ」


 マリーは少しだけ俯く。


「船の上でね」


「あっ……」


 マリーの様子と話の流れから、私はこの話の結末をなんとなく察してしまった。


「当時はかなり珍しい式だったわ。結婚式の出席者も少なかったけど、かなり豪華な船が使われたの」





 マリーはそう言って、胸の上で手を重ねる。


「名前はマリー号。私の名付け理由になった船よ。この船みたいに、力強く、綺麗に育って欲しいってことで付けられたの」


 マリーはそう言い、エミリーに過去の悲劇を伝えようとする。




 すると、エミリーの寝室にあったダイナモが淡く輝き出した。










〜18年前〜



「あなた、明日はもう結婚式ですよ。いつまでそうしているんですか」


 少しだけ白髪の混じった、茶髪の女性がアレクサンダーに向かってそう話す。


 この時のアレクサンダーの髭はまだ黒く、老をあまり感じさせなかった。


「あぁ……」


 そう言われても、アレクサンダーはベッドの上から動こうとはしない。


「……ソフィーも、本心でああ言ったわけではないでしょう。出産後で疲れていたんですよ」


 そう言っても、まだアレクサンダーの顔は暗かった。


「あの子が言ったことは全て真実だ…私がマリーに触れる権利などない」


 女性は深くため息をつく。


「そうですか。では、私は先に支度をしていますよ」


 そう言って、女性は寝室から出て行った。


 それから2分ほど経過した後、ドアがノックされる。


「……入れ」


 アレクサンダーは憂鬱だった。


 できれば誰とも会話をしたくない。


 しかし一日中こうしているわけにもいかないので、ベッドから重い腰を上げた。


「失礼します」


 一人の青年が部屋に入ってくる。


 その青年は、明日の結婚式の新郎……これからアレクサンダーの義息になるであろう、マイク・ロータリーだった。


「なんの用だ」


 マイクは緊張しているのか、唾をゴクッと飲む。


「明日の結婚式に、出席してはいただけないでしょうか?」

「……無理だな」


 妻とこの男は何度も説得してくるが、私は娘の晴れ舞台を汚すつもりはない。


 その式に出席する資格など、私にはないのだから。


「……ッ! ソフィーは説得します! ですから、アレクさんも――」


「くどい」


「ッ!」


 マイクはアレクサンダーの圧に恐怖する。


 顔はいつもとそこまで変わらない。


 しかし、形容し難い恐怖で体が震えるのだ。

 あぁ、また怖がらせてしまったか……


 アレクサンダーはため息をつく。


 娘も、よく私を見て泣いていたなと思いながら。


「なんと言われようと、私は出席するつもりはない」


 どれだけ言ってもダメだと思ったのか、マイクは残念そうな顔をして部屋から出て行こうとした。


「マイク」


 アレクサンダーが呼び止める。


 呼び止められると思っていなかったマイクは驚いた様子で振り返った。


「あの子を、頼んだ」


 その言葉に、マイクは一瞬涙が出てきた気がした。


「はいッ……!」


 マイクは分かっていた。


 妻のソフィーがアレクサンダーを嫌悪する理由を。


 しかし、それでも晴れ舞台ぐらいは出席して欲しかった。

 

 マイクが涙を堪えて出て行った後、再びドアがノックされる。


 アレクサンダーはまたかと少しだけイラつきながら、入れとだけ言った。


「失礼します」


 入ってきたのはヘンリーだった。エミリーが見たような白髪ではなく、真っ赤に燃え上がるような髪の毛をしている。


「旦那様、明日の式には出席されないようですね」


 その声はどこか悲しげだった。


「そうだ。もう決めたことだ」


 また反対されるのかと思い、アレクサンダーは少しだけ口調を強くする。


「そうですか……では、僭越せんえつながら私とディナーに行きませんか?」


 ヘンリーは笑顔で言う。


「ディナー?」


「はい。明日の朝、皆さんが出発したら行きましょう」


 ディナーなのに朝?と疑問に思ったが、それ以上は口に出さなかった。


「分かった」


 どうせやることなどないのだ。


 行っても大丈夫だろう。


 アレクサンダーはそう言った後、身なりを整えるのだった。



ーーーーーー


 次回はちょっとグロイです。できるだけ表現は控えめにしていますが、耐性のない方は気をつけましょう。

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