♢6ー《猫の集会》ー6♢
屋敷の皆が寝静まった頃、小さな動く影があった。
その影は窓から外に出て、街へと向かう。
「英国内の集会場は元の時代と変わっていないだろうから、なんとか行けるかな……」
その影……もといラウルは、薄く街灯で照らされた道を前にそう呟く。
「でも、元の時代と比べて風景もかなり変わっちゃったからなぁ」
うーんと悩み、あることを思い付く。
「そうだ!同族に聞けばいいんだった!」
手始めに辺りを見回す。
夜の街は暗いとはいえ、ラウルは夜行性だ。
この程度の暗さなんてどうってことないし、逆に昼間よりも見やすいと言えるだろう。
「あ、いたいた」
ラウルは路地裏へ行こうとしている3匹の猫を見つけた。
見逃さないよう、その目でハッキリと捉えて走る。
「こんばんわ!」
追いついてきたところで、ラウルは声を上げた。
「うおっ、な、なんだお前」
三匹の中でも一回り大きい猫が驚く。
他の二匹は警戒するようにラウルを威嚇した。
「驚かせちゃってごめんね。悪いんだけど、君達のボスのところに案内してもらっていいかな?」
突然そう言ってきたラウルに対し、まるで三匹はおかしな奴でも見るように顔を歪める。
「あぁ? 俺らがお前みたいなちんちくりんをボスのところまで案内するわけがないだろ。それに、なんだその見た目。気味が悪りぃな」
ラウルの見た目が特徴的なことは、人にとっても猫にとっても変わらない。
だが、ラウルはそんなことを言われても眉の一つも動かさなかった。
「そうだね……じゃあ、言い方を変えよう」
ラウルはこんなことは言いたくないと言わんばかりに顔を下げる。
そして覚悟を決めたように顔を上げると、三匹に向かってこう言った。
「今すぐ、お前たちのボスに合わせろ」
「!?」
それは、先程と特に変わらない声だった。
声量が大きくなった訳でもないし、覇気があった訳でもない。
ただ、なぜか体がすくんだ。
大きい黒猫はラウルが自分よりも遥かに小さい猫なのに、まるでボスと対面しているかのような気分だった。
「そ、そもそも、なんであんたはボスに会おうとしているのよ!」
隣にいた白い猫がそう叫ぶ。
「なに、大した理由じゃないよ。ここら辺のことを知りたいだけだ」
それは嘘であって本当だ。
確かにラウルは現在のイギリスの土地勘がない。
いつなにが起こるか分からない以上、できるだけ知っておきたいというのはある。
ただそれだけではない。
「君達が警戒するのもよく分かる。けど、生憎今は時間がなくてね。ゆっくりと説明している暇がないんだ」
「……お前のような怪しい奴を、ボスに合わせる訳にはいかない」
薄茶色の猫が、怯えながら言う。
「…………はぁ」
ラウルは深いため息を吐いた。
その時、真ん中にいた黒い大きな猫は悟った。
こいつに逆らってはいけないと。
そう、本能が告げていた。
「ま、待て!」
ん? っと、ラウルが顔を向ける。
「……………案内しよう」
その衝撃の一言に、両脇にいた猫達が驚愕した顔で黒い猫を見る。
ラウルにとっても想定外だったのか、少し驚いた表情だ。
「急にどうしたの? まぁ、案内してくれることに越したことはないけど」
「ついて来い」
そう言われて、ラウルは三匹の後について行く。
「ねぇねぇ、君達の名前はなんていうの?」
大きな猫は心底面倒臭そうな顔をする。
「……ミルクだ」
意外と可愛い名前で危うく吹きそうになった。
危ない危ないと思いつつ、隣の子の名前も聞く。
「へ、へ〜。隣の子達は?」
「私の名前はケイトよ」
「俺はウィルだ」
どうやら白猫がケイトで、薄茶色の猫がウィルらしい。
「うんうん、ケイトにウィルね。これからよろしく」
いつまでここにいるかは分からないけど、仲良くしておくことに越したことはない。
とりあえず名前だけでも覚えておこう。
そんなことを話し合っていると、だんだんと周りに猫が増えてきた。
屋根の上、窓の縁からこちらを見下ろしている猫もいる。
どの猫もラウルの見た目が珍しいのか、すれ違うたびに振り返って見てくる。
「一応確認なんだけど、君達のボスって、この国で一番偉い猫のことだよね?」
「この国……? この国は広いからな。海の向こうがどうかは知らんが、この島では一番偉いぞ?」
この島というのはイギリス本島のことだろうから、きっと大丈夫だろう。
そう思っていると、いつの間にか広場に出ていた。
かなり大きめな広場で、至る所に猫がいる。
「ここが猫の集会場だ。集会は夜にしか開かれないからな。昼に来ても意味がないぞ」
「なるほどね。わざわざ案内してくれてありがとう」
「……この先にボスがいる。いいか? 絶対に粗相は犯すなよ?」
本当にやめてくれよ。と、ミルクは念を押す。
「大丈夫大丈夫。猫付き合いは得意な方だからさ」
げんなりとする三匹を尻目に、ラウルはボスのいる方へと真っ直ぐ進む。
前が見えないほど猫がたくさんいたが、ラウルの稀有な見た目に驚いたのか、誰もがラウルを見て道を開ける。
「これはこれは……珍しいお客さんだ」
その言葉が発せられた途端,ガヤガヤとしていた広場が鎮まりかえった。
静かな、けれども辺りに響くような声だった。
声の先にいたのは、猫とは思えない程大きな猫だった。
サイズでいったら、大型犬ぐらいはありそうだ。
その猫は積まれた木箱の上に、まるで玉座に君臨する王のように寝そべっている。
「こんばんは。君がこの国のボス猫であってるかな?」
ラウルは首を傾げる。
「そうだとも。天界からこられしものよ」
その言葉に辺りがざわつく。
先程の賑やかなざわつきとは違った、驚いたかのようなざわつきだ。
「うん、君が賢くて良かったよ。そこまで分かるのなら話は早いね」
「ふむ。して、話とは?」
ボス猫はそう聞く。
猫とは思えない、重々しい声だった。
「話というよりは用件だね。僕の用件は一つだけ。それは、この国はたった今から僕の管轄となる。天界には異常事態と伝え、一切の交信を絶ってくれ」
ラウルの突拍子もない発言に、ボス猫の目が点となる。
「……くっ、ぶわっはっはっはッ!」
ボス猫の盛大な笑い声が、広場に響いた。
「何をおっしゃるかと思えば……」
「何かおかしいことでも言ったかな?」
ラウルは表情一つ変えない。
「くっくっくっ。いくら天界から来られたといえど、あまり我等を下に見ないで頂きたい。そのような権限はあなたにはない。それこそ、序列十番目の七星様でもなければそんなことはできないだろう」
ボス猫は嘲笑うかのようにラウルを見る。そんなことも知らないのか、と。
「所詮、子供の戯言でしたな。なに、気にはしておりません。明日には天界に連絡し、お迎えに来て頂きましょう」
全く。面倒くさい者がきたものだ。いらぬ手間をかけさせおって。
そうボス猫は思っていた。
「君は一つ勘違いをしているようだ」
「ふむ?」
次の一言に、ボス猫は凍りつく。
「僕は天界から来たんじゃない。エデンから来たんだ」
ボス猫は硬直する。
それは彼にとって、絶対にあり得ないことだった。
天界とは、決して自分達のような者が入れるような場所ではない。
あそこはかつて神々達が住まわれていた場所であり、聖域なのだ。
しかし、天界が世界―――もとい、全宇宙における最高位の場所なのかというとそうではない。
全宇宙における最高位――それはエデンだ。
万物の中心に位置し、理を造っている場所である。
天界に生まれ落ちた動物達の中でもごく一握りの者しか行けない場所であり、このようなまだ成人しているかしていないか分からないような者が行ける場所ではなかった。
「ご、ご冗談を……」
しかし、冗談であるわけがなかった。
なぜなら、エデンとは神々の次に崇拝すべき神聖なる場所。
よりにもよって天界に生まれ落ちた者が、そのような場所を用いて嘘をつく訳がなかったのだ。
「で、では、あなたはご自分が七星であるとでも仰りたいのですか?」
ボス猫は平然とそう聞く。
しかし、その声はどこか震えていた。
「違うな。僕は――」
ラウルの金色の右目と、サファイアを彷彿とさせる左目が、綺麗な紫色へと変わる。
「エデンの園序列第三位、守護者ラウル・ガンドールだ」
そうラウルが告げた瞬間、ボス猫が巨大な重力に押し潰されたかのように姿勢を低くした。
まずいまずいまずいまずいまずい。
心の中で、ボス猫は今までの
七星どころではなかった。
目の前にいるこの猫は、決して自分のような猫が逆らってはいけないような存在だった……!
心臓から血が吹き出しそうになるほど、鼓動が早くなる。
なぜこんなところにいるのか。
なぜ自分のような者と話しているのか。
数々の疑問が頭に浮かぶが、今はそれどころではない。
出来る限り身を低くし,慈悲をこうまでだ。
「数々のご無礼をお許しください。
体から滝のように汗が吹き出してくる。
それはボス猫だけでなく、周りの猫達も同じだった。
「あぁ、いいよいいよ。別に権威を振りかざしたい訳じゃない。時間がないからね。一番早い方法を使わせてもらっただけだ」
紫色の目が、先程までと同じ金色と青色に戻る。
「それよりも、今すぐに人間以外の全ての獣の代表をここに集めて欲しい。夜明けまでには終わらせておきたいからね」
「畏まりました。ただちに」
そう言ってその場にいたボス猫を含む猫数匹が、何処かへと消えた。
♢♢♢
それから数十分後。
猫達のいた広場に、カラスや犬、キツネなどのさまざまな動物達がいた。
「今日はとりあえずこのメンバーでいいかな。全員集めていると夜が明けちゃうからね」
ラウルがそう話を切り出す。
周りには先程と違い多種多様な生き物がおり、遠くからこちらの様子を伺っていた。
「……して守護者様、我等に何か?」
恐る恐る、ボス猫が訪ねる。
「あぁ。君達に集まってもらったのは他でもない。僕を助けて欲しいんだ」
その言葉に、各種族の代表が驚愕する。
「なッ、守護者様が助けを求める程の事態なのですか!?」
「うん。危機レベルで言ったらA-5にはなるね」
角種族代表は絶句する。
もはや空いた口が塞がらないといった感じだ。
「で、では尚更天界に助けを求めるべきではないのですか!?」
カラスの代表がそう叫ぶ。
しかし、ラウルにもそれができない事情があった。
過去に来た以上、僕がすることはただ一つ。
未来を大きく変えないことだ。
天界に伝わったら間違いなく行動を起こすだろうし、最悪の場合この星の歴史が変わるだろうからなぁ。
そう。過去を変えるというのは、神自らが定めた大罪。
今回の場合は神が作り出した聖遺物が暴走したせいなのでさほど咎められることはないだろうが、それでも過去を変えることは禁忌中の禁忌である。
できることならアレクさんともあまり関わりたくはないけど、そうも言ってられないしなぁ。
「……誓下、この星で一番影響力があるのは苦しくも人間です。天界にも助けが求められないという状況ならば、人間の力も借りるべきかと……」
狐の代表がそう進言する。
声からして、かなり老齢だろう。
「その影響力があるから人間の手は借りたくないんだ。できるだけ穏便に済ませたいからね」
この星の獣達ならば影響力が少ない。
仮にこれから生まれてくる彼等の子供達が変わったとしても、星自体が受ける影響は最小限に抑えられるだろう。
「異常の詳細は君達にも言えないけど、指揮は僕がとる。僕の言った通りに行動してくれればいいさ」
「……畏まりました」
納得できないという表情だが、彼等に反論を出すことなど許されない。
権力の大きさで言ったら、巨人と微生物ぐらいの差があるのだから。
「うん。理解してくれたようで何よりだよ。じゃあまずは、この国に住まう全てのカラスとネズミをロンドンに集結させてくれ」
♢♢♢
「……行かれたな」
日の光が差し込む時、カラスの代表がそう言った。
「我等ができることは何もない。あのお方が仰られた通りに行動するしかない。か……」
「ああ。しかし詳細どころか、どんな異常事態かも教えてもらえないとは……」
各代表が揃ってため息をつく中、ネズミの代表が口を開く。
「あのぅ……。先程のお方って、そんなにすごい
そのネズミは若く、つい今年代表になったばかりだった。
天界のことなどは知らされていても、その序列などは詳しく説明されていなかったのである。
「そなたはまだ知らぬか……では、天界に住まう生き物達は全部で何匹いると思う?」
カラスの代表が尋ねる。
「えっ、えーとー、300万匹ぐらいでしょうか?」
それはネズミの配下の数だった。
一応もっと配下はいるが、数が多すぎてそのネズミにも把握できていかった。
カラスの代表は頭を振って否定する。
「違うな。我もその数を言うことはできんが、少なくともこの星に住む全ての生き物達よりも多いだろう」
それを聞いてネズミは酷く驚く。
自分の配下ですら正確に把握できないのに、その何倍もいるだなんてとても想像できるものではなかったからだ。
「それでいて天界の住民は皆能力が高い。その一匹一匹が、ここに集った我等と同等……とまではいかなくとも、それなりの力を持っているだろう」
ここに集まった代表達は、その種族の中で最も能力が高い者達だ。
選りすぐりの彼がそう言うなど、常軌を逸している。
「ま、まさかそこまでだったなんて……」
ネズミは想像を遥かに凌駕していたその言葉に、少しだけ身震いをする。
「それだけではないぞ」
ボス猫がそう言った。
「天界では数十年に一度、大規模な祭りが行われる。誰が一番高い能力を持っているのかを競う祭りだ」
ボス猫は一息ついてから再び喋り出す。
「幾億の動物達から選ばれたたった一匹の存在――それが先程我等と言葉を交わされていた、ラウル様だ」
「天界でも選りすぐりの能力を持った者はエデンへと赴き、そこで
天界の中でも隔絶した能力などを持たなければ、エデンに行けることは絶対にない。
行ったという事実だけでも誰もが知るスーパースターになれるほどなのに、その中でも最上位の位につくなど、地球に住まう生物達にとっては神にも等しかった。
「……難しく考える必要はない。我等はただ何も考えずに、あのお方のお言葉に従っていればいいのだ」
しかし、守護者様が助けを求めるほどの事態など、いったいこの地で何が起きようとしているのか……
代表達はなにも起きないことを、ただただ願った。
ーーーーーー
天界・一つの銀河を管理する場所。いわば銀河の司令部。
エデン・天界を管理する場所。いわば全ての銀河を管理する総司令部。
ちなみに、ラウルと猫達がまるで人の言葉で喋っているように見えますが、実際には猫語?で話しています。
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