♢5ー《ハートフォード邸》ー5♢


「わぁ、すごい」


 思わず驚嘆する。


 アレクさん家……もとい屋敷は、入ったらすぐにふかふかの絨毯がしいてあり、天井には大きなシャンデリアが吊り下がっていた。


 私の家も一般的に見るとかなり大きい方だけどこの家はなんていうか、まさに中世のお屋敷っていう感じで、物語の世界に迷い込んだかのような気分だった。


「お帰りなさいませ。旦那様」


 突然執事のような人が出てきた。スラっとした体系をしているけど、その体はスーツの上から見ても分かるほど筋肉質だ。


「あぁ。マリーはどうした?」


「マリー様はもうすぐこちらにいらっしゃると思います」


 その時、なにやら上の階からドタドタと足音が聞こえてきた。


「お帰り、おじいちゃん!」


 階段から1人の女の子が駆け降りてくる。


 私と同じぐらいの年頃で、綺麗な茶髪に黒い目をしたすごく元気そうな子だ。


「えいッ」


「おっと……」

 

 その女の子は階段から飛び降りると、ジャンプしてアレクさんに抱きついた。


「こらこら、お客さんの前だぞ」


「え!?」


 そう言われ、マリーと呼ばれる女の子は私達を見て顔を真っ赤にする。

「し、失礼しました。私の名前はマリー・ハートホード。お、お見知り置きを」


 そう言いスカートを持ち上げるが、恥ずかしがっているのかその動きはぎこちない。


「エミリー、こちらは私の孫のマリーです。少々おてんばな所もありますが、仲良くして頂けると幸いです」


「よろしくお願いします」


 カーテシーなどやったことないが、私は先程のマリーを見様見真似で真似してみる。


「マリー、こちらはエミリー・スミス。しばらくの間家で預かるつもりだよ」


「え! そうなの!?」


 マリーは驚いたように私に向かって聞く。


 けど、まだ過去に来てから1日も経っていない私にとって、この先の予定なんて分かるわけがなかった。


「え、ええ。たぶん……?」


「やったぁ! じゃあ、エミリーって呼んでいい?」


「もちろん。よろしくマリー」


「よろしく、エミリー!」


 互いに微笑み合うエミリーとマリー。


 熱い友情のようなものが結ばれた2人のそのすぐ横で、ラウルは空気のように座っていた。


(なんか、今日の僕蚊帳の外にいすぎじゃないかな?)



 そんな気持ちを察したのか、アレクサンダーがラウルを紹介する。


「マリー、こちらはラウル。見ての通り珍しい見た目をしていてね……なんと喋ることもできるんだ!」


 マリーがラウルの方を見る。


 ラウルはなぜか汗が滲んできた。


「そうなの? すごい! でも―――ごめんなさい。私猫を触ると痒くなっちゃうの。だから、その――――申し訳ないんだけど、あまり近づかないで欲しいかなって……」


 まさか猫アレルギーだったとは……!


 ラウルは挫折する。


 実はラウルもエミリーと同様、急に過去に来たため困惑していた。


 なので、正直に言えば心の支えとなる友達が欲しかったのだ。


「い、いや待って! 僕はアレルギー対策をされているから、触っても大丈夫なはずだよ!」


 そう言うと、怪しい物でも見るような目つきでエミリーが見てくる。


「本当?」


「ほんとほんと。だって、もしダイナモ使いが猫アレルギーだったらダイナモを守護することなんてできないじゃないか!」


「だいなも……? あれるぎー?」


 マリーが困惑する。


「あー。まぁとりあえず触ってみたら? もしも痒くなったら追い出しましょ」


 サラッととんでもないことを言うエミリー。


 僕が君に一体何をしたんだとラウルは思う。


「わ、分かったわ」


 マリーは恐る恐る、ラウルの額に向けて手を伸ばす。





 フワッ





「…………あ、あれ?痒くならない?」


 いつもはすぐ真っ赤になったのに、今回はまるでそんなことになる様子がない。


「ほら! 言ったでしょ?」


 ラウルはふふんと笑みを浮かべる。


「きゃーー! すごい!」


「あ、あのちょっと…」


 マリーはラウルを撫で回す。


 だんだんとその動きは速くなってきており、もはや手の動きが見えなくなっていた。


「私ずっと触ってみたかったのよねー。すっごいモフモフ!」


「あの、ちょ、くすぐった――」


 何か言いかけるが、そんなことはお構いなしにマリーは撫で続ける。


「はー、かわいー」


 完全に自分の世界に入っている。


 マリーが今まで貯めてきた触りたいという欲望が、全てラウルに注がれていた。


 さすがにまずいと思ったのか、アレクさんが止めに入る。


「こらマリー」


「あっ、ごめんなさい。つい…」


 我に帰るマリー。


 ラウルといえば、もはや息も絶え絶えだった。


「だ、大丈夫……それよりも、お腹が空いてきたな……」


「それもそうですね。もうこんな時間ですし、ご飯にしましょう」


 そう言われ、私達は食卓に案内された。






♢♢♢






「ラウルって何が食べられるの?」


 確か猫には食べられるものと食べられないものがあったはずだ。


「ふっ。僕を甘く見過ぎだよエミリー。偏食なんてしてたら、守護者になんて務まらないさ」


 何も知らない人達の前でそういうことを喋るのは本当にやめて欲しい。


 2人とも首を傾げているし、もしも聞かれたらどうやって答えるんだろう?


「ラウルが言ってる、だいなも? とか、守護とかってなんなの?」


 ほらやっぱり聞いてきたじゃん!


 ちなみに私も知らないので答えられない。


 すると、ラウルはなんでもないような表情で説明した。


「ダイナモっていうのは、エミリーが持っている懐中時計のことさ。エミリーの家に代々伝わる家宝でね、僕はそれを守護するという役目を担っているっていうこと」


 よくそんな嘘がペラペラと出てくるな……


 しかも妙に信憑性があるし、これは嘘をつきなれてるな。



「へー。見てもいい?」


 マリーが聞いてくる。その瞳には、キラキラと星が宿っているかのようだった。


「もちろん。はい」


 そう言って私はポケットからジャラリとダイナモを取り出してマリーに渡す。


「わぁ……きれい…」


 マリーは感嘆する。中を見てみると、うっとりと見惚れたような表情をした。


「見た目は綺麗なんだけど、肝心の時間が見づらいんだよね……」


「あ、ほんとだ。でも、これはこれでオシャレだよ」


 そう言ってくれるけど、時計がいくつもあるとか普通に邪魔なだけじゃないかな?

 

 まぁ、それもデザインの一つだと言われたらそれまでだけど。


「でしょ! マリーはエミリーと違ってセンスがあるね」


 ラウルが褒め称える。


「えへへ。そうかな〜」


「そうだよ! エミリーなんて、川に投げ捨てたんだから」


「えっ………」


 マリーがドン引きしたような目でこちらを見てくる。ラウルも、絶対にそれ言う必要なかったでしょ!


「まぁまぁ。ほら、料理が来たよ!」


 なんとか誤魔化そうとするが、マリーはまだ心配していそうな目で見てくる。


「なんで投げ捨てようとしたの?」


 追い討ちをかけるようにマリーが聞く。


 そりゃそうだ。代々伝わる家宝を川に投げ捨てるだなんて、この時代――いや、未来でも考えられないことだ。話だけを聞いたら、誰もがなにかあったのかと心配になる。


 しかし、実際なんで答えればいいのかが分からない。


 あの時はすごく混乱していたし、今顧みてもなんであんなことをしたんだろ―――


「こら、お喋りはそこまでにしなさい」


 アレクさんがマリーを諌める。


 私にとってはまるで天使が舞い降りたかのようだった。


 すると、メイド服を着た女性達が、次々と料理を運んでくる。


 ローストビーフや魚の頭が乗ったパイなど、料理はどれも豪華なものばかりだった。(美味しそうとは言っていない)


 一通り並べられ、もう手をつけていいのかと迷っていると、アレクさんが手を組んで祈りを始めた。


「日々の糧に感謝いたします。アーメン」


 それに続いてマリーも手を組み、私も慌てて2人の真似をする。そして、2人と一緒にナイフとフォークを手に取った。


 

 ………。


 なんというか、素材をそのまま焼いたり煮込んだりしただけのような気がする……


 ただ、食べれないというほどではない。できるだけ味を感じないよう、息を止めながら食べればいける。


「お味はどうですか?猫に食べてもらうのは初めてでして……」


 シェフの男性がラウルに聞く。


「え!? いや〜うーん……」


 ラウルは微妙な反応をする。


 私と同じで、美味しいと思っていないのだろう。


「素材本来の味が強く際立っており、まるで自然豊かな森の中にいるようなハーモニーが奏でられています(?)」


 もはや適当なことを言っているだけだ。


 豊かな森のハーモニーってなによ。


「それはお褒めの言葉として受け取ってよろしいのですか?」


「あ、はい。そうです」


「それは良かったです! 猫と人の味覚が一緒とは限らなかったので、お気に召さなければ改良しておこうと思っていたのですが、この分だと大丈夫そうですね!」


 シェフはホッとした顔で言う。


「え!? いや、あの――」


「そちらのお嬢様はいかがですか?」


 ラウルの顔が後悔で歪む。


 正直に言っておけば良かったのに。


 とは言っても、私もなんて答えればいいのか分からなかったので、とっさに答える。


「そ、素材本来の味が強く出ており、森林のハーモニー? を奏でています」


「それは良かったです!」


 シェフは満足そうにコクコクとうなずく。


 エミリーの顔も後悔に歪んだ。


「ねぇエミリー、明日って暇?」


 マリーがそう聞いてくる。


「ん? あーどうだろう?」


 とりあえず床でご飯を食べているラウルを見る。


 家に帰りたいという気持ちが強すぎて明日のことなんて全く考えてなかった。


 ラウルが私の視線に気づいて、顔を上げる。


「ダイナモの解析には時間がかかるし、特に君ができることもないから遊んでおいで」


 言葉に棘がついてるのは気のせいかな?


「じゃあ明日は私と一緒にお出かけしましょ!」


「出かけるって……どこへ?」


「それは明日のお楽しみっ」


 マリーはウィンクをして言う。


 そして疲れ切った顔をしたラウルに話しかけた。


「ラウルは来ないの?」


「いやー、行きたくても,色々とやることがあるからね……」


 ラウルは心底めんどくさそうな顔をする。ダイナモの解析ってそんなに大変なのかな?


 そう思っていると、ナプキンで口を拭いたアレクさんが皆んなに向かって言葉を発した。


「エミリーは疲れているでしょうし、今日はお風呂を沸かすとしましょう」


 すると、マリーがやった! と声を上げた。


「エミリーもお家でお風呂に入ってたの?」


 マリーが不思議なことを聞いてくる。入っていない人なんているわけがないのに。


「もちろん。毎日入ってたよ」


「えっ」


 なぜか、執事やマリーが固まった。


「???」


 なんでこんなに驚かれてるんだろう?


 お風呂に入るだなんて当たり前だし、何をそんなに驚かれているのか分からない。


「エミリー、エミリーっ」


 ラウルが声を潜めて話しかけてくる。


「この時代の人達が毎日風呂に入るだなんてことはない。裕福な貴族ですら週に数回っていう感じだ」


 あっ。すっかりと過去にいることを忘れていた。


 まずいと思っていると、アレクさんが笑顔で喋る。


「女王陛下はお風呂を好まれていると以前お聞きしましたが、エミリーは女王陛下よりもお風呂がお好きなようですね」


 対してマリーはどこか物おじしていた。


「これから様を付けて呼んだ方がいいかな…?」


 恐る恐る聞いてくる。


 まさか毎日お風呂に入っているだけでこうなるだなんて……


「そんなことしなくていいよ。エミリーって呼んで」


「……わかった。エミリー…」


 やっぱりどこか萎縮してしまっている。


 せっかく仲良くなれたと思ったのに……





 ◇◇◇

















「は〜いいお湯〜」


 ご飯を食べ終わった後はお風呂を沸かして、なんと私を1番最初に入れてくれた。


 お風呂自体はそこまで大きくはないけれど、まるで天国にいるようだった。


「ゔぁー生き返るー」


 おっさん臭い声でラウルが言う。


「猫ってお風呂に入れるんだね…」


 猫は水が苦手だと聞いたことがあるから、お風呂ももちろんダメだと思っていた。


 ラウルは前足で顔をごしごしとしながら、ゆっくりと泳いで行く。


「僕ももちろん昔は入れなかったさ。けど、学校で克服するよう頑張ってね。今ではもう得意分野だよ」


「猫に学校なんてあるの?」


「猫っていうか動物用のね。天界で生まれた動物は皆そこで学ぶんだ。そこの成績やらなにやらで、みんなどこに就職するか決めるのさ」


 へー、なんだか人間みたい。てか、天界ってなんだろう。まあエデン? があるぐらいだし、天界もあるか。


 私はお風呂の熱気に当てられ、ぼんやりとしながらそう思った。



 ……ちょっと温度が高いな。



「動物に就職なんてあるんだね」


「もちろんだよ。働かざる者食うべからずっていう言葉があるように、動物達も働かないと食べていけない。人間達もそれは同じだろ?」


 まぁそれはそうだ。


 そう言えば、ラウルと落ち着いて話すのはこれが初めてだな。今のうちに色々と聞いておこっと。



「ラウルはなんで守護者になったの?」


 そう聞くと、ラウルは待っていましたといわんばかりに目を輝かせた。


 なにか話題を切り出す時は、まずは相手のことを聞くのが1番とパパから習った。


 その結果、初対面の人でもかなり会話が続くので、私はこの方法を重宝している。


「僕〜? 僕はやっぱり……」


 ラウルが少しだけ黙ってしまう。どうしたんだろう?


「憧れかな?」


「憧れ?」


「そう! やっぱりダイナモの守護者っていうのはあらゆる動物達にとって花形中の花形だからね。歴史に名を残せるし、守護者をやめた後も継続的に貢献金ってのが入るから文字通り一生遊べるのさ」


 ラウルがキラキラとした目でそう言う。


 思っていたよりも邪念まみれだった。


「へー。で、なんで私がそのダイナモ使いになってるの?」


 そんなものになろうと考えたことなんて一度もないし、何かをしたわけでもない。


 せっかく頑張ってアメリカ1の学校に合格したのに、変な役目を押し付けられて本当にいい迷惑だ。


「さぁ? それを決めるのはダイナモだから、ダイナモに聞いてみれば分かると思う」


「……いやだから、それだったらダイナモに聞いてみてよ」


 なに他人事みたいな口調で言っているんだ。


 そう思っていると、ラウルは難しい顔をする。


「うーん。まぁ、とりあえずダイナモの目的を聞き出したら聞いてみるよ」


「……お願いだから早くしてね」


 もしかしたら入学式に間に合わないんじゃないかな……?


 もしもそうなったら、入学も取り消しで………


 最悪なことを考え、顔が真っ青になる。


「もちろんさ。……そんなに顔を青くしないでよ。とりあえず明日から忙しくなるから、今のうちに今までのいきさつと、これからの予定をまとめておこう」







 〜今までのいきさつ〜


 1. 世界の中心・エデンにエミリーを招くため、ダイナモを持ってアメリカに向かった


 2. エミリーに自己紹介をしようとしたら、突然ダイナモが暴走→過去へ


 3. 過去で英雄・アレクサンダーと遭遇


 4. なんやかんやあって同居



 〜これからの予定〜


 1. なんとかダイナモの言語(モールス信号)を解読


 2. 状況を知り、それしだいで今後の行動を決める


 3. 何事もなければエデンにて戴冠


 4. アメリカに戻り、ハッピーエンド

 

「……とまぁ、とりあえずこういった感じだね。なにか気になるところはある?」


 ラウルはエミリーの方に振り返る。


 そしてエミリーの姿を見て絶句した。


「え、エミリー!?」


 エミリーは顔が真っ赤になっていた。


 もうろうとしていて、今にも気を失ってしまいそうだ。


「のぼせちゃったのか!? 青くなったり赤くなったり大変だな……って、そんなこと言ってる場合じゃないッだれかーーー!」

 






 その日、ハートフォード家は随分と騒がしかったそうな……







ーーーーーー


 当時のイギリスでは、お湯を沸かす手間・水を持ってくる手間からお風呂はほとんど普及していなかったそうです。


 まあ、お風呂なんて2日3日入ってなくても大丈夫ですしね。……え?大丈夫ですよね?

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