♢4ー《ドレスメーカー》ー4♢

「こんにちはマダム」


 アレクさんはカウンターにいる女性に話しかけた。


 金色の髪を後ろで束ねており、40代くらいのメガネをかけた女性だ。


「あら、いらっしゃいアレクさん」


 その女性はアレクさんを見た後、私に視線を移す。


「そちらの子は?」


「エミリー・スミスです」


 とっさに答えを返す。その目はなんだか品定めをしているようで、どうにも緊張してしまう。


「エミリー、こちらはMs.ロスメルダ・ラフィード。このドレスメーカーのオーナーですよ」


「よろしく、エミリー」


「よ、よろしくお願いします」


「マダム、エミリーはどうやら迷ってしまったようでしてね。帰る場所も分からないということなのでひとまず預かろうと考えたのですが、服がこれしかないのでいくつか見繕ってもらいたいという訳です」


「……なるほど。じゃあ今回はその子の服を買いたいということね」


 ロスメルダさんは私をしげしげと見た後、手をパンパンと叩いた。


「ターニャ! 仕事だよ!」


 すると、服の影からメガネをかけた、気の弱そうな女の子がアタフタと出てきた。


「は〜い!」


「この子のサイズを測って、服を2、3着見積もって頂戴」


 にッ2、3着!?


「畏まりました! さぁ、こちらへ!」


「あ、あのッ」


 私は腕を引かれてお店の奥へと連れ去られた。












「さて、アレクさん」


 ロスメルダはアレクサンダーを見る。


「はい?」


「あの子、どこで拾ってきたんだい?」


 怪しい物でも見るような、訝しげな目で見てくる。


「拾ってきたとは人聞きが悪い。……路地裏ですよ。事情は先程お話しした通りです」


 すると、ロスメルダはますます訝しげな顔をする。


「あの子、貴族かいいとこのお嬢様でしょう? そんな子を勝手に預かっちゃって大丈夫なのかい?」



 この時代の人々にとって、エミリーは奇抜すぎた。


 まっすぐに伸びていて艶のある髪、見たことのない服装など、一般庶民がするような格好ではない。


 おまけにエミリーがしていたピアスなどは上流階級や貴族向けの高級な宝飾品というのが一般的であり、この時代では見かけることすら難しかった。

 


「悪いようにはならないでしょう。彼女の親御さんは心配しているでしょうし、いずれ捜索されるはず……その時にこちらで保護していたともなれば、恩も売れるという訳です」


 人脈は広いに越したことはない。


 特に貿易会社を経営するアレクサンダーにとって、人脈というのはいくらあっても足りないようなものだった。


「どこの国の者であれ、彼女の両親が力をもっているのであれば船が動きやすくなるというものです」



「全く。後で面倒なことになってもしりませんよ」


 ロスメルダはやれやれと首を振る。


「大丈夫ですよ。リスクよりも、リターンの方が遥かに大きい」


 アレクサンダーはにやっと笑う。


 その悪どい笑みに、ロスメルダはため息をついた。


「はぁ。いつもそんなことを考えているのかい?冗談でも、善意で助けたと言えばいいのに」



 偽善も善行、というやつだろう。


 良い行いをしているのだから、わざわざ悪いように言くてもいいのに。


 そこでロスメルダはなにかを思い出したかのような表情をする。


「あ、そういえばあの子、マリーちゃんと同い年ぐらいじゃないの?」


 アレクサンダーは少し黙った後、答えた。


「ええ。あの子には歳の近い友達がいませんからね。エミリーはきっと、良い友達となってくれるでしょう」


 ロスメルダはにやっとする。その顔に、アレクサンダーは少しだけため息をついた。


「そっちの理由が本命だね?」


「はて、何のことでしょう?」



 ドタドタドタッ



 店の奥から足音が聞こえてきた。


「店長! 服を見繕ってきました!」


「ターニャ、はしたないですよ!」


 ターニャはロスメルダとアレクサンダーを見た後、恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。


「ご、ごめんなさい。興奮してしまって……ッてそんなことより、こちらを見てください!」


 ターニャが指し示した先から、コツコツと足音が聞こえてくる。


「これは…!」


「おお……」


 そこから出てきたのは、純白のドレスを身にまとったエミリーだった。


 明るい金色の髪によく似合っており、誰もが虜になるような美しさを持っていた。


「ど、どうでしょうか……?」




 少しの間、沈黙が流れる。


 


 に、似合ってないのかな?


 そんな不安を掻き消すかのように、ロスメルダさんが叫んだ。


「エレガント!!!!」


「ひぇ!?」


「す、素晴らしいわエミリー! もともと美人だとは思っていたけれど、こんなにも美しくなるだなんて!」


「あのー、コーディネートしたのはわたし―」


 ロスメルダはなにかを言いかけたターニャの腕をグッと掴んだ。


「こうしちゃいられないわ! もっと持ってくるから、ここで待っていて頂戴!」


「え、あッちょ、」


 2人は店の奥へ飛んでいった。




「えぇ……」


 そうして私は完全に取り残された。


 アレクさんはずっと見てくるしで、すごく気まずい。


「ふぅ」


 アレクさんが息を吐く。


 や、やっぱり似合ってないのかな?


「いやはや、美しすぎて、年甲斐もなく見惚れてしまいましたよ」


 どうやら杞憂だったようだ。

 

 アレクさんはそう言ってはっはっはと笑う。


「それより、こんなに高価な物をもらってしまって大丈夫なんですか?」


 値段はぶっちゃけ分からないが、高価かどうかでいったら間違いなく高価の方に分類されるだろう。


 あまり高い物を貰っても正直気が重い。


「なに、恐らく7ポンドほどでしょう。お気になさらず」


 そう言って微笑んではくれるが、7ポンドにどれぐらいの価値があるかが分からないのでなんとも言えない。


「じゃあ、お言葉に甘えて―――」


 その時、店の扉がバンッと叩かれた。


「!?」


 バンッバンッと執拗に叩かれており、恐怖を感じる。


「ここで待っていてください」


「あっ、――――ッ」



 アレクさんは先程の穏やかな顔とは一変し、まるで暗殺者のような目つきになった。


 その瞳は冷酷なまでに冷たく、先程までの優雅さとは反対に何か異質なものへと変化したようだった。


 息を潜めてドアへ忍び寄よる。


 まるで何度もやったといわんばかりのその動きは、幼いころに見た映画のシーンを彷彿とさせた。


 そして、指先がドアノブを掴む。





 バンッ





「ギャッ!?」


 扉を勢いよく開けたその先には――――ラウルがいた。


 鼻をゴチンとぶつけ、痛そうにもがいている。


「おや」


「あ、ラウル」


 そういえばすっかりと忘れていた。


 店に入ってすぐに衣装を選ばされたし、色々とバタバタしていたのでしょうがないとも言える………と思う。


「イテテテテ、あっ、なんで先に行っちゃうんだよぉ!」


 


 ♢♢♢




 どうやらラウルの話によると、店に入ろうとしたらドアが閉まってしまい、外で待っていたら複数の男達に追いかけられたということらしい。


 ……まぁ不思議な見た目をしているし、捕まえて売り飛ばそうとでもしたのだろう。


「それは災難でしたね」

 

 そうアレクさんが言う。


 先程の変貌はまるで嘘のように消え去り、瞳は会った時と同じように優雅な輝きを取り戻していた。

 

「うぐっ、ぐすっ。毛は汚れるし、エミリーには忘れられるし、男には追いかけられるし、もう帰りたい!」


 会った時は生意気な子供だという印象だったが、こうして泣かれるとなんだか可愛く見えてくる。(サイコパス)


「まぁまぁ。忘れてたことに関しては本当に悪かったって。次はちゃんと見てるから。ね?」


 ここで嫌われでもしたら普通に困るので、なんとか慰める。


 ラウルはぐすっぐすっと泣いた後、コクっと頷く。


「うん…」


「私も注意不足でした。ちゃんと足下の方まで見ておけば良かったのですが…」


 アレクさんが申し訳なさそうにすると、ラウルはなぜかあたふたする。


「い、いえ!ドアが開いている間に入らなかった僕も悪いですし、アレクさんは悪くないですよ!」


 私が謝った時とあまりにも違いすぎないだろうか?


 そんなことを考えていると、ロスメルダさんとターニャさんが戻ってきた。


「さぁさぁエミリー!次はこれを着てみて頂戴!」


「げッ」


 思わず嫌な声が出てしまう。


 それもそのはず、ロスメルダさんとターニャさんの腕には色鮮やかな服が何着にも重ねられていた。


「あ、あの、こんなにいらな――」


「何を言っているの!お洋服を買う機会だなんてそうそうないのだから、着れられるうちに着ちゃいなさい!」


 あまりの勢いにおされてしまう。


 助けを求めるようにアレクさんを見る。アレクさんは私の視線に気がつくと、にっこりと微笑んだ。


「そうですね。せっかくなので、色々と選んで貰いなさい」


 いや、そこは助けてよおおぉぉ。


「さぁ、行くわよ!」


 2人は私の両腕をがっちりと掴み、再び店の奥へと連れ去っていった。

 




 ♢♢♢





「はぁ、はぁ……疲れた…」


 もはや何着着たかは覚えていないが、結局最初に着た純白のドレスと、赤みがかったドレスを買って終わった。


「ありがとうございましたーー」


 そんな声を後ろに、アレクさんがドアを開ける。


 今度はラウルも通れるよう、しっかりと足元まで見ている。


 服を買い終わった私達は、アレクさんの家へと向かっていた。


 もうすっかりと日が暮れ、街灯が夜道を照らしている。


「お疲れ様です。お気に召す服は見つかりましたか?」


「はい、お陰様で。でも、こんなに買ってもらっていいんですか?」


「お気になさらず。なんならもう十着買っても良かったぐらいですよ」


 アレクさんはそう言い笑うが、私は全く笑えなかった。


 ドレス2着ですら気が重いのに、10着だなんて目眩がしてしまう。


 善意でやってくれているんだろうけど、こっちはなにも返せないからなぁ……


 貰えば貰うほど、気が重かった。


「そう言えば」


 アレクさんは思い出したかのように呟く。


「男達に追いかけられたと言っていましたが、どのような男達だったのですか?」


 アレクさんはラウルに尋ねる。ラウルは少しだけ眉間にしわを寄せた。


「どこにでもいるような奴らですよ。人数は5人ほどで、僕を入れる用の袋を持っていました」


「ふむ……」


「どうしてそんなことを?」


「いやなに……最近ブライスというギャングがロンドンを騒がせていましてね…そいつらと関わっていなければよいと思ったしだいです」


「ブライス…?」


「ええ。強盗に殺し、人身売買をも厭わぬ連中です。先日は警官が複数名襲われましてね…」


 怖すぎる。警察官まで襲われるのか……


「という訳なので、夜遅くに外出するのはよしてくださいね」


 アレクさんはニコッと笑うが、対照的にラウルはガチガチに怯えていた。


「そう怖がらずに…人目のつかない場所などに行かない限り大丈夫ですよ」


 ラウルが攫われそうになった場所は、人目がバリバリつくような場所だったのだけど…。


 すると、アレクさんは丘の上にある大きな家へ目を向けた。


「見えてきましたね。あれが我が家です」


「デカッ」


 ラウルはつい言葉が出てしまう。


 それもそのはず、アレクさんの家は誰がどう見ても豪邸という感じで、先程通ってきた道の家と比べて4回りも5回りも大きかった。




「ようこそ我が家へ」




ーーーーーー


 表現力がなくて分かりづらいかもしれませんが、エミリーは見たら誰もが振り返るような絶世の美人です。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る