♢3ー《過去の英雄》ー3♢
「この懐中時計を使っていた人達が悪魔を倒してたの?」
「そうだよ」
「私はこの時計の使い手に選ばれたんだよね?」
「うん」
「私も悪魔と戦うの?」
「その通り! ダイナモを扱ってきた歴代の使い手達は、その勇敢なる意志と高い知性を持ってして――」
「無理無理無理!」
「うわ!? ど、どうしたの?」
「絶対に無理! 私なんかが悪魔と戦えるわけがないでしょ!?」
そんな私の言葉に、ラウルは唖然とする。
「き、君はダイナモ使いになれるという栄誉が分からないのか!? エデンにおいても大天使に次ぐ序列第三位だし、将来は約束されたようなものなんだぞ!?」
「だからなんなのよ! 早く元いた場所に帰して!」
そもそもエデンがなんなのか説明されてもいまいち分からないし、この猫の話が本当なのかも分からない。
ただ今唯一分かることは、この猫に拉致されたということだ。
そう思っていると、突然後ろから声をかけられた。
「大丈夫ですか、お嬢さん?」
後ろを振り向くと、そこには黒いレザーコートにシルクハットを被った、いかにもイギリスの紳士というような格好をした老人がいた。
「あなたは?」
ここは路地裏だ。
こんなところで話しかけてくるだなんて、非常識極まりない。
それも治安が未来より遥かに悪い時代に路地裏で話しかけるというのは、きっとなにか企んでいる。
「これは失礼いたしました。私の名前はアレクサンダー・ハートフォード。アレクとお呼びください」
そう言って、アレクサンダーと名乗った老人は一礼した。
その時、私は昔のことを思い出した。
========
『知らない人が話しかけてきたら〜?』
『すぐ逃げる!』
『正解! じゃあ男の人が猛獣になったら〜?』
『もうじゅう?』
『そう。今は分からなくても、後で分かるようになるさ。その時が来たらね、思いっきりそいつの股を――』
『こら! 何を教えてるの!!』
『おっと、うるさいのが来たね。じゃあエミリー、今言った言葉を忘れるんじゃないぞ』
『うん! 分かったよパパ!』
プチッと電話が切られる。
========
その後ママが烈火のごとく怒っていたのは言うまでもない。
知らない人が話しかけてきたら、すぐ逃げる。
私が5歳のころにパパから習った教訓だ。
といっても、なんか親切心で話しかけてきてるみたいだし、多分大丈夫かな。(全然大丈夫じゃない)
「私はエミリー・スミスです。ここではその……迷子になってしまって……」
「なるほど……ではどんなところから来たか教えてくださいますか?ここら辺は土地勘があるので、きっとお役に立てると思いますよ」
そう言うとニッコリと微笑んだ。
やっぱりこの人怪しいな……いやでも、迷子になった人を助けようとしてくれてるんだから、逆に優しいかも……?
にしても、未来から来たなんて言える訳がない。
なんて言おう…
「い、いえ、なんというか、記憶がない? というような……」
……我ながら下手な嘘をついたなぁ。
と、というか、ラウルは何をしてるのよ!?
ラウルの方を見てみると、まるで石にされたかのように固まっていた。
信じられないものを見るような、真っ白になった目で口を半開きにしている。
え、なにその表情。
「ふむ……どうやら混乱させてしまったようですね。何か事情がお有りなら、我が家にご招待しましょうか?」
うん。やっぱりこの人怪しいわ。
初対面の人をいきなり家に招待するだなんてどうかしている。
いやこれも、イギリスだったら普通なのかな?
でもやっぱり断ろう。
アメリカでは年に36万人の人達が行方不明になっている。
大昔のロンドンと未来のアメリカを比べるのはどうかと思うが、200年以上も前だというなら間違いなくアメリカよりも治安は悪いだろう。
一見親切そうに見えるこの人も、腹の中は真っ黒なのかもしれない。
「いえ、気持ちは嬉しいですが――」
「ありがとうございます!」
え、あ、は?
突如として、先程まで固まっていたラウルが返事をする。
「ちょ、ちょっとラウル!?」
何を勝手に返事をしているんだという気持ちと、人前で喋ってもいいのかという気持ちを抑える。
「喋る猫……?」
ほらもう目が丸くなってるよ!
「あ、あのこれは……」
言葉が詰まる。
そもそもラウルとは初対面だし、どんなやつかも分からない。
「僕はエミリーの兄です!」
あ、もうだめだこの猫…
「……なにやら事情がありそうですね。では、家に来るということでよろしいですか?」
「はい! お世話になります!」
ラウルはやけに食い気味だ。
何がなんだか分からないまま、ラウルに同調する。
「ちょ、ちょっと! 勝手について行っていいの!?」
声を潜めて言う。
「招待されたんだ。勝手にじゃない。それに、あの人だったら大丈夫」
ラウルはアレクさんを見ながら言う。
その言葉にはどこか確信があった。
「会ったことがあるの?」
ラウルは私をチラリと見た後、突然肩に飛び乗ってきた。
「ちょ、重――」
「彼は先代のダイナモ使いだ。地獄の冥王たる三大悪魔を滅ぼし、その人生の最後には相打ちになりながらも、あの超越した力をもった悪魔――サタンを滅ぼした英雄だよ」
「さ、サタン!?」
「しッ声が大きい!」
「どうかされましたか?」
アレクさんが振り向く。
「い、いえ。なんでもないです」
アレクさんは少しだけこちらを見た後、また前を向いて歩き出した。
「ていうことは、あの人もダイナモを持っているの?」
あの人もダイナモを持っているのなら、元いた場所に送り返してくれるんじゃないかな?
そう期待を込めて聞くけど、ラウルは残念そうな顔で首を振った。
「いや、今は持っていない。彼は今から2年後にダイナモを授与されている。今はダイナモの存在すら知らないはずだ」
それを聞いて少しがっかりする。
「そもそも、なんでそんな人が私達に接触するの?」
てっきりダイナモ関係で家に招かれたのならまだ分かるけど、なんの接点もない人間を突然家に招くだなんて不自然すぎる。
なにか裏があるんじゃないのかな?
「いや……彼が接触しようとしたんじゃない。ダイナモが僕らと彼を接触させたんだ」
「ダイナモの想定外じゃないの??」
ダイナモは焦っていると言っていたし、間違えてこの人がいる時代に飛んだという可能性の方が高いんじゃないかと思う。
「いや、ダイナモの想定外だとしても、ダイナモが独断で行動をする時には必ず何かを意図している」
「何かって……なに?」
「それが分からないから困っているんだよ」
ラウルは肩を落とす。
「まぁ、それは今考えてもしょうがない。ほら、そろそろ路地裏を抜けるよ」
ラウルが指し示すところを見てみると、私が飛ばされた時にいた大通りが見えて来た。
「何はともあれ、せっかく200年前のロンドンに来れたんだ。これを機に、歴史の勉強でもしてみなよ」
それを聞いてゲッとする。
「私歴史は苦手なのよね…昔何が起こったかなんて興味ないし……」
ラウルはやれやれと頭を振った。するとアレクさんが前から声をかけてくる。
「ここからは道が混んでくるので、私から離れないように」
返事を返すと、だんだんと光が見えてきた。
路地裏から大通りに出ようとしている。
「…………わぁ」
素直に驚嘆する。
道路には馬車が走っており、多くの人がガヤガヤと道を行き交っている。
さっき飛ばされた時はあまり見れてなかったから、全然気づかなかった。
まるで映画の世界に来たみたい。
それにしても……
「ね、ねぇラウル。なんか私達すっごい見られてない?」
「……僕とエミリーの見た目が珍しいからだよ」
「は、はぁ?私は普通の――」
そこで、私はデニムのパンツに白いTシャツを着ている状態だったことを思い出す。
未来のアメリカだったら普通でも、今の時代だったら間違いなく異質だろう。
なんか、すごく恥ずかしくなってきた。
「今の僕達は周りの人達から見ると、民族衣装を着た女の子とその肩に乗る珍獣だ。ジロジロ見られてもしょうがない」
「す、すごく嫌……」
あまりの恥ずかしさに赤面する。
すると、こちらを見ていたアレクさんが話しかけてきた。
「……その服だと目立ちすぎますね。よろしければ、数着ほどプレゼントいたしましょうか?」
願ってもない話だけど、この人さっきから聞こえてるんじゃないのかな?
「どうしよう。あまり初対面の人に借りを作りたくないんだけど……」
声を潜めてラウルに相談する。正直後から何を請求されるのか怖いので、あまり受けたくないというのが本音だ。
「もしかしたら長く滞在することになるかもしれないんだし、ここはご厚意に甘えときなよ。それに、何があっても僕が守ってあげるから大丈夫」
ラウルはふふんと胸を張る。
「いや、そっちがいきなり連れてきたんだから、それは当たり前でしょ」
「あ、うん」
そんなやり取りをしていると、アレクさんが話しかけてきた。
「しかし、喋る猫とは驚きですね。私は貿易の仕事をしていましてね、もうこの世にあるものは全て見た気になっていましたが……いやはや、世界とは広いものだ」
そりゃそうだ。こんな猫、未来にだっていない。
「そうなんですか? 僕が生まれ育ったところでは、生き物は皆喋れますよ」
ラウルが嘘かも本当かも分からないことを言う。
まあエデン? から来たっていってたし、それが本当だったら喋れるか。
「なんと……! 長く生きてきましたが、やはり世界には未知が溢れている」
アレクさんは感極まったような、満足そうな顔でこくこくと頷く。
「こう見えても、若い頃は航海士になるのが夢だったんですよ。自ら未知を発見し、切り拓いていきたいと思っていたものです」
「今は船に乗っていないんですか?」
「…………えぇ。航海士としての知識は学んだのですが、いかせん船酔いが酷く……」
アレクさんはハッハッハッと笑う。なんだろう今の沈黙。
「しかし、今の仕事にも満足していますよ。海の外にある国の文化などを知れますし、何よりも新しい発見が常にある」
そう言ってアレクさんは空を見上げる。
なんだか、楽しそうだな……
どんなに年を取っている人でも、いきいきしている人を見るとこっちまで楽しくなってしまう。
そこからも他愛のない話をしていくと、とあるお店の前で立ち止まった。
「着きましたね。ここが『ドレスメーカー』です」
ショーケースの中に色とりどりの服が入った、いかにも服屋といったお店を見上げる。
「あの、やっぱり服は大丈夫です。わざわざ買ってもらうのも悪いし……」
無料でプレゼントされる訳なんてないし、絶対に裏があるに決まっている。
「ですが、着替えなどは持っていないでしょう?いつまでもその服でいるわけにもいきませんし、ここは私にお任せください」
「……ありがとうございます」
ここまで言われたらなにも言い返せなくて、あっさりと聞き入れてしまう。
アレクさんは安心させるようにニッコリと微笑むと、お店の扉を開けた。
ーーーーーー
1話がかなり長くなっていますが、こうでもしないとアースノベルに間に合わないので、ご了承ください(T ^ T)
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