♢2ー《始まり》ー2♢

 


 突然、視界が真っ白になった。


 いや、自分の手とかは見れるから、白い空間に移動したってことかな?

 


 それよりも――



「どこ?」


 さっきまでの薄暗かった空間とは一変して、今は真っ白な空間にいた。


 いやいやいや。


 なんで?


 確か、猫が喋って――

 


 とその時。



 再びカチッと音が鳴った。


 ガチッカチッガチガチガチ


「きゃッ、な、なに!?」


 懐中時計の針が勢いよく回り始める。


 7つの針が一斉に動いており、ヘリコプターのプロペラみたいになっていた。


「なにこれ……」


 気味悪く思っていると、その真っ白な空間に変化が訪れ始めた。


「ど、どうなってるの?」


 空間に色が滲んできている。


 建物から鳥、それに人まで。


 ぼやけてはいるが、次々とその姿が露わになってくる。


「ま、街?」


 まだ驚きを隠せないでいると、懐中時計の針がピタリと止まった。



「うぇ?」


 思わず変な声が出てしまう。


 私は今、見知らぬ街のど真ん中にいた。


 大通りの中心に1人ポツンと立っており、周りの人達から奇異な目で見られている。


 あまりに突然の出来事に呆然としていたけど、周りからの視線に気づくと、逃げるように路地裏へと向かった。





「どうなってるの!?」


 走りながら声を上げる。


 こんなことが起こるだなんて思いもよらなかった。


 たとえ数分前の私に忠告できたとしても、絶対に信じれない。


 路地裏を走っていると、目の前には街の間を流れている大きな川があった。その川は酷く濁っており、まるで今の自分の気持ちを表しているようだった。




 行き止まりだ。


 いや違う。


 これは夢だ。いつもの悪い夢。目を瞑り、ゆっくりと深呼吸をする。


 そして再び目を開くと――


 さっきまでと何ら変わらない、川が流れていた。


「あぁもう! なんで!?」


 なんでこうなったかは分かんないけど、何が原因かはなんとなく分かる。


「絶対にこれのせいよね」


 懐中時計をパカっと開けて、目の前に持ってくる。


 針は止まっており、先程のように動く気配は一切ない。


  一見すると、ただのちょっと変わった時計にしか見えなかった。


「また針を回せばなにか起こるかな……」


 手に力を込めてガチャガチャと触ったり振ったりするが、何も起きない。


 もう早く帰らせてよ……


 一切動かない時計を見ると、怒りが募ってくる。


 みんなと笑って、パーティーをして、明後日にはマサチューセッツへと向かうはずだ。


 お母さんとももうあと少ししか一緒にいられないし、こんなところで道草を食べている場合じゃない。

 

 居ても立っても居られなくなり、怒りに任せて懐中時計を投げ捨てようとする。



 すると――


 ガチャガチャッ 


「!?」


 なんと、先程まで一切動く気配がなかった懐中時計が動いたのだ。


 

 これは行ける。


 きっと、なにか動くのに必要な動作があるのだろう。


 それがどんな条件かは分からないけど、このままいけば帰れるかもしれない。


 我が意を得たりと思い、思いっきり投げ捨てる。


 




 ……あ、川の方に投げちゃった。

 

 

 ヤバイヤバイヤバイ。


 あれがなくなったら、もう帰れる手がかりがないのに。


 サアッと青ざめていると、後ろから声がした。



「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


「!?」


 あ、さっき地下室にいた猫……


 怒涛の勢いで走ってくるその姿に、思わず目が丸くなる。


「ふんッせいッ」


 猫は路地裏の端にあった木箱を踏み台にして、空高く飛ぶ。


「キャッ」


「ぬおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁああああ!!!」


 そして私の頭を踏み台にすると、懐中時計の鎖を掴んだ。


「よ、よしッ……ってえぇぇぇ!?」


 掴んだところまでは良かったけれど、そこは川の真上だ。猫は目を点にして、濁った川へ落ちていく。


「危ない!」


 間一髪で尻尾を掴む。


 私が猫を吊り下げて、猫が懐中時計を吊り下げる、すごくシュールな光景となっていた。


「よ、よし。そのままゆっくりと引き上げて」


「わ、分かった」


 



 ♢♢♢




「君は一体なにを考えているんだ!?」


「ご、ごめんなさい」


「この時計は、水にも雷にも耐えられる。けど、もしも誰かが持っていったりなくしたりすれば回収できないんだぞ!」


 猫が喋っていることに驚くべきなんだろうけど、今日はもう疲れちゃった。


 ツッコミをいれる気力さえない。


「全く。次からは気をつけてくれよ」


 そう言って猫は懐中時計を返してきた。


 いやこれ、私のじゃないんだけど……


「あなたは誰?ここはどこなの?」


 私はずっと聞きたかったことを聞く。


 どう考えてもこの猫はなにかを知っているし、もしかしたら家に帰れるかもしれない。


 すると、猫は姿勢を正していった。


「僕の名前はラウル。”ダイナモ”を守護するものさ。そしてここは多分1800年代のロンドン。君は”ダイナモ”に連れてこられ、時空を遡ってきたダイナモ使いだ」


「だ、ダイナモにイギリス??」


 知らない単語に行ったこともない国、わけがわからない。


 それに時空を遡ったって……あ、確かにさっき大通りにいた人達の格好はちょっと古かったかも。


「ダイナモって何?なんで私は連れてこられたの?」


 ラウルは困ったような顔をした。


「ダイナモはその懐中時計のことだよ。はるか昔に生み出され、今なお意志を持ち続けている聖遺物さ。……そして君が連れてこられた理由なんだけど……」


「どうしたの?」


 ラウルはやけに汗をかいている。


「実は……分からないんだ」


「え!?」


「わ、分からない。けど、かなり焦っていることは分かるんだ」


「焦ってる?」


「そう。ダイナモには意志が宿っている。守護者である僕は、その感情を読み取ることができるんだけど……」


「会話はできないの?」


 すると、ラウルの耳がしょぼんと垂れ下がった。


 あ、これできないやつだ。


 まあそもそも無機物に感情がどうのこうの言っている時点で本当かどうかかなり怪しい。


「できる……」


 できるんだ。


「じゃあやって!」


 私は人生で一度も海外に行ったことがない。


 しかも初めての海外が昔のロンドンだなんて、これからどうすればいいのか検討もつかない。

 

 叶うことなら一刻も早く帰りたかった。


「うぅ…」


 ラウルがダイナモに近づくと、その肉球をペタリとダイナモに当てる。


 カチッカチカチカチッカチッ


「キャッ!?」


「うるさい! 静かにしてて!」


 ……こうも生きてるみたいに動かれると、やっぱり気持ち悪いんだよなあ。


 一回見たとはいえ、気持ち悪いものは気持ち悪い。


 カチカチカチッカチッカチッガチャガチャ


 ラウルがそっと手を離す。



「それで、なんて言ってるの?」


「……分かんない」


「は?」


「仕方ないじゃん! モールス信号だなんて分かるわけがない! ただでさえ一番苦手なのに、こいつ焦ってるせいで何言ってるか全然わかんないんだもん!」


 思わず言葉を失う。


「逆ギレ!? 分かるって言ってたじゃない!」


「落ち着いた状態で、ゆっくりと信号を送ってくれてたら分かったさ! こいつがこんなに焦っているのも、君が川に投げ捨てたからじゃないのか!?」


 うぐっ。

 

 いやそうだったとしても、こっちに言われる筋合いはない。


「そもそも急に連れてきたのはそっちでしょ! ヘンテコな懐中時計といい、まともなのはいないの!?」


「ガチガチガチッ」


 ダイナモがその言葉に抗議するかのようにガチガチと音を立てる。


「と、とにかく、この事態は過去に前例がない。ダイナモは時空に干渉して長距離を移動することは許可されているけど、それを悪用して過去に遡るだなんて、禁忌中の禁忌だ」


 ラウルは冷や汗をかきながら神妙な面持ちでそう言う。


「じゃあなんで過去に遡ったの?」


「分からない。いつもだったらエデンに行って、そこからダイナモ使いの称号を承るんだけど……」


「ちょ、ちょっと待って。エデンってなに?」


 次から次へと知らない言葉に混乱する。


 

「エデンっていうのは、世界を司る場所のこと。主に世界が均衡を保つようにバランスを調整し、地獄の釜から悪魔たちが出てこないよう管理をしているところだよ」



「え!? 悪魔なんて本当にいるの!?」


 ラウルはやれやれと頭をふる。


「全く、そんなことも知らないの?……まぁ無理もないか。君が住んでいる時代では、ほとんどの悪魔は力を失っている。それに、君でも知っているような悪魔はとある人達によってもう倒されていたからね」


 急に悪魔がどうしただの言われ混乱するが、ラウルがその先を聞いて欲しそうな顔をするので聞く。


「誰が倒したの?」


 するとラウルは誇らしげに鼻をふふんっとし、声を整えて言った。


「歴代のダイナモ使い達さ」







ーーーーーー


ラウルのモデルはアルゼンチンに住むというヴィーナスちゃんです。とても神秘的で可愛いので見てみてください!(//∇//)


 

 

 

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