第1話 2
深呼吸と共に仮面を着けて、座った鞍から突き出た固定器に四肢を突っ込んだ。
――目を開く。
専用格納庫に駐騎姿勢とはいえ、それでも視点の高さは一〇〇メートル以上。
待避所の窓から覗く整備員のみんなが、すごく小さく見えた。
『――うわっ!? うわぁ……や、
耳元で囁かれる、やたらビクついた男声に、あたしは思わず鼻を鳴らす。
「――出撃だって言ったでしょ!?
虹月――
全
思わず語気荒く告げてしまう。
『で、でも……はじめてなんだから、心の準備をする時間が欲しかったというか……』
「――乙女かっ!? あたしだって、アンタみたいなキモくてヤバいのと合一なんてしたくなかったわ!」
七年前、ヤマト皇国中の魔道士が集められて、彼との適正テストが行われた。
国内の名だたる魔道大家――それこそ、旧都守護代の
十公家の三席、三ツ杜家に連なる
当時はそれがどんなものか理解できてなくて、ただ
テスト前に行われた説明は、当時はよく理解できていなかったけれど、紹介画像で見せられた
西洋甲冑を思わせる、洗練された
情熱的に背中に流れるたてがみは、その熱い心をそのまま表したかのような真紅で。
そう! 叶うならあたしは、一番騎のジャスティ・デストロイヤーのリアクターになりたかったのよ!
でも、彼の所属は
――だというのに……
居並ぶ大魔道士達の中で、唯一、テストをパスできたのは、あたしだけで。
なんの因果か、あたしはここ――
あたしは胸の高さに手を持ち上げて、見下ろす。
ツギハギだらけとしか例えようのない装甲に、指のない尖った手だわ。
そのまま視線を下ろせば、やはりツギハギだらけの寸胴な胴体から短足な足先が見える。
まん丸な頭部には、やたら大きな
――疑似機神計画、
どこの国でもリアクターが見つけられず、その不格好な見た目もあって、付けられた名前は
……ポンコツペンギンなんて揶揄される事もあるわ。
でも、彼がそう呼ばれるのは、その見た目の所為だけじゃない。
『――キ、キモい!? せ、拙者だって、
ぶっちゃけコレ、レイプでござるからな!? 精神的強姦!』
「誰がBBAよ! 花のJK捕まえて、誰が!」
そう、この性格が問題なのよ!
彼の兄姉は素晴らしい人格の持ち主だっていうのに、こいつと来たら!
――臆病で怠惰。
暇さえあれば、テレビやネットでアニメや子供向け番組を観てばかりいる。
この星を守る為に生み出された決戦兵器だという自覚がまるでない!
そんな想いもあって、ここ数年はこんな風に、顔を合わせれば口喧嘩になってばかりだ。
『ああ、時間の流れというのは、本当に残酷でござるな。
あの愛らしかったやよいたんは、もう失われてしまったのでござるよ……』
と、視界にウィンドウが開いて、ジャンカーと出会ったばかりの頃の――十歳のあたしの写真が表示される。
彼と仲良くなりたくて、純粋な微笑みを向けていた頃のあたしだ。
「ちょっ!? あんた、いつの間にこんなの撮ってたのよ!?」
『ハァハァ……やよいたん、カムバック……』
荒い息遣いで囁くジャンカーに、あたしは怖気が走ったわ。
「たん言うな! マジキモっ!」
『BBAには言ってないですぅ~』
「同一人物だっ!
と、その時。
『――はい、そこまで~』
あたしの写真の横にウィンドウが開いて、背中まである長い髪を緩く編み込んだ女性――戦術オペレーターのアヤ姉が映し出される。
――
この七年、あたしとジャンカーと共に連携訓練を積んできた、専属の戦術オペレーターだ。
士族家出身のアヤ姉は卜占系魔術が得意で、訓練の時もまるで未来が見えてるかのように、的確にあたしを導いてくれる頼れるお姉さん。
『ふたりとも、ケンカしてる場合じゃないでしょう?」
ふんわりした雰囲気だけど、怒らせると怖いのはこの七年の付き合いで、あたしもジャンカーも学んでいる。
「はい、ごめんなさい……」
『わ、悪かったでござるよ。平本殿……』
だから、あたし達は口を揃えて、アヤ姉に謝る。
アヤ姉は満足げにうなずき、それからすぐに表情を引き締めた。
『たった今、
インディヴィジュアル・コアを使っての占術予測では揚陸目標は、ここ月ノ瀬島。
これから騎体を地上に上げるから、ふたりは臨戦体制で待機しててね。
――きっとすぐに接敵する事になるから』
アヤ姉の説明に、あたしはうなずく。
『え、マジ? マジで戦闘なの?
なんで!? こういうのは兄さんや姉さんの役回りじゃないの!?
なんでよりにもよって、僕のトコに真っ先に来るんだよ!?』
対して、早口でまくし立てるジャンカー。
「ちょっと! いまさらビビってんじゃないわよ!」
『うぅ……おえっ! うぉえっ!』
挙げ句にえづき始める始末。
こいつ、時々、妙に人間臭いのよね……
そうしている間にも、格納庫の床に敷かれた大規模刻印――魔芒陣が虹色の燐光を立ち昇らせ始める。
『――
アヤ姉の冷静な報告を聞きながら、あたしはジャンカーから伝わってくる不安を強引に押し殺した。
『――
と、さらにウィンドウが開いて、スーツを着込んだオールバックの眼光鋭い青年が映し出された。
MOOヤマト皇国支部司令、
彼は真剣な面持ちを浮かべて、強く拳を握り締めて見せる。
『突然の初陣だが、戦騎とそのリアクターならば、いずれは通過しなければならない道だ。
君達が積み重ねて来た鍛錬は、決して君達を裏切らない!』
『……せ、拙者は無理矢理やらされてただけでござる……』
暑苦しく語る紫堂司令をよそに、ジャンカーが呟く。
幸い、彼の呟きは紫堂司令には届かなかったみたい。
『――皇国の……いや、この星の未来を、君達に託したっ!』
こちらに向けて拳を突き出す紫堂司令。
「はいっ!」
応じるあたしに対して――
『そ、そんな大層なモノ、た、託されても困るんですけど……』
やはり紫堂司令に聞こえないように、ジャンカーはボソボソと返す。
『――戦騎ジャンカー、出陣!』
紫堂司令の宣言。
『戦騎ジャンカー、出陣! 転送を開始します!』
アヤ姉が告げて、足元の魔芒陣から虹色の光が柱となって伸び上がる。
視界が真っ白に染まった。
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