第66話 手合わせ

「ばぁん……」

 引き金が引かれてついたのは、ナガラがふざけて口にした効果音だけ。

 空砲だった。まさか弾が入っていないなんていう致命的な現象は起こっていないだろうな、と私は心配になる。

 即座にナガラはそれを否定したが。

「ミライ姉運がいいね。この拳銃、弾が五発だったんだよ。たった一発の空砲に当たるなんて、運がいいとしか言い様がないよね」

 びびり損である。

 ナガラの悪戯めいた顔を見ていると、わざとだったんじゃないかと思う。そんなナガラは肩を竦めるだけだ。

「非常に残念だ。この一発で仕留められなかったなんて拍子抜けだね」

 そんなのそっちの勝手だろうに。

「だって、この了承済みの一発目を逃したら」

 言いながらナガラは姿を消す。空気の揺らぎを感じると、目の前にナガラが迫って銃を持ち上げる。

 だが、私の体は反射で動き、ナガラと擦れ違うようにして避けながら、片足を引っかけて転ばそうとしていた。

 ナガラは引っ掛かるが、予想はしていたのか、つんのめった状態から前転をし、すぐに体勢を立て直す。しかしその頃にはナガラの動きを予測した私がその脳天めがけてカッターを振り下ろしていた。

 そんな私の腕を掴んで、ナガラは力づくで私を止める。腕がぎしぎしと鳴り、痛みに意識がはっとする。

 ほらね、とナガラは笑んだ。

「ミライ姉は人から向けられた銃口を甘んじて受けるには、反射神経がよすぎるのさ。そうやって人を殺し、殺されることを避けてきたんだから」

 立ち上がったナガラは銃口を向ける。私は何も答えられず、ただ銃口と、その奥にあるナガラの瞳を見つめていた。引き金に指をかける様子はない。きっと、引き金に指をかけたその瞬間、私は逃げ、ナガラを無力化しにかかるだろう。ナガラに言われて、自分の性質を理解した。

 生前、生きることを望まれなかったからこその生存本能。それが獣のように私の体を衝動で動かすのだ。

 これがある限り、私には自分で死ぬという選択肢は取れない。カッターで人は殺せるが、自分を殺すのは難しい。そういう武器だ。

 つまり現段階では、「ナガラを殺す」という選択肢しか残っていないわけだ。

 だが、ナガラは私のクローン。生前誰よりも「私」というものを把握していた人物だ。きっと私の動きも読まれているにちがいない。もし、動きを読めずにいたなら、私は既に二回ほどナガラを殺せている。殺りづらい相手だ。

 餓鬼道辺りまではただただ憎たらしい相手だったが、畜生道でナガラの真実というものを知ってから、親近感が湧いてしまった。それがいけないのだろう。

「ねぇ」

 ナガラの声が私を思考の海から引きずり上げる。私は自然とナガラと目を合わせていた。

 ナガラはこてん、と首を傾げる。

「ミライ姉は僕のこと、どう思ってる?」

「どうも何も……ただ、同じ存在だと認識して」

「それだけ?」

 ナガラの瞳が暗い色を宿す。

「本当に、それだけ? 物心つく頃に親に捨てられたミライ姉は、『同じ』なのに愛のある母親に育てられた僕のことを何とも思わないの?」

 戦闘より何より、こういう会話の方が胸にくるものがある。


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