第67話 私を殺す

「ねぇ、何も思わないの?」

 ナガラの疑問が脳内に谺する。次第に私の思考回路を塗り潰していく。

 同じ存在なのに幸福に生きた僕に何も思わないの?

 羨ましいと思わないの?

 恨めしいとは思わないの?

 妬ましいとは思わないの?

 私の心の奥底は、黒くてどろどろしていて、ねっとりと血よりも濃くまとわりつくようになっている。

 その液体が煮えたぎる合間から、叫びが聞こえた。

 同じなのになんで違うの?

 羨ましいよ、あんなお母さん。

 恨めしいよ、クローンだからって。

 妬ましいよ、私と同じくせに!!

 感情が溢れ出して止まらない。

「やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろぉぉぉぉぉっ!!」

 なんで私が苦しい思いをしなくちゃいけない? 苦い思いを飲み下さなきゃいけない?

 怒りに狂った回路は、ナガラの腕の力を越え、ナガラの肩をカッターで深々と突き刺していた。ナガラは一瞬顔を歪めた。肩が刺された上に、勢いで押された手は変な方に曲がったにちがいない。ぱきっと嫌な音がした。

 ナガラはそれでも冷静に、銃を持つ腕を上げた。そうすれば私が反射に従って離れることをわかっていたのだろう。

 その思惑通り、私は瞬時にナガラから離れた。引き抜いたカッターは抜き方が乱雑だったためか、血の塊を孕んでいた。

 その塊の分以上にナガラの肩の傷は開いていた。どくどくと血を流している。普通なら失血性ショック死をしていてもおかしくない。

 だが、ナガラは立っていた。私を見据えて。その眼差しは私を受け入れているようにも見えた。私の全ての感情を受け止める覚悟が、そこにはあった。

 叫びながら私は駆け出す。がむしゃらに刃を振るった。何を叫んでいたかは自分でもわからない。言葉になっていなかったと思う。

 声が枯れるほどに叫んで、泣き声のようになった。私の振るう刃を紙一重でかわすナガラは、そんな私を悲しげに見つめていた。

 私と同じ顔で、そんな表情をするな!

 わけのわからない苛立ちが、私を加速させ、やがてナガラの頬や肩に傷を作っていった。

 そのうちの一撃が、ナガラの髪紐を裂く。

 ふわりとナガラの灰色の髪が広がった。私の耳に口元を寄せ、囁きかける。

「ごらん、君がなれなかった姿だ」

 言われた途端、私はがくんと地面に膝をついた。




 ナガラとは、私がなれなかった、私の一つの『未来』の姿なのだ。

 私は『未来』を殺さなければならない。






 そう、私は私を殺さなければならないのだ……


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