第65話 コピーミス

 ナガラが命を賭けた戦いの開始早々語り出したのはナガラの巡った壮絶な輪廻の数々と、その果てに出た研究の結果だった。

「先生の見解では、僕はミライ姉のコピー、謂わばクローンだ。しかし、ミライ姉は女の子なのに、僕は男になった。一卵性双生児でも稀にあることらしいけれど、これはコピーミスというものらしいんだ」

 つまり、ナガラは私の完全なるクローンではなく、遺伝情報か何かのコピーミスで男として生を受け、不完全体となった。

 その性質も不完全。

 つまり、六道輪廻のうち僅か一道しか巡れない欠陥品であるということだ。

「ええっと、男に生まれるためにはY染色体が必要で、記憶が確かなら、女はそのY染色体が欠如しているんじゃなかったか?」

 女の私の遺伝情報から男が生まれるのはおかしいだろう。逆はあり得ても。

 しかし、ナガラはこう言った。

「Y染色体を得た代償が輪廻能力の欠如だったのかもしれないよ?」

「オカルトじゃないか」

「だからぁ、科学は突き詰めたら非科学オカルトになるんだって」

 まあ、六道輪廻を巡っている時点で私に科学を語れる口などないわけだが。

「ミライ姉が非科学の存在だから、先生はミライ姉に期待したんじゃない。人間がある意味で永久に生き延びる手掛かりとして」

「そんな先生も、もう生きてはいないだろう」

「うん、僕が殺した」

 ナガラはあっさり紡ぐ。ナガラとしては、ついさっき殺したような感覚なのだろう。

「でもミライ姉がここから出て『生き延び』れば、ある意味先生の研究成果は生き続けることになるよ。輪廻において通常失うはずの記憶を持って巡ることのできるミライ姉は先生が称した通り、『不死の人間』足り得るからね」

「ナガラは延々と私に地獄やら何やらを巡ってほしいのか?」

 できれば二度と地獄へは行きたくない。

「それなら自分の選びたい道を自由に選べばいいんだよ。僕と違ってミライ姉は六道の中から選び放題なんだよ?」

 選べると思ったことはなかった。だが、リウシェンという伝を持つ私は、リウに干渉してもらえば、ある程度世界を選べることにはなるだろう。

 だが、それが何になる。

「人類進歩になるさ。主に宗教面でね。世界で多い争いの理由はもはや植民地でも人種差別でもない。宗教なんだよ。ミライ姉が実際に体験したことを語って聞かせたら、人間の宗教観が引っくり返るね。受け入れられない人も多くいるだろうけれど、そうだね、血の一年の歴史とか語って聞かせれば、事実を確認し、ミライ姉の言葉の真実味が増して、流動票だったところが、着実に信頼派に定着するだろうよ。それくらい宗教的観点における人間の意思って軽いから」

「新しい宗教でも拓くのか? 仏陀じゃあるまい」

「ミライ姉が嫌ならいいよ?」

 す、とナガラは銃を持つ手を上げ、銃口を真っ直ぐ私に向ける。知れず、体が強張った。

「僕がやっても同じことだ。僕がミライ姉を殺せば、今度は僕が完全体さ。僕だって、六道輪廻を巡る能力を持っているんだから」

 確かに。私が干渉して人間道以外の道もあることを知ったナガラなら、先に言っていた人類進歩とやらも容易いだろう。

「なら、お前に譲るよ」

 私は、そう言った。そう、とナガラは淡白に頷く。




 引き金が引かれた。


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