第64話 ナガトミライという存在

 僕は拳銃を手に取り、弾数を確認する。リボルバー式の拳銃。通常仕様で弾数の限度は六発。入っている弾は五発。逆ロシアンルーレットができそうだ。

 無駄撃ちはできない。五発しかないのだ。それには対するミライ姉が持つ武器は、無限に使えると言っても過言ではないだろう。まあ、刃が折れればそれまでだが。




 僕は本来、存在してはいけないものだというのは、学校に通っているうちに気づいた。理科の授業でクローン技術への現在の心象は知っていたし、自分が普通の子どもではないことも知っていた。

 ミライ姉は覚えていないだろうが、僕らは今はもう遠い昔──幼い頃に会っているのである。あの病院で。

 あの日、初めてミライ姉を見たときの感覚は忘れられない。よく聞く双子の感覚共有にも似たものを感じた。

 あの人は僕の片割れ──というか「同じ」だ──それを本能で知った。

 母とは髪色が違うし、そもそも母は未婚者だ。男性関係は潔癖すぎるくらい。そんな人が子どもを身籠るわけがないし、僕の里親になったにしろ、そんな契約書が交わされた様子はなかった。大体実の親かどうかなんて、どこかに証拠が残るものだ。秘密がいつかバレてしまうように。

 証拠隠滅が徹底的すぎるのが逆に怪しかった。だが、そもそもが違った。母は隠そうともしていなかったのだ。

 僕が疑問をぶつけると、母はあっさり喋った。僕の出所は病院の先生で、先生の発明のコピー。オリジナルが手元に置けることとなったため、不必要になって、処分に困っていたところを、母が引き取ったのだという。

 ではオリジナルとは何か。僕は無性に気になって、想像を膨らませた果てに、かつて会った自分にそっくりな女の子のことを思い出した。

 あれは偶然とは思えなかった。僕と同じ、浮世離れした容姿に、自然と惹かれた心。あちらは気づいていないだろうが、コピーとオリジナルという関係なら、合点が行くところがあった。

 それから、僕は思い切って先生に「オリジナルに会いたい」と伝えた。すると、予定外の注射を受けることになった。──それが一度目の死。


 目が覚めたとき、信じられなかった。同じ姿、同じ名前、同じ母を持ち、同じ素性で生まれていたのだから。毒を射たれて死んだはずの僕が。

 僕は以前の世界で、先生にオリジナルに会いたい旨を伝えると殺されることを学んだ。故に、接触の機会を密かに待った。

 だが僕は唐突に、不慮の事故に遭い、命を失った。前に注射を射たれたのと同じ十五歳の出来事だった。

 これが二度目の死。


 また生まれた。やはり同じ姿、名前、親、素性。何一つ変わらないまま、僕はまた新しい僕として生活することになった。

 僕はオリジナルの存在より、僕の身の上の方が気になった。

 空想なんかで言う「タイムリープ」というやつだろうか。それにしては僕は何一つ望んでいないし、再開場所が一定だ。僕が自我を持つところから。条件は僕の死のようだが。

 毒を射たれないよう先生に質問はせず、事故に遭わないよう、車に気をつけた。

 だが、僕が少し気をつけたくらいじゃ、世界は「僕」という存在を許しちゃくれなかった。

 暴走した危険物搭載車両が突っ込んでくるのを、母に庇われた。危険物搭載車両は母を跳ね飛ばして、横転する。これはまずいんじゃないか、と思い至ったときには既に遅かった。大量の危険物ガソリンが道路にぶちまけられ、金属片が弾けて生まれた火花が一気に燃え広がる。

 僕は火の海の中で、もう燃え散ったであろう母を思いながら眠りに就いた。

 これが三度目の死。


 どう足掻いても十五歳には死ぬことを悟った十周目くらいの世界で、僕は死を覚悟して、先生に相談した。

 先生は僕の発言に飛びつき、こう言った。

「何度死んでもやり直せる……それは不死といっても過言ではない!! 人類の兼ねてよりの夢が達せられる……!」

 先生は医者ではなく、科学者の顔をしていた。

 僕は解剖に回された。

 その最中、出血多量で意識を失った。

 これが十一回目の死。


 僕は先生に何度もコンタクトを試み、何度も失敗して死んだ。

 僕が死なない世界線など存在しないのではないだろうかと思った頃、先生に今度は手紙でタイムリープもどきのことを伝えた。すると先生は、「オリジナルの方にはもっと多彩な才能が眠っているにちがいない」と僕という患者をほっぽって、オリジナル個体の研究に勤しんだ。

 オリジナル個体の研究ということは、一度会ったあの女の子があの先生によって滅茶苦茶にされているということだ。

 人体実験というものにいいイメージはない。僕は後先考えず、オリジナル個体の女の子を助けようと先生の元を訪れた。

 そこで実験に巻き込まれ、死亡した。僕は最期、手に何かを握っていた。

 もう何周目か知らない死。


 その次の周回にて、異変は起きた。

 僕の所持品の中に何故か、先生の研究ノートがあったのだ。

 そのノートを見て初めて、オリジナル個体が「長門未来」という名前であることを知った。

 先生には手違いで家にあったと伝えて返した。

 そこから歯車が狂っていく。


 その周回から先の周回では、毎回先生の研究ノートが僕の手元に来るようになった。時空を超えて、先生の研究は順調に進んでいるようで、僕もある程度楽しみながら読んだ。

 そんな最中、新興宗教の騒ぎがあった。六道輪廻の思想を基礎とする宗教観を展開する者たちだ。

 その者たちが、僕と母が買い物をするデパートに大量の爆弾を仕掛けて、「輪廻へと導かん」という合言葉と共に、爆弾のスイッチを押した。

 均衡が崩れた。

 何故ならそのとき僕はまだ十四歳だったから。


 何周かを経て、とち狂った宗教団体の自爆テロの場所や時期を把握した僕は、母共々、テロに巻き込まれないよう行動した。

 もはや僕はもう何も望んでいなかった。

 なんでもいいから普通に生きたいと思うようになり、再び出てきた研究ノートを燃やした。

 すると、先生にノートが見当たらないと訊かれ、素知らぬふりを通すことになる。

 だが、それが新たな道を開拓することとなった。

 その周回で僕と先生が接するのは必要最小限だった。

 僕以上に先生と接する機会が多い人物など、一人しか存在しない。

 先生はその人物に徒なそうとしている。

 そう悟った僕は、研究所に突貫し、長門未来の身代わりとなって死んだ。

 世界がまた、流転する。


 僕は研究ノートを燃やしてはいけないことを知った。

 嫌々ながら手に取り、先生へと宛名を書いていたとき。

 窓から風が入り込み、ぱらぱらとノートを捲った。

 ある一ページで止まったそれに、僕は目を惹かれた。

「富井永良が宿すタイムリープの力」

「タイムリープは起こらない」

「ラクランドシェ?」

「六道輪廻か!」

 ラクランドシェとは、六道輪廻思想を掲げる例の自爆テロ宗教団体だ。

 先生曰く、僕の身に起こっているのはタイムリープではなく六道輪廻を巡るという行動。

 タイムリープでは矛盾パラドックスが大きすぎる。それはこのノートが証明している。

 だが、輪廻を巡るという行為なら、まだわかる。輪廻とは常に未来に繋がっているという思想なのだから。

 ……まさか先生がそんな非科学的オカルトなことを語るとは夢にも思わなかった。けれど、科学は突き詰めると非科学オカルトに終着せざるを得ないらしい。電波が何なのか説明しろ、と言ったら、電磁波の一種、となり、電磁波が何なのかとなったら、電磁場に周期的に起こる波で、電磁場とは……と永遠に説明が終わらなくなるように、あるいは、そこら辺に漂っている波のようなものだ、という曖昧な説明に落ち着くように、はっきりした答えに辿り着かなくなったときに非科学オカルトという思想が生まれるのだとか。難しすぎてよくわからないが。

 とにかく、僕がタイムリープと思っていたこれは生命の輪廻なのだ、ということだ。六道輪廻なら、地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、天界道、と他に六つも世界があるのだから、わざわざ毎回人間道でおんなじ人間をやることもないだろうと思うのだが、そこには先生なりの見解があった。


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