第47話 導かれて

 私と琥珀色の目を合わせたその人は紛れもなく、天界道で別れたリウだった。青い男版のチャイナ服を着ているのは変わっていない。私のせいで六道輪廻の神という面倒そうなことを押し付けられたはずの彼は、砂利の地面から離れている私の状態から察するに、私を助けてくれたようだ。……一体何故?

「結構早かったですね」

「何が?」

「あなたがここに来るのが、です」

 言っている意味がわからないのだが。

 曰く、彼は目にしてわかる通り、私を助けるためにここに来たらしい。私を助けることに一体何のメリットがあるかわからないが。

 リウは語る。

「あなたは特別な生命です。神という称号を与えられた今ならよくわかる。あなたは神にさえなれる。六道輪廻のために存在するような生命……六道輪廻という概念に生命、とも言えましょうか」

 口調が一度会ったシェンに似てきたのは気のせいだろうか。リウは、私を見たあのときのシェンのような慈しみを持った眼差しを私に向けた。リウの表情というよりやはり、シェンの表情のような気がする。

 神になったから、近くなっているのだろうか。

「けれど、今のぼくに干渉できるのは、ここまでです。ここは本来『シェン』の領域ではない。故に過干渉はできません。それに『スー』は『シェン』があなたを助けたというだけで怒るでしょうからね」

 こらえるような苦笑いはまだリウらしかった。表情変化の合間に少しの苦悩が見える。もしかしたら、リウは「シェン」となったことに葛藤を抱いているのかもしれない。生前より、忠義心の強かった人物だ。「もっとお側で仕えたかった」とか思っているのかもしれない。だったら何故、私を殺さずに手を差し伸べようとするのかとは思うが。

 私が特殊な存在であることは、ある程度想像はついていた。スーが指摘した記憶に関してもそうだし、この餓鬼道に入ってからの有り様にも疑問を抱く。シェンと全く同じ容姿をしていたのにも何か裏があるような気がしてならない。シェンは私を次代のシェンにしたがっていたし。

 ナガラがあのとき言っていた、「巡らなければならない」というのも関係している予感がする。それともう一つ、あの研究ノートも……

 今はまだ、はっきりあの頃に見た内容を思い出すことができない。けれど、あのノートにも私という存在は人間として特別だというようなことが書いてあった気がする。先に進めば、もっと何か思い出せるかもしれない。




 もしくは、ナガラに会えば。




 容姿そっくりなあいつが、私と無関係なわけがない。しかも初対面から「ミライ姉」と呼んできたようなやつだ。血の繋がりはないにしろ、何かしらの手掛かりはやつが握っているような気がする。

 血は繋がっていないけれど、同じ、と言っていたし。




 私は意を決してリウに告げる。




「私は、会わなきゃいけないやつがいる。

 そいつに会うために、こんなところで燻っちゃいられない。

 ──だから、この道から出たい」

 はっきり告げると、リウは頷く。けれどどこか悲しげな顔をしていた。

「ええ。だからぼくはここに来たんです。干渉範囲を乗り越えて。……きっと何かの、運命だったのでしょう」

 運命、という言葉を口にするとき、リウは顔を歪めた。そういえば過去に無理矢理私に口付けてきたような人物である。少なからず、思うところはあるのだろう。

 以降、リウは黙って、私を抱えたまま歩を進める。じゃり、じゃり、と音がすることから、リウは件の砂利道を歩いていることが推察できる。どうやらリウは砂利の影響を受けないらしい。元々罪人とはいえ、今や天界の神様だ。関係ないのだろう。

 見やれば、出口の光が迫っていた。もう、手を伸ばせば届くほどに。

 実際、手を伸ばしてみると、光の中から光の腕が伸びてきて、リウから私を引き取る。

 瞬間、私という自我が遠退く感覚がした。リウの存在も感覚的に遠退いていく。

 遠退く中で、リウの声を聞いた。悲しげだったのがひどく脳裏に焼きついている。




「ごめんなさい。会いたい人がいるのなら、人間道に廻すべきなのでしょうが、過干渉になってしまうため、行く先は人間道にはなりません。

 次に辿り着くのは──」




 肝心な部分が聞き取れないまま、私は輪廻に身を委ねた。

 光の腕が私をどこへ連れていくのかは、知れない。




 長門未来の六道輪廻 餓鬼道-完-




 巡り、廻り、やがて引かれ合う。


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