第41話 何もない道
餓鬼は柔らかな光に包まれて消えていく。餓鬼道という名の地獄から解放されて、どこかまた別の輪廻に旅立っていく。
しかし、どんなに餓鬼が倒れても私は満たされない。
私が生前、最も欲していた欲求──殺人欲は満たされない。
それは殺しているのが人じゃないからなのか、起こっているのが死ぬという現象じゃないからか……とにかく、何に起因するものなのかわからない。
餓鬼を倒しても、私の心は満たされない。それだけが確かなことだ。
おそらくこれは立て札に書いてあったことを表しているのだろう。最も欲したものが得られない、という。──私の欲求が、殺人欲だということには、笑えてしまうが。
食欲とか睡眠欲とか、人間らしい欲は様々あるのに。
「本物になっちゃえばいいじゃない」
ナガラにそう言われた瞬間から、私にはその欲しかなかったというのか。
本当に「本物」になってしまったというわけか。
笑えない。
笑えない。
私は人間だ。人間だったはずだ。
殺人鬼なんかじゃ、なかったはずだ……!
そういえば、病院に昔の私の記録があった。あれにはなんと書いてあったっけ。
確か……
『彼女は貴重な実験材料だ。何故なら彼女は人間の可能性を持っている。ただし可能性に満ち溢れている分、寿命が短い。まあそれくらいの反りがあっても仕方ない』
私の命が長くないことは、私にある可能性とやらの影響だと書いてあった。その、可能性とは何だったか……
キィン。
「痛っ……」
頭が痛い。思い出すのを何かが阻止しているようにも思える。
ふらついて歪に飛び出た岩に寄りかかる。
すると、その岩が沈んだ。……って、え?
沈んだ?
私がその異常を理解しきる前に、その罠は作動した。
岩がすぽんと沈み、というか消え、岩のあった場所に穴ができ、寄りかかっていたために体重を随分とかけていた私は穴に吸い込まれるように落ちていった。
穴はそんなに深くない。ただ、私の身長よりちょっと高い。外に自力で出るのは難しい。
私は殺傷能力は高いが、力──握力はない。それどころか手も届かないため、握力があっても脱出は不可能だっただろう。
参った。食欲や睡眠欲は発生しないからいいが、殺人欲求はどうすればいいのだろうか。餓鬼でもまだ始末できていただけましだったのかもしれない。
身動きが取れないというのがこれほどまでに息苦しいと感じたのは初めてかもしれない。
得物として持っていた石を突き立てようと思ったが、土であるはずの壁はコンクリートのように固くなっていた。
まぁ、突き立てたところで、何ができるのかと思ったが、手足をかけて、クライミングの要領で上っていけたのかもしれない。
けれどその場合、唯一の得物を手放すことになる……いや、持っていたところでどうせ殺人欲求は満たされないのだから意味はないのか。でも……
脳内でああでもないこうでもないと考えるうちにこちらに近づいてくる足音がした。
「誰?」
思わず警戒した声を上げる。すると外からは呑気な声が返ってきた。
「おー、かかってるかかってる。久しぶりに人だー」
男の声だ。餓鬼道では珍しい、理性を保っている声だ。
見上げると、きちんと人間のなりをした青年が覗き込んでいた。
細面で色白。頬が少しこけている。温和な印象だ。
「……あんた誰?」
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