第36話 セツの物語

「で、覚えてないってよく言われるって?」

 セツはそこで手を止める。中途半端に積まれた石が一つころんと転がり落ちる。

「そうなんです。閻魔様にも言われました」

 閻魔様というと、スーか。

 スーに言われたということはセツは地獄に来たそのときから記憶をなくしているということだ。

 確か、スーは言っているはずだ。六道輪廻では通常、一旦記憶は洗い流される。地獄道以外では。

 つまり、地獄に来ると決まっている魂は記憶を持ったまま、地獄に来るのだ。

 それが、セツは忘れているという。

 それは地獄道としてはおかしなことだ。地獄は生前の行いを悔い改めるための場所だ。しかしその生前の行いを覚えていなければならない。だから忘れないように設定されている。

 それを忘れたとは……

「閻魔さまはお優しいです。わたしは思い出したら解放してくださるそうです」

「ふぅん」

 あのスーが怒らなかったのか。いや、私のが特例なのか。

 塞の川原とは親より先立った子どもが石を積む場所だ。確かにセツは私が親より先に殺した。故に塞の川原に連れて来られたのだろう。もしかしたら、人畜無害そうなこの子は他に罪は犯していないのかもしれない。

 しかし、あの罪に厳しそうなスーが減刑のようなことをするとは。それとも決して思い出すことはできないと思っているのだろうか。

「解放って、そういえば地獄から解放されたらどうなるの?」

 セツが知っているとは思わないが……

「解放されると、天界道に行って、神様にその先にどこに行くべきか仕分けてくださるそうです」

 まさか知っているとは。

 天界の神様ってあれか、シェンか。

 殺してしまったがどうするんだ? ああ、リウが代わるんだっけか。

「にしても、詳しいな」

「閻魔さまが教えてくださったんです」

「えっ」

 スーって子どもには甘いのか。

「何かぶつくさ言ってました。こういう子どもこそ天界で拾うべきだって」

 それは全くもってその通りだろう。リウの過去に同情することはあるが、ただ理不尽に殺されただけのセツの方が天界に行くべきだと私でも思う。もしセツが天界で「天使です」と言って出てきたなら私も信じたかもしれない。いや、言い過ぎか。

 そういうところ、見る目がないのなら、シェンとやらは殺して正解だったのかもしれない。まあ、一応神様なのだから、こんなことを言うのは罰当たりかもしれないが。

「ところで、あなたは解放されないんですか?」

 セツは鋭いところを突いてくる。私は半ば苦笑いで答える。

「悔い改める気がないからね」

 少し悔い改めたくらいで解放されない極悪人という可能性も捨てきれないが、セツは一切気にした風もなく、そうですか、と石を積む。

 もう少しセツは警戒心を持った方がいいと思う。生前貴女を殺した相手が今のうのうと隣に鎮座しているという事実を今彼女が思い出したらどうなるのだろうか。……なんとなく、反応が変わらない気がするのは私だけか。

 生前、人質にしたとき、この子はあっさり捕まった。拘束されてもろくに抵抗せず、刃物を突き付けられても泣かない。親に助けを求めることもなかった。

 まさか、この子は助かることを諦めていたんだろうか。親のために犠牲になろうと? 美しい自己犠牲精神だが、小学生になったかならないかくらいの女の子が拓くような悟りではない。




 あのときは深く考えなかったけれど、もしかして、






 セツは元々、親からあまり愛されていなかった?




 まあ、真偽のほどはセツが記憶を取り戻すまでわからないだろう。


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