第34話 セツ

『ミライ姉、今日もご活躍のようじゃないか』


 誰のかも知れない携帯電話を耳に当てれば、呑気なナガラの声が聞こえる。ナガラは留置場だかで会って以来、全く顔を合わせていないのだが、何をどうしているのか、私が一仕事終えると、その場の残骸の中の携帯を鳴らして、私と話そうとするのだ。ストーカーされているようで薄気味悪い。

 だが、それもいつものこと、ともう慣れた。

 目の前に広がる斬殺死体の山々ももう見慣れたものだ。

『今日は誰を殺したの?』

 電話向こうの声はいつも楽しそうだ。こちらは少しも楽しくないが。

 答えてやる義理なんてないが、何分話し相手がいないのも退屈だ。暇潰しにはちょうどいい。

「誰かなんて知らない。名前も知らない人」

『うん、いつも通りだね』

「ただ今日は少しやり方を変えた」

『というと?』

 私はなんでもないことのように続ける。

「子どもを人質に取ってみた。そうしたら親というものはどういう反応をするのか、見てみたかった」

『面白いことを考えるね』

 私には親なんて存在しない、と思っている。

 戸籍上は長門家というものに登録されていた私だが、長門家の人間を家族と思ったことはない。だから家族がわからない。もっと言えば、普通の家族というやつがわからない。

『それでそれで?』

「娘を殺すと脅して、特に欲しくもない金を要求した。用意できなければ娘を殺すと」

『わお』

「でもただ金を受け取るのもつまらない。どうせ受け取っても使い道がないんだ。面白い受け取り方をしてやろうと思った。

 金が用意できないならあんたたちを殺すことを代わりにして娘を解放しよう、と」

『ミライ姉がやりたかったの、どっちかっていうとそっちでしょ』

「五月蝿い」

 そうしたら、その親は言った。

 娘は好きにしていいから、私たちの命だけは助けてください、と。

 命乞いというものは醜いものだけれど、これほど胸糞悪くなったものはない。無論、私は正義漢などを気取る趣味はないが。

 同時に、人質に取った子どもが哀れに思えた。自分を重ねていたのかもしれない。いや、少し違うか。

 ──この子は普通の家に生まれたのに、それでも家族に大切にしてもらえないんだ。

 私はそう悟るなり、その両親に宣告した。

「それなら、この子に生きる価値はないね」

 ざしゅ、とその子どもの首を刺す。親が、自分でいらないと言ったくせに、その子どもの名前らしいのを叫んでいた気がする。

『それで当然、ミライ姉がそれで終わるわけないよね』

「わかった風な口を聞くな」

 実際その通りだ。

 何せ今目の前に転がっている中には、その両親の残骸もある。


『ねぇ……』


 少し語りかけてきたその声になんとなく違和感を覚える。

 ナガラにしては高くて幼い……


『お姉ちゃん……!』




 ぞわりと鳥肌が立つのがわかった。

 ナガラは私をそんな風に呼んだりしない。例え呼んだとしても気持ちが悪いだけだ。

 誰だ、誰……!?

 焦りながら意識が浮上し始めるのがわかった。ああ、ここまでのは夢だったのか、と知覚すると同時、声が明瞭になる。


「お姉ちゃん! 起きて!!」

 目を見開くと、赤が目に入って痛い。なんだ、これは!?

 というか、私の口に血の味がまみれている。ちょっとこの容赦のない量は……溺れそうだ。

 記憶が正しければ、私は足湯気分で血の池地獄に浸かっていたはず。血の池地獄は深いところでも私の腰くらいの高さだったはずだ。それが、足がつかない!?

「お姉ちゃん!」

 声の正体を見上げると、幼い女の子が手を伸ばしている。……何故か見覚えがあるのだが。

 必死に手を伸ばす彼女に深い考えもなく、こちらからも手を伸ばす。

 小さい手が、しっかり掴んだ。

 ただ、私を引き上げるには小さすぎる。だが、私が脱け出すきっかけには充分だった。

 女の子のいる岩に手をかけ、ぐい、と自分の体を引き上げる。服に血が染み込んでいて重い。

 それでもなんとか這い出ることができた。

「かはっ、こほっ……」

 口に入ってきた血を吐く。噎せた。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 その子を見上げ、息も絶え絶えになんとか大丈夫という。

 かちりと目が合って、途端に記憶が繋がる。


『セツ──!』


 あのときの、女の子だった。


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