第32話 針山地獄
目の前に広がるのは、間隔狭く剣の突き出た針山地獄。いや、これはもう剣山だろう。
針と呼ぶには生温い、しっかりした刀身。雪山の影響を少し受けているのか、霜が降りている。
そっと刀身に触れると、つ、と血の流れる感覚。雪山はあんなに寒かったのに、私にはまだ温かい血が流れているのかと思うと、なんだか笑えた。
さて、改めて山を見る。歩かせる気ないだろうというくらいに所狭しと並べ立てられた剣。ここをどうやって歩いたらいいものか、と考えたが、埒が明かないので、やめた。ここは地獄だ。まともに生きさせる気がスーにないのはわかりきっていることではないか。
私は針山に足を踏み入れる。すると、踏んだところから剣先が足裏を刺すに留まらず、自ら植物のようににょきりと地面から出てきて、抵抗の余地なく足を刺し貫く。足が抜けない。二歩目を出すこともできず、出そうとしていた足が中空をさまよい、やがて耐えきれなくなって、地面に落ちる。
「……っぁ!?」
全身の至るところを刺し貫かれ、口からは上手く音にならない叫びと、血がごぽりと零れてくる。全身をいたぶるように剣がランダムに突き出してきて、どこが痛いのかはっきりわからない。もうどこもかしこも痛くて仕方ない。
やがて、体の異変に気づく。これでもかというほど血を流しているにも拘らず、全く意識が遠退く気配がない。それどころか、五感がより鋭敏になっているような気がする。血の味が口の中に充満し、鼻にまでその香りを届けている。耳はぎちぎちという音を聞きつけて、そんな異音を出す体の感覚を感じ取ると……恐ろしいことに、刺されながら私の体は再生しようとしていた。
人間のみならず、生き物には得てして自然治癒能力というものがある。といっても、本当に怪我を治すには、何日もかかるのだが。それを今、剣に刺されたままの状態で、異常な速さで行っているのだ。私の体は。
当然、剣に阻まれて肉体は簡単にはくっつかない。更には刀身をも取り込んで再生しようとするため、体に過負荷がかかり、じんじんとした痛みも込み上げてくる。
「っ……」
息を飲みながら、無理矢理手を引き抜いて、心許ない広さしかない地面に突き、体の他の部分も剣から抜いていく。服がずたずたな上に血でどろどろで、とても見られたものじゃない。
ここを出るには雪山に戻るしかないか、と思ったが、そこでふと私の耳に川のせせらぎに似た音が留まった。見ると地面に滴る私の血液は、定められたようにある一定の方向へどろどろと流れていく。
これは気になるな、と起き上がろうとして、足の踏み場がないことに気づき、私は無様にも転がり落ちていく。ちくちくと剣先が刺さって痛いが……怪我の功名というやつか。転がっていく分には剣は食い込んでこない。痛いが、なかなか楽しい。痛いが。
そうして転がっていくと、またばしゃんと落ちた。釜茹で以来の感覚だ。が、釜茹でのときは水でさらさらしていたのに対して、今落ちたところのは身体中にまとわりつくようにどろっとしている。
落ちた際に口に入ったらしいその液体を吐き出そうとして目を見開く。
その味には、とても覚えがあった。
苦くて甘い、絶望の味だ。
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