第31話 雪山地獄

 ひゅう、と風が吹く。同時に身震いした。先程までとのあまりの温度差に。

 つまりは吹いた風が冷たさを孕み、頬を凪いでいったのだ。

 一歩踏み出すと、今度の地面は冷たい。ただの十秒でさえ、全身を凍えさせるような悪寒が背筋をなぞり、震わす。

 それでも灼熱地獄よりはましなような気がして、一歩一歩と前に進むと、やがてそれが緩やかな山であることに気づく。

 遠目に見ると、山肌は美しく白に化粧されている。雪化粧というやつか。初めて見たな。美しいと感じたことだろう。

 ──ここが地獄でさえなければ。

 山を登っていくに連れて、気温が下がっていくのがわかる。高山病というのが頭をよぎったが、ここは罪を悔いぬ限り、死ぬことのない場所だ。病気も関係ないのかもしれない。

 ただ、登っていくに連れて寒さは増していく。雪もちらついていたと思ったら、いつの間にか吹雪へと変わっていた。風当たりが強い。そして釜茹でからびしょ濡れ状態のままである私は衣服が凍り始めているのか、体のそこかしこが冷たく、痛い。足なんかは、もう本日何度目かわからないくらい皮が向けていた。赤い足跡が点々とついていくのがわかった。

 地獄というと、獄卒の鬼なんかがヤンキーのような脅し文句を叫びながら地獄に蹴落とし、せせら笑う賑やかなイメージがあったが、今の私は一人旅のようなもので、辺りは吹き荒れる風の音以外しない静寂。寂寥を孕んでいるかもしれない。


 孤独。


 それこそが私に与えられた最大の罰なのだろうか。……考えることのない道中、そんなことを思う。

 そもそも罪とは何か、罰とは何か、誰が決めるのか、罰はどのくらい与えられるのか。

 考えれば疑問は尽きない。





 何より、そうだ、おかしい。




 シェンを殺した私を憎むのなら、私を殺してしまえば手っ取り早いだろうに。

 地獄の仕組みがいまいち理解できない。

 けれど、私には歩くしか道は残されていなかった。

 べりっべりっという奇妙な足音を立てて進んでいく。もしかしたら進む先に何もないかもしれないけれど。

 地獄の管理者たるスーは言った。物事には永遠などなく、地獄にもまた永遠などないと。

 つまりはこの道もいつかは終わってしまうものなのだ。

 そんな確信だけはある。

 この先に何が待っているかなどはてんで想像もつかないが、先があるのだけは確かなのだ。




 やがて、川のせせらぎが聞こえてくる。雪が溶けている証拠だ。つまり、もうすぐこの雪山が終わる。

 地獄という割に、風流な情景が想起されて、そのちぐはぐさに笑った。

 この先に待ち受ける艱難辛苦などどうでもよかった。

 ただ、体は正直で、足腰が軋み、足の裏なんかが、皮膚が剥げてひどい状態になっていた。痛みがないからいいけれど、死にはしないからいいけれど。疲労が溜まっているのは確かで、進もうという私の意思とは裏腹に、体は休息を求め、雪山の終わりに腰掛けた。

 そして、先の景色を見やり、ああ、今度はこれか、と薄く笑った。


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