第19話 想い
倒れたリウを眺めて、不意に気づく。
リウの手には黒い革の手袋が着けられていた。さっきのは見間違いではなかったのか。
手の上から手を重ねる。やはり、リウの能力だという記憶が走馬灯のように流れていくあの感覚がない。この手袋に何かあるのだろう。
何のため、と訊かれるとわからないが、私は事実を手袋の能力を確認するために少し覗いた素肌の手首を握った。
瞬間。
ぼくはシェン様にナガトミライなんて過酷な何故彼女はシェン様ととてもよくああシュエごめんなさい主今の主はシェン様ミライの過去は過酷だったのだからここでくらい傷つかないでほしいミライは何故いつも刃物を何故あのとき指を切っまた同じ刃物彼女は刃物が好きなのだろうか嫌いだあの鈍色ぼくがかつて握っていた槍主の命を奪った穂先光がぼくを嘲笑うようでけれどミライの瞳は刃先のように鋭いのにずっと見ていたい惹き付けられるそうぼくは惹き付けられている見つめられていたい見つめていたいミライまた刃物をぼくは傷つくのを見たくああシュエと重なってだめだなんで彼女はミライミライはシュエじゃないシェン様でもないぼくはぼくはぼくは近づきたい刃物を取り上げたのに何故彼女はそれほどに焦がれるの? ぼくはもう見たくないのにひとがしぬのはこわいミライが死ぬのが一番ぼくは
「ひっ」
ひきつった声を上げ、身を引く。しかし、繋がった手は離れてくれない。
まるで、しぶといゴキブリを矧がさないためのトリモチみたいだ。
ミライ、ミライ、ミライ、とリウの声が連呼する。
耳を塞ぎたい。気持ちが悪い。嫌い、嫌いだ。こんな名前。
そう、私は一度だって私を好きだったことがない。容姿はもちろん、声も言葉も親がただ一つ与えてくれた唯一無二の名前さえ、私は愛せない。
ナガラに呼ばれるのも嫌だった。けれど、あいつは人の嫌がることをわざとやるようなやつだから仕方ない。そう割り切っていた。
けれど、リウのこれは。
また、倒れてしまった。無理もない。短時間で色々なものを見すぎた。まだ彼女はシェン様に掬われて間もない。
何か衣をかけておこう。
ミライ──何も得られぬまま若くしてその命を断たれた少女には酷な名前だ。
不思議と胸に染み込んでいく名前だな。
ミライ、ミライ。
何故だろう。何度も呼びたくなる。
嫌いな鈍色の瞳のはずなのに。
──ミライ。
「やめて!!」
雪崩れ込んでくるリウの声に私は絶叫した。
私の名を呼んで止まないリウの声には私の知らない感情ばかりが滲んでいた。
ミライ
やめて……
ミライ
呼ばないで。
そんな感情で。
私に優しさなんて向けないで。
赦されてもいい、って勘違いするでしょう?
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