第20話 追想

「あ……ぁあっ!!」

 歪な悲鳴が鼓膜を撫でる。不快だ。ざわざわと頭の中まで撫でられるような感覚。苛々する。

 何を怯えきっているのだ。私の眼前に立ち尽くすスーツの男は。立派な成りをして、一国の頂点に立って。人々から英雄国の鑑だと持て囃され、大国を動かしていた。そういう権力を自らの豪遊に使って、悦に浸りきっていた。何様かといえば、大統領サマだ。そんな、権力で何でもできるはずの大統領サマが一介の女子中生に何をそんなに怯えている?

 ちゃんちゃらおかしい。世の中はおかしすぎる。

「貴方の肌は白いね」

 私はうろ覚えの英語でそう呟いてみた。すると男は首振り人形のようにこくこくこくと頷いた。

「同じ色、仲間だ」

 早口で単語くらいしか聞き取れなかったが、そんな類のことをそいつは言った。

 白い肌。……仲間、ね。

「へぇ、まだ続いてたんだね、黒人差別」

 私は馬鹿らしくて。

 馬鹿で矮小な大統領の目を刺し貫いた。

「ゥオォォオォッ!!?」

 歪な悲鳴。ただただ五月蝿くて、私は抜いた刃を淡々と口に刺す。ごぼごぼと絶望色の液体が噴き出し、気持ち悪い。生温い感触が嘔吐感を抱き寄せる。けれど、ああ、ああ、なんて。


 愛おしい。


 手にまとわりつくそれを舐めた。


 いつもどおりにそれは甘美だった。


 壊れた脳を埋め尽くすのは"チガホシイ"という狂った願い。

 私は人でなしなんだな、と寂しく思う心はどこかへ置き去りにされて。

 私はずぶずぶとその沼の中に入っていったんだ。


「助けて!」

「やめて!」

「殺さないで!」


 どんな悲鳴も苦痛も絶叫も、泥に飲まれて聞こえない。

 私はただ、己の求めるままに殺し続けた。


 リウ、貴方は過去これを全部見たはず。

 それなのに何故そんな優しい声で私を呼ぶの?

 貴方を今切り裂いたのも私なのに、なんで名前を呼ぶの?

 求めるように。

 がしっ

 心の中で叫んでいると、誰かが私の手首を捕らえた。

 目を見開く。

「ミライ」

 リウが起き上がっていた。

 驚いて、ぱっと手を離した。先程までぴくりとも剥がせなかった手は不思議なほどあっさり剥がれ──代わり、力強い手にぐいと引き寄せられた。

 呆然と見上げると、息のかかるような距離にリウの顔があって。

 見つめてくる琥珀色は、優しくて。

「やめて!!」

 私は無我夢中でもがいた。琥珀色に吸い込まれそう。苦しい。息ができなくなりそうなほど、胸が痛い。

 琥珀に飲まれないように目を閉じたら、叫ぼうとした口から声が出なくなった。

 吐息が流れ込む。

 違う温度の温かいものが。




 薄く開いた視界の中で、リウの顔がやたら近かった。

 ……相変わらず、羨ましいくらいに血色のいい肌。


 そんな思考がよぎって、私は思い切り











 噛んだ。



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