第18話 私は何というイキモノなのか
あのおばさんの悲鳴が随分と五月蝿かったからか、家の外にはわらわらと人が群がってきた。通り魔が惨殺劇を繰り広げた家にわざわざ来るなんて、物好きな人たちだ。
一人一人の顔なんてもはや覚えてもいない。私にとってはその辺の蝿なんかと同じレベルの存在だ喧しいだけで、何の意味も持たない、生きる価値があるようには見えない、ただ生きている無駄なイキモノ。私は刃を滑らせて、その無駄を世から削いでいった。
びしゃびしゃ散らばる赤黒い液体も、艶やかな服も、着飾るための固形物も、形も意味も成さない感情も、全部鬱陶しくて醜い。人間はそんななのに、なんで生きているんだろう?
なんで私は生きているんだろう?
びしゃ、とまた新たな血飛沫が散った。頬についたそれをぺろりと舐めとる。
ああ、好きでもないこの味を、私は何故味わうんだろう。
どうして、美味しいんだろう。
絶望の味は。
屍を前にそんなことしか考えられなかった私はナガラの言うとおり人でなしなのだろう。
そもそも、私は人間なのだろうか。
原因不明の奇病で、異様に白い肌、白い髪、灰色の瞳。色彩に嫌われた存在。感情もまともに機能しなくて、人間に人間として扱ってもらった記憶なんてない。果てには、自分の命惜しさに人を殺めて、その血を舐めて、悦んでいる。私は、何というイキモノなのだろう。
大量虐殺を行った。まだ首の据わらない赤ん坊や妊娠中の女性、赤子になるはずだったモノ……色々殺った。私はまるで後悔するように項垂れながら、一体何を思って生きていた?
自問しながら、私は目の前に倒れ伏す人物を眺める。
リウ。
死んでから出会った、人だった人。最期まで人であろうとして、裏切られて、それでも人のままでここにいる。
刃で自分の手を切った私を叱ってくれた。駄目です、と私から刃を取り上げた。酷く優しい人。
なんでこの人は倒れているの?
なんで私は立っているの?
血の味を美味しいと感じる。
そんなところは
「それはミライ姉が人でなしだからだよ」
耳元でナガラが
「……五月蝿いよ」
一人呟いた言葉が落ちた。こんな状況にした一因のくせに、姿はない。声だけが私に貼りついている。
前々から思っていたけれど、ナガラは気味が悪い。
「気味が悪いなんて酷いなぁ。自分のことは棚上げにしてよく言うよ」
ナガラは愉しげに言う。いつもそうだ。こいつがあまりにも愉しそうだから、私はついうっかり、こいつの口車に乗ってしまうのだ。
「ボクに責任転嫁しないでくれる? ボクは確かにミライ姉を導いたけれど、最終的に選んだのはミライ姉だからね?」
わかっているよ、ナガラ。
私はね、ただ。
蒼白いリウの顔を一瞥する。
少しでも私のことを受け入れようとしてくれた人を手にかけたのが、小指の先くらいに……悲しかっただけ。
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