第16話 君に執り着き回る想い

 富井永良。私と瓜二つの姿を持つ少年。

 私を殺した彼がその後どうしたかを私は知らない。だが、真実地球の裏側からでも私に執着し、電話をかけたりしてきたようなやつだ。同じ輪廻街道に乗っていても不思議はない。

 とはいえ、やたら久しぶりに感じられる懐かしい顔だ。仄かに笑むその顔を見るなり、私は











 その脳天にカッターを振り下ろした。











 ぱしっ

 手首を掴まれた感触で目を開ける。……目を開ける?

 つまり、どういうこと? 私は。

「ああ、そうか。夢だったな」

 夢であることを自覚して見た明晰夢だったはずなのに、途中から夢なのを忘れてしまっていた。ナガラを見たら、我を忘れて刃を。

 憎いか? やつが。

 よぎった自問に苦笑する。憎しみなんて単純な言葉で表せるほど、あいつとの関係は簡単じゃない。

 きっと、私は……と物思いに耽りかけたところで手首がみしみしと鳴る。痛みが走った。手首を握りしめる誰かの手にはやたら力が入っている。

 誰かと思って見上げたら、琥珀色と出会う。羨ましく、妬ましいほどに健康的な肌色と黒髪を持つ青年が強張った表情でこちらを見ていた。ふらふらと後ろの三編みが揺れている。

「リウ」

 名前を呼んでみるが、反応がない。凍りついた表情でこちらを見つめ続けるだけ。その顔が少し怖かった。

 みしみしと手が軋む。さすがに痛い。

「リウ?」

 もう一度呼ぶが反応はない。カッターが手から滑り落ちる。からん、という乾いた音でリウはようやく我に返った。

「あ、すみません」

 ひゅっと手を引っ込める。手首に痕がくっきり残ったが、そこで何か違和感を感じた。

 ……そういえば、今は記憶が流れていったりしなかったな。

 ぼんやり考えながらカッターを拾おうとして、リウに先を越される。

「わ、え?」

「これは没収です。何故あなたはすぐに武器を持ちたがるんですか」

 呆れたような溜め息を吐かれてしまった。手が所在なさげにさまよう。はて、どうしたものか。

 ふと視線を手首に落とす。力強く握りしめられたせいで赤い痕が……あれ?

 明らかに手で直接握った痕ではない。しわの寄った痕。手袋でもしているのだろうか。

 リウにそれとなく視線を送る。けれど素肌が見えており、手袋などない。

 おかしいとは思ったが、リウが手袋をしていようといまいと私にはあまり関係のないことだ。


「本当にそう?」


 ぞわり。

 聞き馴染んだ声。耳元で囁く、私によく似た私のものではない少年の。

 夢の続きだとでも言うのか、ナガラの声は私の鼓膜を、脳をなぜていく。


「ミライ姉、その男は本当にミライ姉に全然関係ない? 歯牙にもかけない存在? ……ねぇ、ミライ姉は、誰かとの繋がりが欲しかったんじゃなかったっけ。そいつは繋がりじゃないの? やっと見つけた願いの欠片を、自分から無関係と捨て置くの?」


 好奇に満ちた声が無遠慮に踏み入れてくる。

「何がわかるのよ、ナガラ? 貴方は私の全部をわかったつもり? それで優越感を得て、自己満足してるのね」

 脳内に谺する声に応じる。すると、ナガラはくすくすっとこらえきれない笑みをこぼした。


「そりゃわかるよ。ミライ姉だって知ってるでしょ? ボクとミライ姉は、同じだ」


「同じ? 笑わせるわね」

「ミライ?」

 傍らでリウが疑問符を浮かべるが、かまわず私は宣告した。

 ナガラに負けないために。

「私は望んで赤にまみれたわけじゃない。勘違いしないで、殺人狂」


「くくくっ、最高の褒め言葉だよ、ミライ姉」


 目の前にあの白い髪がちらつく。口元にうっすら笑みを浮かべてナガラは私を嘲っている気がした。


「じゃあミライ姉、試してあげる」


「ボクを殺してみなよ」


 ぶわり。

 白い髪が目の前をひらひらと踊る。細められたナガラの目が見えたら、私は殺意を抱かずにはいられなかった。殺意は利き手に得物カッターナイフを生み出す。




 何故気づかなかったのだろう。

 この場にナガラはいないのに。

 私はそれをナガラだと疑わず、切りつけた。




「ほら、"それ"扱いしてるし。駄目だねぇミライ姉。本当、人でなし。大好きだよ」






 とさり。

 倒れた青年の三編みがひらりと青年の肩にかかる。

 リウの首筋から嘘みたいにどろどろとしたものが流れていた。

 目の前の状況が信じられず、呆然と見下ろした刃には赤い液体。

 舐めてみたら、それは絶望の味をしていた。











 苦くて苦くて、甘い。












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