第14話 黒革の手袋
シェン様はこの天界の最奥にいる。
六道輪廻の世界はそれぞれの世界の最奥で一つに繋がっている。地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天界道。六つの六道世界を管理する長はその世界の最奥に住み、場合によっては会合を開いたりする。他世界との連携が取りやすいように最奥は繋がっているのだとシェン様は教えてくれた。
それぞれの世界を管理する長、といっても、餓鬼道は地獄道の延長線上にあるから管理は地獄道のスー様にあり、畜生道と人間道も重なって存在するから管理者は同じで、その延長線上にある天界のシェン様だ。ちなみに残る修羅道を管理するのはラオ様。三面六臂を持つ異形であったり、慈悲を湛えた
実質のところ、六道世界はこの三人の長に管理されている。その中でもシェン様は一人で三つの世界を管理しているのだ。手助けの一人や二人は必要だ。
けれど、畜生道と人間道の者を登用するわけにはいかない。この二世界は六道世界において異端とされる世界で、長ですら干渉の難しい世界なのだ。管理者が干渉するのはそれぞれの世界の破綻に通じる。故に、長の補佐となる者は天界の者でなくてはならなかった。
しかし、実は天界に輪廻してくるものはあまりいないのだ。大抵の輪廻転生は人間道か畜生道に還される。大罪人は地獄道か修羅道に送られ、地獄道に堕ちた場合はその先は餓鬼道に行くくらいしか道は残されておらず、修羅道の場合は人間道に行く道が定められている。どちらも輪廻するまで──つまりその世界で"死ぬ"までの間隔が長く、滅多なことでは輪廻しない。
するとただでさえ来るもののない天界には誰も来なくなるわけである。そのため、シェン様にのみ輪廻前の魂を自由に天界に連れてくることが認められているのだ。
ぼくが来るまで、何人かが同じ役割を請け負ったらしい。しかしその誰もが"業を見る力"に耐えきれず、すぐに他世界への転生を余儀なくした。
"業"とは天界に来る以前、平たく言えば生前の行いである。天界は通常なら必要ですらない世界である。それでも存在しているのは、"業"によって魂をすり減らし、輪廻せずに消えてしまう魂があるからだ。
輪廻とは魂の義務である。魂は六道世界、どこに生まれたとしても、死したならば輪廻せねばならない。輪廻とは権利ではなく義務。故に、
けれど命に限りがあるように魂にも限りがあり、放っておけば消えてしまうのである。輪廻を繰り返しすぎて削れたり、ある世界での人生で疲弊したり、要因は様々ある。
そんな魂を輪廻できるように癒すのが、この天界という場所なのだ。
魂の消滅の要因には様々あるが、最も深く関わるのはやはり、生前の所業だ。それを見定め、見合った程度に魂を癒すのが天界の、ひいてはシェン様の役割なのである。
シェン様の役割を補佐するということはまずその見定めをできなければならないのだが、天界に訪れねばならぬほど削れた魂の持つ"業"は見るだけでも精神に相応の負荷がかかる。そのせいで魂が消滅したら元も子もない。
となればそれなりの耐性……格を持った者が必要なのだが、それもなかなか難しいらしい。
その点、ぼくは耐性が高かったようだ。こうして今も天界にいるのがその証拠である。来たばかりのミライという少女の"業"も凄まじいものだったが、ぼく自身は疲弊したり、体調を崩したりしない。"業"を見ると精神的な衝撃を受けるが、慣れたのかどんなに大きな衝撃でも今は平気だ。
ぼくと同格の者はなかなか存在しないとシェン様は仰っていた。普通は先程のミライのように……倒れてしまうのだ。
だから、一度"業"を見たら、直接触れないように、と能力封じの手袋をシェン様からいただいた。"業を見る力"は対象に触れることによって発揮される。直接触れなければ、いいのだ。
触れたいと思ってはいけないのだが。
シェン様に似た──いや、同じといってもいいかもしれない──面差しだからだろうか。気がつくと、手を伸ばしてしまっている。
自分の役目はわかっている。天界の役割も理解している。この力が何をもたらすかも。
……苦しめるとわかっているのに、灰色の眼差しがぼくを受け入れるように微笑むから……
手を伸ばしてしまう。
律しなければ、とぼくは黒革の手袋をきゅっとはめた。
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