第13話 差し出された手
選択肢はなかった。そこに差し出された手以外に、余地などない。それはわかっていた。
けれど、ぼくはそう簡単に受け入れられなかった。どこの誰とも知らない人。ぼくの記憶を見たという人。死んだと思ったら生きているというこの現状も理解しがたいのに、いきなり現れた人を信用するなんて、無理だ。
この人を信じられないのは、死ぬ前にたくさんのものに裏切られたからかもしれない。そして、自分も裏切った。望む望まないに関わらず。
過去を見たというのなら尚更、信じる理由も信じてもらう資格もない気がした。
「リウ……貴方が嫌というのなら、無理に手を取ることはしません」
静かにその人は告げ、手を引いた。しかし、灰色の眼差しは真っ直ぐぼくを見つめたままだ。
「けれど、私は貴方を救いたい。だからここに招いたのです」
「……ここ?」
そういえば、ここがどこなのか教える、と言っていた。確かに、ぼくにはここがどこかわからない。そもそも、ぼくは死んだはずで、何故、さも生きているかのようにこの場にいるのかもわからない。
すると、ぼくの疑問を読み取ってか、その人は答えた。
「ここは生きとし生けるものたちが輪廻する六道世界のうちの第六の道、天界道です」
「天、界……?」
信じがたい宣告だった。
天界といえば、生前、善行を成したもののみが行けるという場所。どう考えても、自分が行き着く世界とは思えなかった。
「貴方の魂は、私が呼びました。とても儚く、放っておけば消えてしまいそうに見えたので」
救いたいのです、とまたその人は言った。
「悲しき業を……望まぬ罪を負う魂を救うためにこの天界はあります。私がそんな世界であってほしいと願うから。だから、お願いです。貴方を、救わせてください」
ぼくはただただ困惑した。魂を救う世界? 救わせてください? ──何故、この人はそんな嘆願をするのだろう。自分のためでもないのに。
何故、見も知らぬはずのぼくのことを救おうなどというのだろう。
ぼくが答えを出せずにいると、それをどう受け取ったのか、その人は丁寧にお辞儀をし、名乗った。
「私の名はシェン。リウ、一緒に来てはくれませんか?」
シェン──神、か。
その憂いに満ちた光を見るうち、ぼくは自然に首を縦に振っていた。
悲しげな目を見るのは嫌だった。
シュエの最後のあの言葉を思い出すから。
殺したくなかったことを思い出して、後悔して、懺悔して、自分を愚かと罵り、それを幾度となく繰り返す。
そこに救いなんてないことをぼくは知っていた。
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