第12話 終わりなのか、始まりなのか
弟妹たちを救えなかった。
帝を殺してしまった。
シュエを殺してしまった。
多くの人の血にまみれて、ぼくはようやく止まった。
終わりを告げた。
失われていく意識の中で、ぼくはいつか彼女と交わした言葉を思い出す。
「人を殺すのって、どんな感覚?」
「辛くない?」
ええ、シュエ。辛いです。苦しいです。
今になって、やっと気づきました。
ぼくは人を殺していたんですね。たくさん、殺していたんですね。
そして、大切なものまで、自分の手で殺していたんですね。
あなたを殺して初めて、ぼくはそれを認識しました。
……遅すぎますよね。そう、もう、全てが遅い。
「この矢を射ることはなかったのに!!」
最後に、あなたを泣かせてしまいました。
それが心残りです──なんて言う資格、ぼくにはありませんよね。
もういない人に語りかけながら、ぼくの意識は消えていった。
はずだった。
ふと、鼻先を柔らかな風がそよいでいく。その涼やかさに導かれて目を開けた。
見ると久々に見るような気がする信じられないほど澄み渡った青空。ぼくが寝転んでいることがわかったけれど、それよりも、このあり得ない状況に戸惑う。
ぼくは、死んだはず。
記憶は恐ろしいほどに明確だ。処刑された弟妹たちの姿も瞼の裏にありありと思い浮かべられる。今は手に何も握っていないが、槍の感触と柄を滑った数知れぬ血の生温さはまだ残っている。
帝の冷たい宣告も、
シュエの最後の叫びも、
耳にこびりついて離れない。
「リウ、あなたが悪いのよ」
「あなたが御上に手を上げなければ」
「やめろ!!」
勢いよく起き上がり、思わず叫んだ。ずきずきと痛む頭を押さえる。けれど、シュエの声は怨嗟のように谺し続ける。
「リウ、あなたが」
「やめろ」
「あなたが悪いのよ」
「やめてくれ」
「リウ、──」
「やめ、て……」
頭を抱えたまま、踞る。それでも、声は消えない。それもそうだ。これはぼくの記憶の中の声で、勝手に消えてはくれない。
だとしても、ぼくは祈らずにはいられなかった。止んでくれ、と。
懺悔し続けていた。
死んでも許されない罪、なのだろうか。……きっと、そうなのだろう。人を殺すということは。
ぼくはもう死んだはずなのに、こんなにも苛まれている。それほどに許されざる罪なのだ。忘れることすら、許されない。
静かな諦めを抱きながら、踞っていると、ふと人の気配がした。静かな気配だが、唐突に現れたため、警戒し、ばっと顔を上げる。自然とその人物に殺気を向けていた。そのことにすぐ、自己嫌悪する。
何をしているんだろう、ぼくは。誰に殺されたって仕方のない立場であるのに、武器の一つも手にしていないのに、咄嗟に浮かぶのは殺意なのか。
自嘲を含んだ目で現れた人を見上げる。そこにいたのは見たこともないくらい美しい人だった。
髪も目も、色のない人だった。目は微かに灰のような色を宿していたが、髪には綺麗に色がない。だからといって真っ白なわけではなく、光の加減で銀にも見える色だった。
髪以上に白い肌は淡い色合いの着物を纏っている。一番上の赤い羽織だけがやけに色鮮やかだった。
その瞳に憐れみの光を湛え、その人は呟いた。
「悲しき業を負う人ですね」
業……?
ぼくはそのときまだ"業"という言葉を知らなかった。
「リウ、私と共に来てください。貴方の身に何が起こったか、この世界が何なのかを教えましょう」
その人はぼくに手を差し出した。
「どうして、ぼくの名を……?」
訊くとその人は寂しげに微笑み、告げる。
「失礼ながら、貴方の記憶を少し見せていただきました」
「……!」
ぼくは、どんな顔をしていただろうか。
きっと、酷く青ざめていたに違いない。ぼくはその人を恐ろしく思っていたから。
「来ないで、ください」
静かに放った、拒絶の言葉。
「見たのなら、ぼくが何をしたのか、知っているでしょう? 寄らないで、ください」
憐れむような目で、見ないでください。
他に選べる手もないというのに、ぼくはひたすら拒絶した。
その手が、この天界を管理する神、シェン様のものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます