第6話 辿り着いたのは極楽浄土
こんな私の血でも赤いんだな、とか感心していると、青年の怒鳴り声がした。半分くらい夢と思っているのであまり驚きはしなかったが、突然出てきたな。
「貴方、誰?」
当然の問いかけをする。するとかちりと目が合った。琥珀色の眼差し。健康的な黒髪と肌色に嫉妬を含んだ憧憬が湧く。相手も私の顔を見て息を飲む。純朴そうな顔が驚きに彩られた。ここがどこかは知らないが、ここでもやはり私のような容姿は珍しいのだろうか。
それはさておき。
「あのー、問いに答えてもらえると有難いんですけど」
「あ、はい」
驚きで硬直してしまっていた青年があたふたと動き出す。自分の両の拳を突き合わせ、丁寧に一礼。青いチャイナ服の首元から三編みが一房垂れる。なんだ、この中華風。
「リウと申します。貴女はもしかして、ここは初めての方ですか?」
リウが丁寧に問いかけてくる。また琥珀色と目が合った。いちいち真っ直ぐでどっきりするな。その上丁寧語だし。こんな風に接してもらったことがないので、なんか新鮮。
「まあ、初めてと言えば初めてなんですけど、ここ、どこです?」
「天界です」
はい?
「もう一回、お願いします」
「天界です」
One more please?
「ここは生きとし生けるものが訪れる六道輪廻の第六世界、天界道です。もしや、六道輪廻についてもご存知ないなんてことは……」
「ア、イエ、ワカリマス」
なんですと?
思わず片言で答えてしまったが、訳わからん。この爽やか中華青年リウの言葉をまとめると、ここは六道輪廻で言うところの天界、俗に言う天国、ということだ。
いやいやいやいや。
「な、なんで私が六道輪廻に? ってかこれはまじですか。おそらく人類史上希に見る不信心者の私がよりによって輪廻! しかも極楽浄土の天界だって。冗談きついぜ。盆も正月も彼岸、そしてクリスマスすらガン無視してたのにっ」
混乱ここに極まれり。……って、あれ?
「そもそも私、死んだのか」
そこはすとんと納得する。それに伴い、落ち着いてきた。ナガラの一言を思い出した。
"僕たちにとって、死は終わりじゃない"
終わりじゃない。人生は続く。そして──
"そういうのから一番遠い人が巡らなくちゃいけないなんて"
巡る……そういうことか。
ナガラの言っていた"運命"。それは輪廻を巡ること、と考えて間違いないだろう。俄に信じがたいが。そうそう、信じがたいと言えば。
「なんで天界に来たのかだけが理解できない」
天界と言えば極楽浄土。悪人が行けるような場所じゃないことくらいは小耳に挟んでいる。まあ、それ自体が迷信ということなら、ソッコー解決なのだけれど。
「それはシェン様の慈悲でございますよ」
どうやらそうもいかないらしい。リウが爽やかスマイルで説明してくれた。
「どういった経緯がおありなのかは存じませんが、シェン様は慈悲深きお方です。深き業を負う者にこそ救いの手を差し伸べる方ですから、それで貴女をお招きしたのでしょう」
わあ、やばい。この人笑顔が眩しいよ。幸せオーラ全開だよ。でも、なんでだろう。前の世界で抱いたような卑屈な思いは浮かんでこない。妬みや蔑みといった負の感情は洗い流されていくようだ。
「というのに、貴女って人は、何をしているんです」
爽やかスマイルに癒されかかったところで、リウがぷんすかと怒り顔に戻る。その視線は私の右手に注がれていた。
「シェン様がせっかく拾ってくださった命を自らの手で傷つけるなど!」
どうやらリウは私の右中指の傷にキレているらしい。別に、これくらいの傷はどうってことないのだが。なんだか、心配してくれているようなリウの怒り顔がくすぐったい。
ぺろりと、まだ乾ききっていない血の跡を舐めた。
「ま、血はもう止まっているし、大丈夫でしょ。現状理解もできたし」
「だめです。ちゃんとした手当てを」
リウのがっしりとした手が私の細い手首を捕まえる。
呼吸が止まった。
腕を介して、情報が、記憶が流れていく。無実の投獄。そこからの殺戮。人の世で負った私の業、全て。
「わあっ?!」
咄嗟の拒絶でリウの手を払う。思いの外、強く払ってしまって、リウが数歩、後ろにたたらを踏む。
「ご、ごめんなさい」
虚来した罪悪感に頭を下げると「いえ」と返ってきた。
「不用意でした。ぼくには業を読む力があるのを忘れていました」
「業を読む力……?」
さっきの記憶が流れていくような感覚だろうか。
「はい。ぼくは触れたものの業を読み取ることができます。それがぼくの役割ですので。……でも、嫌ですよね、こんなの」
リウの表情が翳る。
「まともに治療もできない……」
その顔にきゅっと胸を締め付けられた。だから私はリウの手を取り、思い切り握った。さっきの感覚がまたしても襲い、鳥肌が立つが、目を瞑り、堪える。
「温かい、手だ」
目眩がする。直立を保っていられそうにない。けれど。
「温かい……」
離したくなかった。リウに笑ってほしかった。
自分に笑顔を向けてくれた人なんて、初めてだったから。
一所懸命リウの手を握っていたからだろうか。薄れていく意識の中で、私は思い出したくなかった過去を見た。
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