第6話(グレン視点)
なんだ、あの速度は。手元が追えない。
グレンは子供たちと一緒に外で作業をしていたが思わず手を止めて凝視した。
刺繍や裁縫が得意だなんて聞いてない。あの女の特技はワガママと癇癪だろう。それ以外知らない。なのになんだ、あの速度。
いや、令嬢の嗜みとして刺繍くらいはできるとは思うが……できるよな? 常識がなくても。マナーがあれだけなっていないから不安になってきた。
「おにーちゃん。おねーちゃんのことばっかりみてる」
「わー、らぶらぶ?」
相手が子供とはいえ看過できない発言でうっかり睨んでしまった。あり得ない。
「おにーちゃん! ムキになってあやしい!」
「おねーちゃん、きれーだもんねぇ。キラキラの髪だもん」
「ちがうよ、やさしーんだよ」
「いっぱいあしょんでくれるよね」
「ぼく、おねーちゃんとけっこんしたい」
「ズルい! わたしも!」
あの女を眺めていただけなのになぜか収拾がつかなくなった。こんなに子供に話しかけられることなんて今までなかった。
子供たちの騒がしい声にうんざりしながらまた室内に視線を向けると、あの女はハンカチを持って子供に何かを教えていた。
うまくできたらしくほころぶ子供の顔。あの女は笑って子供の頭まで手を上げかけて……こちらを見た。視線が合ったがすぐにそらされる。
腹立たしいことこの上ない。階段から落ちて怪我をする前まではあの女の表情を見て行動が予想できたのに。ここで喚くんだろうなとか、あぁすぐ癇癪を起こすなとか、気に入らないんだろうなとか。全部顔に出ていた。
それなのに。
あの女が階段から落ちてからすべてがうまくいかない。全然やらかさないではないか。
しばらく子供たちを見ながらイライラをぶつけるように薪割りをしていると、うまく喋れない子供とあの女が手をつないで外に出てきた。他の幼い子供たちは昼寝をしているようなのにあの子はしないようだ。
子供の方がぐいぐい手を引っ張ってあの女をどこかへ連れて行く。あの女は笑いながら「どこに行くの~」などとヘラヘラしている。
側にいた職員に声をかけてから二人の後を追った。職員に生暖かい目を向けられたが、そんなことに構っていられない。人目がなくなればあの女が素を出すかもしれない。
子供は孤児院の端の方まであの女を引っ張っていく。二人きりで遊びたいのだろうか。たまにいるよな、自分だけを見てくれと誰かを独占したがる子供が。
「ん!」
必死に一点を子供は指差している。指を辿ると、何の花だか分からないが白い花が一つだけ咲いていた。雑草じゃないか?
「もしかしてあのお花を見せようとしてくれたの?」
あの女の言葉に子供は力いっぱい頷く。
「わぁ、ありがとう。きれいだね」
あの女は誰だ。悪魔でも憑いてるのか。雑草みたいな花を喜ぶような女じゃなかったはずだ。「こんなくだらないものわざわざ見せないで」と言うはずだろう。
いや、冷静になれ。前の方が悪魔みたいな性格だった。今は……たとえるならば天使?
いやいや、本当に冷静になれ。媚びているだけだろうが。それか頭を打ってやや性格がいい方向に変わっただけ。いい方向に? 本当に変わったのか? それならば……いや絶対に駄目だ。あの女は頭がおかしくなったんだ。エルンスト侯爵家は皆おかしいじゃないか。
「あ、だめ!」
一人で忙しく葛藤しているとあの女が鋭く叫んだ。
なんだ、やっぱり変わってないじゃないか。どうせ猫を被るのが限界になって癇癪を起こすんだろう。
「行ったらだめ!」
どうやら子供はさらに花に近付こうとしたようだ。その子供の伸ばした手をあの女はなんと叩いた。パチンという音が響いて、少し間があって子供が火が付いたように泣きだす。
やっぱり変わってない。人間の根本なんてそんなにすぐ変わらないだろ。安心した。
子供の泣き声を聞きつけて職員や子供たちが集まって来る。中には院長もいた。
孤児院で子供相手に叩くとは思わなかったが、あの女は今確実にやらかした。
泣き続ける子供をしっかり掴んでいる。あの女は子供相手にまた叩く気だろうか。叩いた癖にまるで自分が暴力を振るわれたような青白い表情で手を震わせてあの女は立ち尽くしている。
院長が二人に近付いた。
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