第5話
午後はバザーに出すために無地のハンカチに刺繡だ。特に不器用な子たちは薪割りや雑草抜きをしに行っている。
孤児院の運営資金を調達するために孤児たちも何かするのだそうだ。今回はハンカチの寄付があったので刺繍をして売るらしい。こういう体験は就職の際に役にも立つそうで。そんなこと私は知らなかった……孤児院でそんなのあるんだ。バザー? 就職に有利? ここが王都にとても近い孤児院だから? こんなに違うものなのか。全部私がいた孤児院みたいなとこじゃないの?
「お、おねーちゃん。早いね……」
「え、そう?」
「うん、靴下のあなもうふさがってる」
刺繍はしみついた貧乏根性で糸がもったいないなと思ってしまうので、子供たちの穴のあいた靴下をもらって繕い物を私はやっていた。
刺繍は引き取られてから勉強で叩き込まれたが、繕い物は孤児院でやっていたので特に習得に時間がかかることもなかった。孤児院では糸を無駄にしたり、遅かったりしたらどやされるから自然と素早くなる。
私があまりに短時間で繕い物を仕上げるので、子供たちが私の手元を見て目を丸くしている。
「私、せっかちだから」
笑っておく。遅いと職員に叩かれたからね。ここはそんなことはない和気あいあいとした雰囲気だけど。どうしても染みついたものは抜けない。
会ったことのない大人が大勢で行くと人見知りの子供たちが怖がるということで、エルンスト侯爵家から今日は誰もついてきていない。グレンが護衛を連れて馬車で迎えに来てくれた。現時点でどこに人見知りの子供がいるんだと聞きたくなるほどみんな友好的だ。
やっと最近分かったことだが、エルンスト侯爵家の借金は本当に本当らしい。それもあって他家に比べて使用人の数が少ないので、母のヒステリーと私のお出かけに人員を割くと屋敷内の使用人の仕事が増えて大変なようだ。プリシラの兄から聞いた。
グレンは薪割りをする子供たちと外へ行ってしまったので、ジロジロ見られることなく私は室内で子供たちとのびのびとやっている。
「おねーちゃん、ここできない」
「はーい。これはクローバーの刺繍?」
「うん」
その子がやっているのは四葉のクローバーのワンポイント刺繍だった。わぁこれハンカチに入れるんだ、可愛い。私も欲しい。でも、プリシラが刺繍するって話は聞いてないなぁ。できるはできるらしいけど。どのくらいできるか聞いたら侍女長に視線をそらされた。療養中に少しうまくなったという体でいいんじゃないだろうか。
そういえばプリシラの子供への接し方も聞いてないけど、子供を叩くなんて嫌だし……そもそもプリシラって自分よりも小さい子供と接することなんてほぼなかったらしいし。
身内や侯爵家の使用人にはかなり遠慮がないらしいから、侯爵家で暴れてここでは猫を被っているってことで。パーティーでは一人泣かせたんだから良いよね。兄も多少は大丈夫って言ってたし。そもそもこれまでのプリシラで嫌われてるんだから、ちょっとは印象良くしておかないと。
「じゃあ一緒にやる?」
「うん!」
私も白いハンカチを一枚もらって一緒にやってみる。
「ここはこうやって」
「おねーちゃん、はやいよ。みえないよ」
「え? そう? じゃあもっとゆっくりやるね。こうやって」
刺繍ができて満足そうな子供の頭を思わず撫でようとして視線を感じた。
うげ、という声はすんでのところで飲み込む。
腕まくりしたグレンが子供たちにまとわりつかれながらこちらを見ていた。私はすぐに視線をそらして子供を見る。はぁ、癒される。
なんなのだ、あのグレンは。
そんなに嫌いなら誘わなきゃいいのに。他の女の子と会えばいいのに。いや、それだと侯爵夫人がまたギャアギャア言いそうだ。もしかしてこっちから婚約解消言い出させようとしてるの?? そのためにパーティーに長々と居座ったり、こうやって誘ったりしてる? するならそっちからでしょーが。グレンに婚約解消されたら……私もとても困るけど。
小さな子供たちが欠伸をし始めた。職員が近寄って来て小さい子たちにはお昼寝をさせると告げる。
お昼寝なんてあるんだ! うらやましい! 私たち、掃除の途中や決まったお仕事の途中で寝そうになろうものなら寒くても水かけられてた。
「まぁ、お嬢様は裁縫がとてもお上手なんですね! 刺繍も!」
職員が刺繍を見て感動している。いや、それは単にクローバーを刺繍しただけだから。ものすごく簡単だったから。
「この短時間でこんなにこなせるなんて凄いです!」
あれ、これはもしかして逃げた後でお針子にもなれるかな? 子供たちは好きだからこういうところの職員さんもいいよね。どうやってなるのか聞いてみよう。
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