第4話(グレン視点)

 グレンは院長と話していたがふと窓の外に見えるものが気になって視線を向け、思わず立ち上がった。


「フォルセット様?」

「あ、すまない」


 支援している孤児院への訪問はこれまで祖母と一緒だったのだが、最近祖母は足を悪くしている。ちょうどいいと思って祖母と相談してプリシラを連れてきたのだ。


 あの女は自分が一番でないと済まないタイプで、しかも自分より爵位や年齢が上の者がいると猫を被る。子供や職員相手なら素を出すはずだ。それか孤児院なんて汚いというような態度を取るはずだ。

 嫌がって来ない可能性もあったが、侯爵夫妻が無理矢理来させるだろうと踏んだ。孤児院でやらかしてくれれば、目撃者もいて婚約解消に持っていきやすい。パーティーでは失敗してしまったからリベンジである。


「あぁ、婚約者様ですか。初めてお会いしましたがお元気な方ですね。あんなに子供たちと遊んでくださるなんて」

「彼女は階段から落ちて療養していた」

「あぁ、それは木登りをしていらっしゃったらフォルセット様も心配でしょう。大切に想っておいでなのですね」


 違う。断じて違う。貴族令嬢は普通木登りなんてしないから驚いただけだ。

 院長は勘違いしたままニコニコと笑みを浮かべている。最後の言葉を渾身の力で否定したいが、プリシラのワガママっぷりを知っているのは貴族くらいだ。孤児院の院長に話したところで信じるかは分からない。


「子供たちは素直ですからねぇ。子供のことが好きな方のところにああいう風に寄っていきます。彼らには分かるのでしょうね」


 思わず「は?」と言いたくなったが頑張ってやめる。さっきはあの女が木登りしているのを見てうっかり顎が外れそうになったのを耐えたのだ。しかし、あの女が子供好きだと? あのワガママで癇癪持ちの本人が三歳児みたいな女が?


「いやぁ、子供たちもあんなに楽しそうだ。ありがたいことです」


 グレンは信じられない気持ちで庭に視線を再度向ける。


 木登りは年齢的にできない子が多いためか、すぐに追いかけっこに切り替えたようだ。相変わらずリボンがたくさんついている服だが、よくあれほど動き回れるものだ。三歳児が捕まえようとする時には、あの女は手を抜いてわざと捕まっている。あからさまに走る速度を緩めている。そんな気遣いをする人間だったのか。

 三歳児は笑いながらあの女の足に抱き着いていた。あの女も楽しそうに笑っている。少し腹が立った。


「おかげさまで皆大きな病気などもなくやっております。こちらがここ三カ月の購入物品でして」


 外に気を取られそうになるものの、視線を無理矢理はがしてグレンは院長との会話に集中した。



 主に院長のせいではあるが話が長くなってしまい、子供たちの食事の時間は始まってしまっていた。


「皆、フォルセット様と食事するのを楽しみにしています」


 それは嘘だと思う。グレンは子供は苦手だ。兄弟姉妹がいないのでどうやって接していいのか分からない。まとわりつかれても立ちすくんで困り果ててしまう。最初にこの孤児院に訪れた時に絵本を読むようにせがまれたが、読んでいるとつまらなかったのか子供たちはほとんど眠りこけていた。


「おねーちゃん。わたしのパンほしい?」


 食事の時間に遅れてしまったグレンだが、食堂に入ろうとして子供の声に足を止めた。


 偏食のあの女のことだ。公爵家の菓子にも文句をつけるくらいだからここの食事にも文句をつけるか、あるいは「こんなもの食べられないわ!」と癇癪を起こすかもしれない。子供たちと職員たちには悪いが、食堂には入らずにグレンはそっと中の様子を見守った。


「フォルセット様?」


 急に立ち止まったグレンを訝しんで院長が声をかけてくる。静かにしてもらうように院長に頼むと、ニコニコしながらグレンと同じように見守った。「陰から覗かずに早く婚約者様のところにいけばよろしいのに」なんていう言葉は完全に無視した。


「あ、こぼしたぁ」

「はいはい、拭こうね~」


 あれは誰だ。いや、外見上はあの女に間違いないのだが。頭を打って性格が変わったのか?


「ほぉ、フォルセット様の婚約者様は本当に優しい方ですね。子供の扱いにも慣れていらっしゃる。ご兄弟か姉妹がいらっしゃいますかな」


 院長が感想と疑問を口にするがそれどころではない。軽く首を横に振って否定を示す。優しいも兄弟姉妹がいるも全否定だ。


「エヴァン。新しいスープを取りにいらっしゃい。お姉さんによくお礼を言ってね。拭いてくれたのよ?」

「はーい。おねーちゃんありがとう」

「う、うん」


 なんであの女、子供がこぼしたスープをわざわざ拭いてるんだ? しかも職員をキョロキョロ見たり、子供にお礼を言われて挙動不審になったりと忙しい。何のつもりだ? 媚びているのか? それともまさか子供が好きなのか?


「い、いつもごはんはこんな感じなの?」

「? うん」

「パンはこんなに柔らかいの?」

「うん!」

「いつもおかわりできるの?」

「そうだよ~」


 なんでそんなに食事内容を気にしているんだ? パンが柔らかいって当たり前だろう。

 そしてあの女の前にある皿にはどうしてパンの欠片が山盛りなんだ? まさか恐喝のようなことをしたのか?


 一人の子供があの女のところに近付き「ん!」とパンの欠片を差し出した。


「え、くれるの?」

「んっ!」

「あの子はうまく喋れないのです」


 院長がこそっとグレンに囁く。

 あの女なら優しい対応はしないだろう。あのパンを叩き落としてあの子供が傷つかなければいいが。


 勝手なことを考えていると、あの女は嬉しそうにパンをもらった。そして子供の頬をぷにぷにと触っている。


「あの子が触らせるほど懐くなんて相当ですな。職員にさえまだ懐かないのに」


 院長、そんな情報は要らない。それに今日会ったばかりなのに懐くなんてありえるのか?

 また今回もパーティーのようにあの女がやらかさずに終わるのではないかと、自分の浅い計画の失敗を薄々悟って頭痛がした。

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