第3話

 フォルセット公爵家の支援する孤児院に到着して、自分のいた孤児院との違いに圧倒される。呆然としてあちこち眺めているとすぐに子供たちに囲まれた。


「おねーちゃん! あそぼう!」


 思わず一番近くの子供の目をのぞきこんだ。キラキラしていて怯えなんてない。私が急に距離を詰めても何の恐怖も驚きもない。

 どうしよう、私がいた孤児院と全然違う。明るくて綺麗でおもちゃも絵本もたくさんあって、職員からタバコの臭いしないし、そもそも職員の数が多いしおそらく暴力も横領もない。パンとスープを見るまで完全には信じられないけれど、あまりにも違う。


 ちらりとグレンを見ると、職員とともにどこかへ行くようだった。


「院長と話があるから、好きにしていていい」

「わかりました」


 何で連れて来たんだこの野郎、などと口にしないことにする。

 子供たちにまとわりつかれる感覚はとても懐かしい。もう孤児院から引き取られてから一年以上経ったのかぁ。


 久しぶりに会った子供たちがみんな可愛くて、追いかけっこをして木登りをしてかくれんぼをして絵本を読むというハードスケジュールをこなした。


 あれ、なんでこんなに遊ぶ時間あるの? 掃除の時間は? 私がいた孤児院はほとんどお掃除だったんだけど。年齢バラバラの子供たちがするから掃除もすごく時間がかかるんだよね。でも、この孤児院はどこにもクモの巣がない。大人が全部やってるってこと? 窓もちゃんと拭かれているもん。子供だけでやるとどうやっても届かないのよね。梯子も危ないから。


 そしてお昼の時間がきた。グレンはまだ戻ってこないので子供たちと一緒に私も同じ食事をもらう。


「おねーちゃん、どーしたの? 食べないの?」

「食べるよ!」

「これはねー、みんなでそだてたおやさい!」

「わたしも草ぬいたの!」

「ぼくも!」


 スープに……具が入ってる。え、これってニンジンでしょ、玉ねぎでしょ……す、すごい。ちゃんと大きい。ゴミみたいな具じゃない。しかも、菜園あるってこと? つ、次はパンを確認しないと!


 パンを掴もうとすると、隣の子がパンを食べるのにもたついていた。


「ちょっとかしてね」


 パンをもらって小さくちぎってあげる。見ていた職員が慌てて謝っているので、これは単なるミスのようだ。

 ちぎってみたけど……このパン、柔らかいんだけど! カビ……カビがどこにもない! え、嘘。侯爵家でカビのないパンを食べ過ぎて私のカビを見つける能力落ちちゃった? 三秒あれば絶対小さくても見つけてみせるのに。


「おねーちゃん。わたしのパンほしい?」


 目を大きく開いてパンのカビを探していると子供が聞いてきた。


「あ、ごめんね。なんでもないよ」

「おねーちゃん、たくさんあそんだもんね。はい、ちょっとあげる」


 パンを欲しがっているように見えたようで、隣の子供がパンをひとかけら差し出してくれる。


「え……」


 みんな食事が足りなくてひもじかったので、食事の介助はお互いあっても自分の分を誰かに分け与えるなんてことはなかった。だって自分の分だけでも足りないもん。


「おかわりしたらいいじゃん」

「え? お、おかわり?」

「うん、おかわりできるよ!」

「おねーちゃんもたくさんたべてね!」

「わたしのパンもちょっとあげる~」


 おかわりって嘘でしょ!?

 職員に視線を向けるとうんうんと頷かれた。たしかにスープの鍋は前の方に置かれている。あのカゴに入っているのがパンかな?


 子供たちの小さな手があらゆる方向から差し出される。みんなそれぞれパンのかけらを持っている。嘘でしょ? おかわりできるっていっても……みんなどうしてこんなに簡単に自分のパンをくれるの?


「あ、こぼしたぁ」

「はいはい、拭こうね~」


 今度は反対側で泣きそうな声がした。反射ですぐに声をかけて側にあったふきんを手にする。5歳くらいの子供がスープをこぼしてしまっていた。拭きながらハッとして職員の動向を見る。殴らないよね?


「エヴァン。新しいスープを取りにいらっしゃい。お姉さんによくお礼を言ってね。拭いてくれたのよ?」

「はーい。おねーちゃんありがとう」

「う、うん」


 え、新しいスープもらえるの? こぼしたのに? こぼしたら絶対もらえないからみんなこぼさないように必死で食べてたのに? エヴァンが職員に手伝われながら運んできたスープは食べる前よりやや少ないほど器に入っていた。


 え、自分でこぼしてもこんなにもらえるの?

 びっくりしていると、エヴァンと呼ばれた子が首を傾げる。


「おねーちゃん、スープもおかわりあるよ」

「う、うん」

「いっぱいあそんだもんね。きょうはおねーちゃんたちがくるからとくべつなんだ」


 はっ。そういうことか。グレンが来る日は特別な食事内容ってことか。私のいた孤児院は子供引き取る以外で訪ねてくる人いなかったもん。

 裕福な商人や貴族から支援があっても、お金や物品が届いて終わり。本人が来ることはない。お金は職員たちの懐に入ったし、物品はどこかへ売られてまたお金が職員の懐に入るだけ。


じゃあ、いつもはこんなに具が入ってないスープってことよね?


「あさのおべんきょーなかったもんね」

「だね~」


 え、お勉強の時間とかあるの?


「い、いつもごはんはこんな感じなの?」

「? うん」

「パンはこんなに柔らかいの?」

「うん!」

「いつもおかわりできるの?」

「そうだよ~」

「おねーちゃん、そんなにご飯すきなの?」

「はやくたべちゃいなよ~」

「もうここにすんじゃえばいいじゃん」

「そしたら毎日いっしょにあそべるね!」


 あまりに私の知る孤児院と違いすぎて頭が痛くなった。あの孤児院があまりに特殊なのか、それともこの孤児院がおかしいのか私には分からなかった。

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