第三章 ぼろが出てしまう3番

第1話

「うまくやっているじゃないか。娼婦の娘でもいい拾い物だったな」


 エルンスト侯爵は、葉巻は吸わずに手紙を手にニヤニヤしながら私に向かって口にする。でも部屋に臭いが染みついている。

 侯爵が手にしているのはグレン・フォルセットからプリシラ宛の手紙だ。療養中に一通も送ってこなかったのにどういう風の吹き回しだろう。


「今度フォルセット公爵家が支援する孤児院を共に訪ねようと誘いの手紙が来ているぞ」


 見せられた手紙には確かにそのように書いてある。羨ましくなるほど綺麗な字だ。でも、やや細くて神経質。


「孤児院ならお前もいたんだからよく知っているだろう。一体どうやってこの短期間でグレン・フォルセットを誑し込んだのか」


 十四歳で誑し込むもなにもないと思うが……。私はこの一年近くで肉付きは良くなったけど、発育がいいわけではない。本物のプリシラだってそうだ。


「プリシラの演技もうまくやれているようだな。今のところ誰も疑っていない。多少はヘマをしても療養明けということで誤魔化せるが、気を抜かずにこの調子でうまくやれ」


 上機嫌に言うだけ言うと、侯爵から解放された。

 そりゃあ、こんなに瓜二つの人間が存在するなんて誰も思わないだろう。私だって貴族のお嬢様とそっくりだなんて想像さえしなかった。


 まぁ侯爵は最初っからこんなだ。いい拾い物なんて言われて怒る気力も湧かない。


 それにしても問題はグレンだ。

 パーティーではモゴモゴ謝っていたけど、一体何なのあの人。レイフって第二王子も嫌な奴だったし。類は友を呼ぶってやつ?


 ボロが出るかもしれないのになんで今更誘ってくるの! 前までプリシラ誘うことなかったんでしょうが! バレるかと思ってひやひやするのに。


 心の中で盛大にブツブツ言いながら階段を降りようとした。


「プリシラ! 駄目よ、その階段は!」

「え?」


 叫び声のようなものが聞こえ、慌てて階段の手すりを持ったまま振り向くと夫人が血走った目で走ってきていた。貴族でも走るのだ。いや、その鬼気迫る様子が怖い。幽霊より怖い。


「その階段を使ってはいけないわ!」


 あ、ここってもしかしてプリシラが落ちて亡くなった階段だったっけ。深夜になって急に庭の花が見たいってワガママ言って、使用人たちも追いつけない速度で歩いて階段から足踏み外して落ちたっていう。プリシラの部屋はこの下だから厳密にいうともう一階下の階段ね。

 ここで落ちて亡くなったことは一部以外に伏せたまま療養のために領地へ行ったという設定なのよね。


 夫人の様子がおかしいため階段を使うのを諦めて出しかけた足を戻す。駆け寄って来た夫人に抱きしめられた。


「駄目よ、その階段だけは! 何度も言っているでしょう!」


 いや、言われてない。そしてきつく抱きしめられすぎて苦しい。


「またプリシラが落ちてしまったら! どうすればいいの!」


 夫人は泣きながら私を抱きしめ続けている。

 これは抱擁だろうか。

 抱擁には憧れがあった。家族や親密な人とするんだよね? もっと愛を感じるのかと想像してた。こんな私でも。あったかくって幸せな気持ちになるものだと思ってた。でも、全然違う。なんだろう、この変な感じ。冷たいし苦しい。


 夫人に付いている使用人は「お、奥様。大丈夫ですか?」と夫人の様子にオロオロ右往左往している。もう一人は誰か呼びに行ったようだ。誰か来るまでこの調子だろうか。私が何か間違ったことを言えばさらにおかしくなって叩かれそうだ。


「お前は誰! プリシラじゃない! この娼婦の娘!」


 なんて叫ばれてぶたれたら大変マズいし。さぁ、どうしよう。そもそもプリシラが死んだことを知っているのは侍女長サリーと家令ロバートと侯爵夫妻と……。


「母上。ここで何をしているんですか。みっともない」


 誰か来たらしい。夫人の体に顔を押し付けられているから見えないが、この冷たい声は侯爵じゃない。葉巻臭くもない。頑張って隙間を作って視線を向けると長身の男性がいた。


「あぁ、侍女長が来てくれたか。母上をよろしく。なんとか落ち着かせて」


 初めてこの人の実物をこんなに近くで見た。プリシラとは仲が悪いから近付きもしないんだよね。初日も窓のところから見ていただけだったし、誕生日パーティーでも近寄ってこなかった。


「私がプリシラを部屋まで送っていきます。母上は落ち着いてください」


 銀色の髪を持つその長身の男性は私の腕を取って夫人から無理矢理引きはがすと、さっさと一緒に階段を下りた。後ろで夫人が何か叫んでいても完全に無視である。

 とりあえず良かった。この階段を使えなかったらあの階から動けないんだよね。夫人が見えなくなれば腕を離してすぐどこかへ行くだろうと思っていた。しかし、彼は本当に私を部屋まで送りなぜか中にまで入ってきた。


「えっと、ありがとうございました」

「外見だけなら瓜二つだ」


 プリシラの兄であり、ずっと私に近付いてこなかったレイナード・エルンストが私を見下ろしていた。彼の目はプリシラとは違って綺麗な青だった。グレンと同じだ。

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