第9話(グレン視点)

「あ、グレン。いたいた!」

「レイフ?」


 プリシラの後についてすごすごと会場に戻ると、隣国に留学していたはずのレイフ第二王子が貴族たちに囲まれていた。


 彼は側室の息子だが、母親は彼を生んですぐに亡くなっているので王妃が代わりに育てている。ただ、王妃の実の子供である第一王子や第一王女との扱いの差は歴然だった。


 もともと王位に興味などなかったレイフは年頃になるとさっさと留学した。明るく振舞ってはいるが、誰よりもネガティブな性格である。プリシラなんかと婚約しているグレンよりも根は暗い。


 そんなレイフがプリシラにコソコソ何か話しかけていた。あの女は不機嫌そうに何か答えている。そういえば、こんな相手を小バカにするような笑い方をする女だった。首を傾げて顎を突き出す癖もあったな。



「まだプリシラ嬢と婚約してたんだ。とっくに解消したかと思ってたよ。あんなにワガママだって嫌がってたのに。人生無駄にしてない?」


 あの女と話し終わって人の輪を抜けたレイフが肩を組んで話しかけてくる。第二王子だが、彼はいつもこんな感じだ。軽薄で馴れ馴れしく痛いところに踏み込んでくる。思わずため息が漏れそうになった。


「いろいろあるんだ。主に世間体とか。療養中に解消するわけにもいかない」

「なんで?」

「特にエルンスト侯爵夫人の方がうるさい。自分の娘が階段から落ちて怪我をしただけで婚約解消されたと散々被害者ぶるだろう」

「参加するお茶会のすべてで言いそうだ。フォルセット公爵家をよく思わない奴らもいるもんな」


 慰めるようにレイフに肩を叩かれる。

 あの女が何かやらかさないかとばかり狙っていたが、今日は疲れ切っただけだった。


 振り返ると、あの女は先ほど宣言した通りチョコレートケーキを食べていた。レイフと話している時もちらちら背後を気にしていたが、まさかチョコレートケーキに意識がいっていたのか。なんて図々しい。呑気な顔に腹が立ってくる。


 レイフと一緒に会場の隅で喉を潤していると、レイフはじいっとあの女を観察していた。そして唐突に口にする。


「プリシラ嬢ってさ、右利きだったよね?」

「知らない」


 即答する。知らないものは知らない。


「うわ、仮にも婚約者なのに~」

「最初は敬意をもって接していた。侯爵が祖父を助けてくれた恩もあるし。でもあの女、贈り物には文句をつけるしワガママ放題だ。うちに来ても菓子に文句ばかり」

「はいはい、ストップストップ」

「そんな女のことをいちいち覚えてるわけないだろ」

「うんうん。でもほら、プリシラ嬢ってちょこっとくらい雰囲気変わったじゃん」

「療養明けで大人しいだけだろ」

「まぁね。でもさ、グレンは彼女と婚約解消したら次の婚約者はどうすんの」

「……考えたくない。いや、そんなことよりもレイフだって婚約者は決まっていないだろう」


 今は一応婚約者がいるから何もないが……釣書が殺到するかもしれないと思うと頭痛がして震えも来た。今日、令嬢に囲まれただけでも息がしにくかったのに。


「気楽な第二王子だからね。国外かあるいは国内のどこかに婿入りさせられるんじゃない? いやぁ、プリシラ嬢が一人っ子だったら彼女も俺の婚約者候補だったかも。そうじゃなくって本当に良かったよ」


 ニヤニヤ笑いながら、相変わらずあの女を見ている。


「何か面白いことでもあったのか」

「うーん。いや、分かんない」

「なんだそれ」

「利き手って頭を打って変わるもんかなぁ」

「何て言った?」

「いや、なんでもないよ。グレンに久しぶりに会えて嬉しいなって」

「留学は終わったんだからずっとこの国にいるんだろ?」

「そうだね。兄も結婚したし、子供ができれば俺は即お払い箱だからね~。他国に婿入りしない限りはずっといるよ」


 明るく話すレイフだったがその表情は憂いを含んでいた。しかし、ある瞬間に目が輝いた。


「どうした?」

「ん、いやなんでもないよ。グレンは早く婚約解消できたらいいね、あの子と」

「そうだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る