第3話
侯爵は娘のことを駒としか思っていないようで大して関わってこない。だから教育も丸投げだ。
夫人は療養(訓練)に付き合っていたため、その分の仕事か社交が溜まっているのかお出かけに忙しい。
今日は私のなりかわり事情を知っている使用人を紹介された。家令のロバートという人だ。侍女長サリーと同じくらいの四十代後半。
「では、ダンスの練習を始めましょう」
「はい、よろしくお願いします」
家令ロバートと侍女長サリーしかいないのでプリシラのフリはせずにお願いすると、ロバートは唇を引き結んでおかしな表情をした。
「どうかされましたか?」
「いえ、お嬢様にあまりにも似ておられるのに。性格は真逆ですので驚きました。よろしくお願いいたします」
そう言われては苦笑するしかない。あの孤児院でどうやってプリシラのように振舞えるというのだろう。そんなことしたら多分あの職員たちに殺される。
ロバートとダンスの練習をするのは、男性と踊ったことがないからだ。プリシラの誕生日パーティーが近づいているから練習しないといけないそうだ。このパーティーに間に合うように私は教育を施されたらしい。
「みんな誕生日パーティーってあるんですか?」
「貴族は高位であるほど大きなパーティーを開きますが、平民は家族で祝うことが多いのではないしょうか」
「へぇ」
そうなんだ。私、自分の誕生日なんて知らない。
捨てられた時は生まれたてだったようだけど、生まれて何日経っていたかなんてわからないから職員が適当に作った私の書類には適当な誕生日が書かれている。名前もつけなかったのだから、誕生日などさらに適当だ。
自分の正確な誕生日も知らないのに、プリシラとして祝われるなんて。
「そういえば、グレン様はプリシラ様とよく踊っておられたんですか?」
視線を二人から逸らされる。それで十分答えになっていた。
「えっと……嫌われているのは分かっているのですが……」
「グレン様はこれまで誕生日パーティーにおいでになってすぐにお帰りでした。後継者教育が忙しいと」
「うわぁ」
思った以上に嫌われている。この前、怪我や体調を聞かれたからいい人だと思ったのに。
「では、踊ったことはないんですか? プリシラ様はダンスがうまいと聞いていたんですが」
夫人の申告だからあてにならないかもしれない。
「お嬢様はダンスがお上手でしたが、踊る相手が、その……」
聞いていて悲しくなってきた。ダンスは楽しいが、踊る機会はほぼないかもしれない。もうこの二人と踊れたらいいのかも。
ひとまずロバートから見てもダンスは問題ないとお墨付きをもらえた。
***
「あら、グレン。年寄りに気を遣って話し相手になってくれに来たの?」
「おばあ様の知恵をお借りしたくて来ました」
「可愛い孫の相談なら聞かないとねぇ。でも、その顔ならプリシラ嬢のことでしょう」
プリシラの名前を出されてグレンは頷きながらも眉根を寄せる。
「あの子ではねぇ、とてもとてもフォルセット公爵夫人は務まらないわ」
「その前に令嬢としても人としてもダメでしょう」
先代フォルセット公爵夫人であるカルラは紅茶を置いてため息をついた。
「でも、世間体というものがあるわ。残念ながらすぐには婚約解消できないの。グレンにはあの人が命を助けられたというだけでホイホイ決めた婚約で苦労をかけるわね」
「分かっていますが……」
「プリシラ嬢なら何かやらかすんじゃなくて?」
「どういう意味でしょうか」
「そのままの意味よ。だってプリシラ嬢が何かやらかせば、婚約解消しやすくなるでしょう? あの甘やかされた我儘な子の行動は予測不能だけど、頭を打って変になったに違いないって言えれば解消に持ち込めるわ」
「罠を仕掛けるのではなく、待つのですか?」
「下手に裏目に出たら困るもの。あの子ならどうせやらかすわよ。療養明けでストレスがたまっているんでしょうし」
カルラはにっこりとグレンに微笑みかける。
「ちょうどいい場があるでしょう」
「招待状が来ていましたね。誕生パーティーでしたか」
「あなたが会場に長くいれば令嬢が群がるんだから、それに対してヒステリックに喚くでしょう」
「いつも通りではないですか」
「そこで誰か令嬢が怪我でもしたと大ごとにすればいいのよ」
「あぁ、なるほど」
「別にかすり傷でもいいわ。あの子に突き飛ばされて足を捻ったとか」
「普通に起こり得ます」
「あなたが群がる令嬢たちに耐えられれば、だけど」
「仕方がありません」
グレンは軽く目を伏せる。カルラは心底、孫を不憫に思ったと同時にさっさと一人だけあの世に行って何もしてくれない夫にも腹を立てた。
「まだ怖いでしょう? 女性のことは」
「はい。こればかりは中々改善しません」
「無理はしないでちょうだい。親があれでもプリシラ嬢がまともな女の子であれば、結婚後に縁を切らせるだけで良かったんだけどあれではねぇ」
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