第2話

 翌日、プリシラの婚約者であるグレン・フォルセットの家であるフォルセット公爵邸に連れていかれた。プリシラが元気になりましたよ、の報告だそうで侯爵は上機嫌だった。


 フォルセット公爵夫妻に挨拶をして、早々に私だけ庭に通された。綺麗なたくさんの植物が目を楽しませてくれる庭にはテーブルセットが用意されていた。


「坊ちゃまはすぐいらっしゃいます」


 案内してくれた使用人はそう言った。あぁ、大人たちは聞かれたくない話でもしているのか。お金の話かな。


 ぼんやり考えていると、がさりと音がして年上の男性が目の前に立っていた。

 年上というか落ち着きのある子だ。貫禄?もあるし、どことなく高貴な品も漂っている。黒髪に青い目。間違いなく、プリシラの婚約者のグレン・フォルセットだ。冷たいのは彼の雰囲気なのか、それとも彼の顔が整っていて冷たく見えているだけなのか。とにかく、お貴族様!という感じで綺麗な人だ。


 立ち上がって挨拶をするとスルーされ、彼は向かいのイスに座った。彼が座ったので私も座る。


 使用人が紅茶を淹れ、ティースタンドが目の前に用意された。思わず、中身に目が釘付けになる。侯爵家で見たことがないお菓子ばかりなのだ。何あの綺麗なツヤツヤしたものは! 食べられるの? あのピンクやグリーンの丸っこい何か!


 グレンは何も話しかけてこないので、遠慮なくお菓子を眺める。


 あ、サンドイッチもあるのね。パンの可能性って私、孤児院じゃ知らなかった。だってパンって全部カビ生えてるか固いかのどっちかだったから。まさか中に何か挟んで食べられるなんて思ってもなかった。あんなに柔らかいなら可能性に満ち溢れていて当然よね。それにしても、どうしてパンに挟むだけでどうしてあんなに食べやすくってたくさん食べちゃうんだろう。


「もう怪我や体調はいいのか」

「はい」


 パンの可能性について頭の中でうるさく語っていたら、声をかけられた。ビックリしすぎて「はい」としか答えられなかった。


「それは良かったな」


 グレンはぐいっと紅茶を飲み干すとさっさと立ち上がって行ってしまった。

 ショックを受けるわけでもなく背中を見送る。お手洗い? 違うわよね。にしても体調を気遣ってくれるなんていい人。


「坊ちゃまはお忙しいので……」


 使用人の歯切れが悪い。


 ははーん、これはプリシラ嫌われてるね。

 療養中(私の訓練中)も手紙一つこなかったらしいもの。それに、婚約者ってドレスやアクセサリーをプレゼントするらしいんだけどプリシラはもらったことがないらしい。あれほど悪趣味ならプレゼントされても文句を言って突っ返していそうだけど。


 ところで、目の前のお菓子は食べていいのかな。どう見ても二人前だけどいいのかな。


 私の熱っぽい視線の意味に気付いたらしい使用人は


「お嬢様のためにご用意しました」


 と言ってくれたので遠慮なく食べることにした。どう見ても愛想笑いだったけどね。プリシラが嫌われていることはよく分かった。


 むしろ、安心した。話を聞いた限りプリシラって十三歳なのに、三歳や五歳のような挙動や情緒だもん。そんなのが貴族では当たり前って言われたら私、絶望するところだった。侯爵夫妻がちょっとおかしいのね。


 これだけ婚約者に嫌われてるってことはプリシラの性格は当たり前じゃないってことよね。良かった。孤児院で常識なんて学べなかったけど、そこまで私の感覚ズレてないみたい!


***


 なんなんだ、あの女。図太すぎるだろ。


 グレンは立ち去る途中で降り返った。プリシラは用意されたお菓子を幸せそうに食べているところだった。


 来て五分もしないうちに席を立って、明らかにプリシラを相手にしていないのにあの態度。ちょっとは傷つけばいいものを。


 先代公爵であるおじい様の体調が悪くなったところを助け、医者まで連れて行ってくれたことは感謝しているが婚約してから散々金の無心をされた。あのまま倒れていたらおじい様は亡くなっていたといっても、もう恩は返しただろうにまた今日もどうせ金の無心。


 いっそ階段から落ちて死んでおけば良かったのに、あのワガママ女。

 キラキラした表情でマカロンを頬張るプリシラに殺意が湧いてしまい、ぐっと拳を握りこんで開く。


 怪我から回復してすぐの婚約解消も外聞が悪い。正直、婚約解消したらすぐに他の女が寄って来そうなのも面倒だ。プリシラはあんなだから女除けにちょうど良かった。グレンに近付く令嬢をよく追い払っていた。プリシラ療養中のパーティーなどは令嬢が寄って来てストレスで大変だった。


 それでも、あんな女と結婚なんてごめんだ。いつまでも公爵家の金を当てにしているあの侯爵夫妻がもれなくついてくる。


 グレンは震える手を隠すようにぎゅっと握った。

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