第30話 夢は祐筆

 侍女軍団の最年少は、9歳の浮舟である。

 虎松と同年代ということもあって、おのずと彼の世話をすることが多い。

「虎松さま、ちょーしょくです」

「ありがとう」

 どんぶりにご飯を盛り、味噌汁を用意する。

「……」

「大丈夫、後は自分でできるから、義父上ちちうえのお世話して」

「はい」

 指示された浮舟は、亜蓮の元へ行く。

 亜蓮はあぐらをかいて瓦版を眺めていた。

「若殿」

「おー、浮舟。どった?」

 瓦版を置き、亜蓮は尋ねる。

「虎松のお世話終わった感じ?」

「はい。ひまです」

「分かった。じゃあ、瓦版一緒に読む?」

「はい!」

 元気よく返事すると、浮舟は亜蓮の膝の上に座る。

「しつれーします」

「どこの記事が読みたい?」

「そうですね……ごらくけーのがよみたいです」

「ちょっと待ってね……あったあった」

 亜蓮は探し終えると、娯楽系の記事の部分を浮舟が読みやすい位置にセッティングする。

「ここだよ」

「ありがとうございます」

 浮舟は笑顔で読みだす。

 本来ならば、肩揉みなどを行うのが筋なのだが、亜蓮は、自由主義を採用し、用事が無い時は自由に過ごさせている。

 浮舟が楽しんで瓦版を読めるのもその為だ。

 他の出勤中の侍女も用事が無い時には、入浴したり、昼寝したり、勉強したりなど、それぞれ過ごしていた。

「若殿、これなんてよむんですか?」

「『へっつい』。かまどなどの意味があるよ」

「むずかしいかんじですね」

「そうだね。俺も読めるけど、書ける自信は無いな」

「若殿のゆーひつには、ひっすのじですか?」

「文脈次第だね。十割、必要な言葉とは思えないけど、書けたら書けたで良いよね」

「わかりました。かけるようにがんばります」

「浮舟は、祐筆ゆうひつ志望?」

「はい。もじかくの、すきなので」

「そう。なら、頑張り。祐筆は必要不可欠だから、浮舟が祐筆になってくれれば助かるし、嬉しいな」

「! がんばります!」

 膝の上で、浮舟は破顔一笑する。

 やる気を後押しする言葉に、浮舟の士気は急上昇だ。

(ぜったい、ゆーひつになる!)

 戦場で身内を亡くし、人取り(=人身売買目的の誘拐)にった彼女は、生きる意味を失いかけていた。

 しかし、近衛前久に拾われ、今は第二の主・亜蓮の元で新たな人生を送っている。

 祐筆になれたらこの上ない幸せだろう。

「いっしょー、若殿におつかえします!」

「ありがとう」

 亜蓮は笑顔でその頭を撫でる。

「頑張って、応援しているよ」

「はい!」

 過ごしやすい城での生活に、浮舟はどんどん生活の質クオリティ・オブ・ライフを高めていくのであった。


(完全に削がれてしまったわね)

 夜。

 お市は、縁側に座り、物思いに更けていた。

 考えているのが、亜蓮のことだ。

 復讐を考えていたのだが、案外、結婚生活は楽しい。

 しかも、亜蓮は結構、子煩悩であることが判った。

 近衛前久から派遣された侍女軍団を可愛がり、我がのように育てている。

 その上、義理の息子である虎松も溺愛し、殆ど城では一緒だ。

(……貴方、ごめんなさい。復讐できなさそう)

 心の中で詫びた時、背後から抱き締められる。

「市」

「貴方?」

 振り返ることはしない。

 抱擁の仕方と声だけで、相手が夫・亜蓮であることは、百も承知だ。

「直虎は、可愛がった?」

「ああ。沢山ね。じき、はらむと思うよ」

「妊娠は私が先なのに」

「そうだね、そう願うよ」

 亜蓮は微笑んでお市の隣に座る。

 石鹸の匂いが鼻孔びこうを突く。

 直虎を抱いた後、全身を洗ってきたようだ。

「洗ったんだ?」

「そうだよ。駄目だった?」

「気にしないよ。貴方の匂いも好きだから」

「ありがとう」

 亜蓮は、益々ますます密着する。

 その反応にお市は、前夫・浅井長政との日々を思い出す。

「……」

「前夫のこと思い出した?」

「どうしてわかるの? 貴方、神通力?」

「かもね」

 若干、肯定後、亜蓮はお市の額に接吻する。

「前夫との思い出に浸るのは良いことだけど、今は俺が夫だから。俺と居る時は極力前夫のことは思い出してほしくないな」

「……嫉妬しているの?」

「そうだよ」

 今度は100%で肯定し、亜蓮はお市を押し倒す。

「……ここで抱くの?」

「悪い?」

「……さっき直虎を抱いたばかりなんでしょ?」

「そうだよ。でも、今はお市が欲しい」

「……もう、本当に」

 呆れつつも、お市は目を閉じた。

 唇に接吻される。

 なんだかんだでが良い分、すぐにお市の体も反応していく。

(ああ、まただ)

 お市は苦笑いしつつ、身を捧げる。

 そして、縁側で思う存分愛されるのであった。


 元亀元(1570)年8月1日。

 蝉が鳴る中、亜蓮の元で神宮寺家臣団が本格的に指導する。

 射撃場では、元服済みの、

脇坂安治わきざかやすはる(16)

片桐且元かたぎりかつもと(14)

平野長泰ひらのながやす(11)

 3人が、M16を撃っていた。

 一方、屋内では寺子屋にて、元服前の

福島正則ふくしままさのり(9)

・虎松(9)

加藤清正かとうきよまさ(8)

糟屋武則かすやたけのり(8)

加藤嘉明かとうよしあきら(7)

 の4人が座学を受けている。

 城内では、

・桐(18)

・藤(17)

あおい(16)

・明石(15)

空蝉うつせみ(14)

夕顔ゆうがお(13)

おぼろ(12)

大宮おおみや(11)

右近うこん(10)

浮舟うきふね(9)

 の10人が2交代制で働いている。

 船岡山城の主郭しゅかくでは、亜蓮が、

・お市

・井伊直虎

・幸姫

 と過ごしていた。

「あー……暑い」

 お市の膝に後頭部を預けつつ、直虎を抱き締めながら、亜蓮は発汗していた。

 幸姫が呆れつつ言う。

「お暑いのであれば、離れたらいいのでは?」

。大好きだし、離れたくない」

「……子供ですか?」

「子供だよ」

 謎に肯定後、亜蓮は後頭部をお市の膝に押し付けつつ、直虎を益々抱き締める。

「若殿♡」

 直虎も発汗しつつ、亜蓮に抱き締め返す。

「むむ」

 嫉妬したお市は、亜蓮の耳を引っ張った。

「痛いよ?」

「側室ばかり優先する罰よ」

「嫉妬した?」

「勿論」

「可愛い♡」

 亜蓮は起き上がると、お市に接吻し、そのまま押し倒す。

「こらこらお昼ですよ」

 頭痛を感じつつ、幸姫は2人を引き剥がす。

「お昼は何だ?」

「若殿が以前、作り方を教えて下さった唐揚げを作ってみました」

「おー、良いね」

 台所から唐揚げの良い匂いがする。

「料理は侍女たちにも習得させてね」

「分かっています」

 亜蓮のお腹が鳴る。

「食べるか。市も直虎も食べ」

「うん」

「はい、そうします」

 3人は立ち上がると、幸姫の案内の元、食事が用意されている大部屋に向かうのであった。


 亜蓮は基本的に身の回りのことは自分で行う為、侍女の仕事といえば、

・料理

・洗濯

・風呂掃除

 くらいだ。

「ふぅ」

 味噌汁を入れた夕顔は、亜蓮の元に運んでいく。

「お熱いのでお気を付けて下さい」

「ありがとう」

 渡そうとした時、手が滑る。

「「あ」」

 2人の声が重なったと同時に味噌汁が入った汁椀が、落下する。

「あー……」

 亜蓮が残念がって見下ろしたその先には、畳に散らばった味噌汁の具の数々が。

「申し訳御座いません!」

 慌ててその場で、夕顔は土下座する。

「急いで掃除します!」

「気持ちは分かるが、食事中に掃除するとほこりがなぁ」

「あ……」

 固まる夕顔。

「大丈夫。食べ終わった後で良いから」

「はい……」

 諭され、夕顔は反省する。

「片付けだけして、夕顔も食べていいよ。掃除は後で良いから」

「はい。ありがとうございます」

 夕顔は頭を下げ、去っていく。

義父上ちちうえは、お優しいですね」

「虎松も人には優しくなるんだぞ?」

「分かっています」

 唐揚げを頬張りつつ、虎松は亜蓮の膝に飛び乗る。

「義父上のように、物知りで美食家で人に優しく、そして強い武将になりたいです」

「虎松は私の事を買い被り過ぎだよ」

「いえ、私は義父上を買い被り過ぎていません」

 ふんす、と虎松は鼻息荒く力説する。

「義父上は、日ノ本一ひのもといちの武将なんですから、もっと自信家になってもいいかと」

「自信家ねぇ」

 虎松の頭を撫でつつ、亜蓮は言う。

「その件なら、俺じゃなくて虎松になって欲しいな」

「へ? 自分ですか?」

「混乱している時代だからこそ、若い世代に頑張って欲しいんだよ。虎松のその代表格になって欲しいな」

「……期待しています?」

「勿論」

 頭を撫でられ、虎松は顔を真っ赤にしていく。

 大好きな義父に褒められ、撫でられ、期待されているのは、途轍とてつもなく心地よい環境下だ。

「……期待されるほど、自分は強くないかもしれませんよ?」

 しおらしく言う虎松だが、亜蓮は微笑んでその頬を撫でる。

「その時は俺が全力で守るから、安全地帯にり」

「!」

 虎松は、目を大きく開けた。

「……義父上」

「うん?」

「……義父上を守れるほどの猛将になってみせます」

 大好きな義父に「全力で守る」と言われ、虎松の士気はどんどん上がっていく。

 実父を戦で亡くし、その悲しみに暮れる母・直虎を支えていた分、虎松は強さを求め、欲していた。

「お代わり、お願いします」

 ご飯を何杯もお代わりし、体の巨大化に努めていく。

 まだ9歳。

 成長期前な分、亜蓮の食事指導によってどんどん成長していくのが、既定路線だろう。

「あらあら」

 義理の息子となった虎松の変貌ぶりにお市は、目を細めていく。

 一方、実の母である直虎は、心配そうだ。

「無理しないでね、虎松」

「はい、母上!」

 実母の心配を他所よそに虎松は、飯を食らっていく。

 1人で3合ほど食べた所で満腹になったようで、手を合わせる。

「ご馳走様でした」

 その様子に、

「「「「「「「……」」」」」」」

 《七本槍》も刺激され、米を大いに食らう。

 神宮寺家臣団は、大量の飯を食らうことで体の巨大化を図るのであった。

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