第29話 生きる権利

 神宮寺家臣団は、現在、虎松1人だ。

 そこに目を付けた羽柴秀吉は、子飼いの武将を送り込む。

 後世に『賤ヶ岳七本槍』と呼ばれる7人を。


脇坂安治わきざかやすはる(16)

片桐且元かたぎりかつもと(14)

平野長泰ひらのながやす(11)

福島正則ふくしままさのり(9)

加藤清正かとうきよまさ(8)

糟屋武則かすやたけのり(8)

加藤嘉明かとうよしあきら(7)


 現代で言えば、小学校2年生から高校1年生までの集団グループと言った所か。

 平均10歳の7人は、船岡山城に入る。

「「「「「「「……」」」」」」」

 皆、緊張した面持ちだ。

 事前に秀吉から「温厚な人物」と聴いてはいるものの、やはり現場では違う話もよくある為、緊張するのは当然の話だろう。

 最年長の安治が門を叩く。

 ドンドン!

「頼もう!」

 すると、門番が小窓を開け、確認する。

「誰だ?」

「羽柴秀吉より派遣された者たちです」

「山?」

「川!」

 合言葉が合っていることを確認した門番は、城門を開ける。

 ギギギギ……

 耳障りな摩擦音の中、城門は開く。

「「「「「「「!」」」」」」」

 7人は目を剥いた。

 その視線の先には、亜蓮が射撃練習を行っていたから。

「……」

 城門のすぐ見える場所で、紅蓮は縁日えんにちの射的の如く、的を狙っていた。

 膝撃ちの姿勢で狙われているのは、死刑囚だ。

 首に吊るされた札には、『婦女暴行』と記されている。

 そんな死刑囚の太ももをM16から放たれた5・56x45mm NATO弾が貫く。

「ぐ!」

 死刑囚は、呻く。

 が、亜蓮に躊躇ためらいは無い。

 2発目、3発目を腹部や股間に風穴を開けていく。

 安治は言う。

わざと外しているな」

 清正らも頷く。

「ですね」

 M16の性能を試しているのか、将又はたまた苦痛を与えているのか、若しくはその両方なのか。

 亜蓮には、一向に死刑執行する気配が無い。

 死刑囚の方も薬を盛られているのか、あまり叫ぶことは無い。

「うう……うう……!」

 口からよだれを垂らし、両目には涙を溜めている。

 全弾撃ち終えると、弾倉マガジンえ、亜蓮は今度は胸や首に切り替えていく。

「あ」

 7人の内、誰かがこぼした。

 他の6人も言葉にしないが、その殺気を敏感に察知する。

 胸元に3発撃ち込むと、今度は首に3発、頭や目にも3発ずつ撃ち込んでいく。

「……」

 死刑囚がこと切れても、なおも撃ち続けていた。

義父上ちちうえ

「ああ、虎松」

 駆け寄って来た虎松を、亜蓮は我が子のように抱擁する。

「寺子屋は終わった?」

「はい!」

「良かった。着替えき。射撃、見せるから」

「はい!」

 虎松は笑顔で頷くと、屋内に駆けていく。

 そこで亜蓮は、7人に気付いた。

「あ、来てたんだ。ごめんね、気付くの遅くなって」

「いえいえ」

 代表して安治が挨拶する。

「羽柴家家臣団から出向しゅっこうで来ました。脇坂安治わきざかやすはると申します」

「ああ、聴いているよ。どうする?」

「と、申しますと?」

「一旦、今日は移動休みにして明日から訓練に合流する?」

「いえ、大丈夫です。今日から参加させて下さい」

「分かった。じゃあ、荷物は置いて来て、待ってるから」

「分かりました」

 安治は頭を下げる。

「「「「「「「お持ちします」」」」」」」

 侍女軍団の、

・桐(18)

・藤(17)

あおい(16)

・明石(15)

空蝉うつせみ(14)

夕顔ゆうがお(13)

おぼろ(12)

 の7人が荷物持ちを行う。

 と、言っても武具は自分達で持つ為、荷物は殆ど無いのだが。

 兎にも角にも、侍女が来た以上、預けない訳にはいかない。

「「「「「「「お願いします」」」」」」」

 7人の侍は、7人の侍女に私物を託すのであった。


 7人が動きやすい恰好に着替え、戻ってくると、

義父上ちちうえ、こうですか?」

 亜蓮の元で虎松が、膝撃ちの構えを見せていた。

「うん。ちゃんと安定しているよ」

「では、撃ちたいです」

「撃つのは元服後な」

 亜蓮はM16を奪うと、虎松の頭を撫でる。

「それまでは、木刀で練習しときなさい」

「……義父上ちちうえのけちんぼ」

「そういうなら、おやつは暫く禁止かなぁ」

「! ごめんなさい許して下さい今のは冗談です」

 虎松は亜蓮に抱き着き、頬ずり。

 7人に見られていても関係が無いようだ。

 安治が問う。

「若殿、今、何を?」

「訓練の一つで、射撃姿勢の確認をしていたんだ」

「なるほど」

「撃つのは元服後だけどね」

 男性の元服は、満年齢11~15歳で行われる(*1)。

 9歳の虎松は最短で2年後、七本槍でも元服済みなのは、

脇坂安治わきざかやすはる(16)

片桐且元かたぎりかつもと(14)

平野長泰ひらのながやす(11)

 の3人だけだ。

「何故、元服後にこだわっているんですか?」

「これは刀と違って簡単に人を殺傷できるからね。善悪の判断ができるようになっている筈の元服後だから使用の許可を出しているんだよ」

「なるほど」

 且元が尋ねる。

「では、元服済みの我々3人は、撃てるんですか?」

「勿論。でも、その前に講習を受けて欲しい」

「講習、ですか?」

「発砲できる段階を学んで欲しいんだよ。無暗矢鱈むやみやたらに発砲しないで欲しいから」

「なるほど」

 意外にも堅実的なことが分かり、7人はギャップを感じた。

「暴発や誤射対策なんですね?」

「そうだね。その認識で概ね合っているよ」

「分かりました。是非、受けさせて下さい」

「じゃあ、皆座って」

「「「「「「「はい」」」」」」」

 7人は用意されていた椅子に座る。

「戦場では容易に撃っていいが、市街戦の場合は誤射する可能性がある。民間人に化けた便衣兵は、撃っても構わんけどな」

「「「「「「「……」」」」」」」

 7人は、しっかりノートを取っていく。

「そこで我が隊は、発砲基準を設けることにした。知ってるかもしれないが、この基準は既に前線でも採用してもらっている」

「「「「「「「……」」」」」」」

「発砲基準はただ一つ。『正当防衛または緊急避難に該当する場合』。これならどんな場合でも撃っていい」

 座学が始まると、虎松も加わり、8人は一緒になって講習を受けていく。

「皆様、真面目ですわね」

 その光景を見て、直虎は微笑んだ。

 一方、幸姫は興味津々だ。

「……誰一人荒くれ者ではないですね」

「ああ、その話ですか?」

 直虎は幸姫を後ろから抱擁しつつ、言う。

「荒くれ者は、事前に弾かれていますからね」

「え? そうなんですか?」

徳川家康大殿の話によれば、事前に身辺調査をして、人当たりの良い武士のみ採用されているそうですよ」

「……それも若殿の方針なんですか?」

「そうらしいですね。乱妨取らんぼうどり(=戦地での略奪行為)及び人取り(=人身売買目的での誘拐)対策なんだとか」

 乱妨取らんぼうどり人取りは、戦国時代、多くの戦場で見られた戦争犯罪だ。

 それで1番有名なのが、 『大坂夏の陣図屏風』の左隻させきで描かれている、乱妨取らんぼうどりや人取りだろう。

 そこには、若い娘が幕府軍の雑兵ぞうひょうたちに誘拐されようとしている場面や避難民に野盗や追い剥ぎが群がっている場面だ。

 野盗らが幕府軍の雑兵の可能性もあるのだが、そんな彼らに対し、上半身裸の女性が命乞いしている姿は、戦場の悲惨さを物語っているだろう。

 当時の様子は、醍醐寺で真言宗の僧侶である義演ぎえん(1558~1626)が日記(*2)でも記録している。

 それによれば、戦場で女性や童部わらべの掠奪が多発しているという。

「……若殿は、否定的なんですか?」

「若殿は『敵対者以外は生きる権利がある』とおっしゃっていますわ」

「……」

 幸姫は、亜蓮を見た。

 熱心に指導する様は、先程、死刑囚を虐殺していた姿とは、程遠い。

「……若殿は、心底お優しい方ですね」

「惚れましたか?」

「勿論です」

 2人は穏やかな眼差しを亜蓮に向けるのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:義演准后日記

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る