第28話 大砲の時

 不審者の侵入があった為、船岡山城は防御を固める。

 土塁を築き、侵入対策を強化した。

「災難だったな?」

 二条古城から来た織田信長は、言う。

「誰も死傷しなかったのは、幸運だ」

「そうですね」

 頷く亜蓮は、お市を膝枕している。

 大凡おおよそ、義兄を迎える状況ではないが、それ以上にお市が甘えん坊だから仕方がない。

「それよりも防衛予算を増額して下さり、ありがとうございます。これで城を守ることが出来ます」

「うむ。しかし、凄いな。狙撃を成功させるなんて」

「運が良かっただけですよ」

 お市の頭を撫でつつ、亜蓮は続ける。

「それよりも戦況の方は如何どうです?」

「ああ、最新の火縄銃の御蔭おかげで連戦連勝だ。ただ、同じ武器を持った島津も薩摩さつまから北上しているからいずれ衝突するだろう。その時までに増産しておく必要がある」

「そうですね。ただ、向こうも同じ考えのはずなので、こちらも新たな武器を得る必要があります」

「……策はあるのか?」

「はい」

 亜蓮はニヤリとわらう。

 その所作に信長は、内心震えた。

此奴こいつが第六天の魔王ではないか……?)

 動揺を一切表に出さず、信長は口を開く。

「具体的な策とは?」

「上様、波爾杜瓦爾ポルトガル人の商人を知りませんか?」

「ああ、何人なんにんかはみやこに出入りしているな……それで?」

彼等かれらから石火矢いしびやを買って下さい」

「いし……びや?」

石火矢いしびやは、火薬で石を飛ばす武器です。『国崩くにくずし』『仏朗機《フランキ(仏郎機、仏狼機とも)』『破羅漢ハラカン』とも言いますが」

「……『国崩』……凄い名だな?」

「それはもう大層な威力なもので」

 正史で日本に大砲が登場したのは、天正4(1576)年のことだ。


『南蛮から石火矢を得て悦び、「国崩し」と名付けた』(*1)


 それから10年後の天正14(1586)年に薩摩との戦で使用され、大きな威力を発揮したとされる(*2)。

 生産が盛んになったのは1590年代で、17世紀序盤には大坂の陣に備えて、徳川家康は英蘭より大口径の前装式青銅砲(カルバリン砲等)を購入し、これらは後に国産化され、和製大砲となった(*3)。

 それよりも遥か前に亜蓮は、大砲に注目したのだった。


 同時期。

 亜蓮の調査を命じられていた服部半蔵は、困っていた。

(何も……出ないだと……?)

 四方八方調査したのだが、一切わかっていない。

(ううむ……)

 確実に言えることは、金ヶ崎合戦中に突如、登場したこと。

 そして、外国の血を引くことだ。

(……取り敢えず、報告するか)

 綿密めんみつつ長期に渡って調査したのだが、如何いかんせんこのざまだ。

「殿」

 部下が言う。

「奴は忍者なのでは?」

「……かもな」

 是程これほど情報が出ないのは、亜蓮が忍者である可能性が高い。

「甲賀か雑賀か紀州か……」

「それ以外の忍者かもしれません」

「そうだな……兎にも角にもその方向で報告しよう

「は」

 全力を出して調査した結果が「忍者である可能性が高い」というのは、間者かんじゃ(現・諜報員スパイ)としては大敗である。

 しかし、結果は結果。

 受け入れざるを得ない。

「……」

 半蔵は屋敷から空を見上げた。

 漂鳥ひょうちょうの一種、虎鶫トラツグミが飛んでいた。


「失礼します」

 夜、幸姫が寝室に入ると、

「(今晩こんばんは)」

 亜蓮が手を挙げた。

 その横には虎松が寝ている。

「(添い寝を?)」

「(ああ。『寝られない』んだと)」

「(成程なるほど

 子供は寝るのが仕事だが、毎日ちゃんと寝れるとは限らない。

 大人でも不眠の時があるのだ。

 直政もその時なのだろう。

「(奥方様達おくがたさまたちは?)」

「(隣だよ)」

 顎で亜蓮は隣室を示す。

「(それでどった?)」

「(業務日報に不備があった為、再提出に来ました)」

「(明日で良かったのに)」

「(当日のことは、当日に済ませたいので)」

「(分かるよ)」

 亜蓮は理解を示した。

 そして、虎松が完全に寝たことを確認後、立ち上がる。

「(どちらへ?)」

「(寝室を奪わとられたから、他を探しに行くんだよ)」

「(御供おともします)」

「(大丈夫だよ)」

「(御供おともします)」

 にっこりの笑みに亜蓮は、

「(……分かったよ)」

 降参し、手を出す。

「(……何ですか?)」

「(はぐれないように)」

「(城内ですよ。それに子供扱———)」

「(裳着もぎまでは子供だよ)」

 今度は亜蓮が、にっこりと笑う。

「(……分かりましたよ)」

 幸姫は降参し、その手を握り返すのであった。


 寝室を占拠された為、亜蓮は散々歩き回った結果、

「……ここで寝るよ」

「縁側で寝るんですか?」

「月夜が美しいからな」

 亜蓮は呆然とする幸姫を他所よそに、そこに布団を敷き、毛布を持ってくる。

 城主なのだから大広間等使っても良いのだが、縁側を選ぶとは予想外だ。

 蚊帳かやもうけ、害虫対策はバッチリである。

「……本当に若殿は、奇想天外ですね?」

「ありがとう」

「褒めてませんよ」

 ( ゚Д゚)ハァ? と、幸姫は、呆れ顔だ。

「今後、側室になる方は大変でしょうね」

「側室か……何人まで合法なんだ?」

「規定はありませんよ」

 イスラム教では4人まで妻が許されている(*4)が、日本の側室の文化には規定が無い。

 信長は判明しているだけで11人(*5)。

 秀吉は約20人(*6)。

 家康は16~20人以上(*7)。

 と、戦国三英傑は全員、二桁ふたけただ。

 言わずもがな、これらは「妻」であって

 秀吉に関しては、ルイス・フロイスいわく「愛人が300人居るように見えた」(*6)という。

 フロイスの目撃証言が事実なら、秀吉の好色家ぶりの度合いが分かるだろう。

「新婚なのに側室に御興味ごきょうみが?」

「全然。単純な疑問だよ」

「そうですか」

 呆れつつも、幸姫は亜蓮の頭に手を添える。

「なんだ?」

「若殿に悪女がかないように念を送っているんです」

「効果は?」

「ありますよ。きっと」

 幸姫は自信満々に頷くのであった。


[参考文献・出典]

*1:『大友興廃記』

*2: 菊池俊彦『図譜 江戸時代の技術 下』恒和出版 1988年

*3:『歴史を動かした兵器・武器の凄い話』河出書房新社〈KAWADE夢文庫〉

   2013年

*4:プレジデントオンライン 2023年11月26日

*5:歴史専門サイト「レキシル」2024年2月9日

*6:和楽           2020年7月12日

*7:戦国ヒストリー      2023年1月11日

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