第26話 船岡山城城主・神宮寺亜蓮

 船岡山城は、御土居おどいの内側にる。

 豊臣秀吉によって作られた京都を囲む土塁である(*1)その内側は洛中とされる。

 その建造が始まったのは天正19(1591)年の1月から閏1月(太陰暦)頃であり、同年の2月頃には大半が完成していた(*1)。


『天正十九壬(閏)正月ヨリ洛外ニ堀ヲホラセラル』(*3)

『竹ヲウヘラルゝ事も一時也、二月ニ過半成就也』(*3)

『十ノ口アリト也』(*3)

『此事何タル興業トソ云々、悪徒出世之時、ハヤ鐘ヲツカセ、ソレヲ相図ニ十門ヲタテ、其内ヲ被捲ト也』(*3)

 ———

『正月から洛外に堀の掘削が始まり、竹が植えられ、2月に過半が完成したとある。10箇所の出入口があり、悪徒(悪事を起こした者)が逃亡することを防ぐ目的がある』(*4)


 その為、元亀元(1570)年時点では、存在しない土塁どるいだ。

「……」

 船岡山城から山の下の城下町を眺めつつ、亜蓮は考える。

(土塁を進言するかね)

 ばっと飛び起きて、幸姫を呼ぶ。

「幸」

「はい」

 洗濯物を畳んでいた彼女は、振り返る。

祐筆ゆうひつでしょうか?」

「凄いな。よく分かったな?」

「雰囲気で分かりますよ」

 幸姫は微笑むと、傍に座る。

「何て書きましょうか?」

「土塁を築きたい」

「土塁、ですか?」

「ああ。洛外に堀を掘削くっさくして、竹を植えるんだ」

「何故、そんなことを?」

「そりゃあ、悪徒あくとの逃亡対策だよ。現況げんきょうだと逃げられたい放題だ」

成程なるほど

「それに、竹の先を鋭利にしとけば、外からの侵入も防げる」

「おお!」

 幸姫が大声を上げた。

「先端にはくそを塗っておけば病気を発症させることも出来る。越南共産党ベトコンスタイルだ」

……こん? 陶板たいる……都の辺で結婚し、酢の陶板たいるを張るんですか?」

「いやいや、違うよ。外の言葉だよ」

「! 若殿、異国の言葉を喋れるんですか?」

「ある程度はね」

 父親がアメリカ人の亜蓮は、父が各国に駐留や派遣されていたこともあり、幼少期から多くの言語の英才教育を受けてきた。


 使用出来る言語は、以下の通り。

・英語(母国語)

・日本語(第一外国語)

・台湾語

・ドイツ語

・ペルシャ語

・ヘブライ語

・トルコ語

・アラビア語

・モンゴル語

 ……


 無論、全てが母語話者ネイティブスピーカーほどではないし、なまりも強い場合があるのだが。

 それでも日常会話程度は、意思疎通コミュニケーションが可能である。

「だから、侍女たちにも外国語を推奨しているのですね?」

「沢山の国々と接触するからね。明に波爾杜瓦爾ポルトガル西班牙イスパニア和蘭オランダ……」

「お詳しいですね。私は国内だけで手一杯ていっぱいなので」

「今はね。でも、神州しんしゅうを統一後は、次は世界だからまだまだ忙しいよ」

 鎖国しない限り、世界と接触は続く。

 鎖国は国内が平和になるが、接触が断たれた以上、最新の文明が入りにくい環境が出来上がる為、どっちを採るかは為政者次第だ。

「世界に覇を轟かせるのですか?」

「上様次第だろうね。ただ、個人的には大陸に手を出すのは反対」

「何故です?」

「大陸は広いからね。元だって結局は衰退し、中国の歴代王朝も滅亡を繰り返しているし」

 一時、世界の陸地の17%(*5)を占めたモンゴル帝国も、最盛期と比べると1570年時点では縮小化し、最終的には1635年、日本が江戸時代の頃に滅んだ。

 日本が鎌倉時代の1206年に建国し、1635年の429年間は、江戸時代(1603~1868)の265年よりも164年長い記録である。

 世界の陸地の17%を支配したモンゴル帝国でさえも最終的には、滅亡したのだから如何いかに大陸の統治が困難かは分かるだろう。

 そういうこともあって、亜蓮は現実的に大陸進出論には否定的で、感情的にも大陸には興味が無い。

 だからこそ、反対の立場なのだ。

義父上ちちうえ~♪」

 寺子屋を終えた虎松(後の井伊直政)が、帰って来た。

「おう、お帰り」

 亜蓮は飛び起きて、虎松と熱い抱擁を交わす。

「えへへへ♪」

 虎松は、大好きな父の愛を感じ、上機嫌だ。

「今日も学業、頑張った?」

「はい。今日は参観日だったので」

「そうかそうか」

 その背後を見ると、直虎が某CMのように手で大きな〇を作っていた。

 授業を真面目に受けていたようだ。

義父上ちちうえも来てほしかったです」

「済まんな。城主として居なきゃならんから」

名代みょうだいは、立てれないんですか?」

「名代も居ないくらい人材不足なんだよ。まだ発足して間もないからね」

 神宮寺家家臣団は、現在、慢性的まんせいてきな人手不足である。

 足りない場合は他家の家臣団から武将や足軽を借りているが、それでも毎回借りるのは武士の名折れだ。

 幸姫が言う。

「どんどん来て欲しいですね」

「そうだけど、身分の確認はきっりとね。犯罪傾向が進んでいる者だったり、前科者、刺青が入っている者、喫煙者も全員、駄目だからね」

 亜蓮はクリーンな家臣団を目指している為、「元を含む犯罪者や犯罪者予備軍は、家臣団に適していない」と考えていた。

 また刺青が入っている者も「周囲に威圧感を与える為」として除外。

 喫煙者も「体力的な問題」から雇用対象者から外している。

「若殿が制限した為、面接を受ける者は少ないですね」

「そりゃ良かった。楽で済む」

 微笑むと亜蓮は、直虎を手招き。

「はい♡」

 とろけた目で直虎は頷くと、傍に座った。

「愛してるよ」

「分かっています♡」

 お市が茶々とお初をあやしている間は、2人きりの時間だ(虎松や幸姫は居るが)。

「ふ、二人が見ていますよ」

「知らんよ」

「あは♡」

 亜蓮に耳朶じだを甘噛みされ、直虎は甘い声を出す。

 養父母の愛の営みを見たくない虎松は、

「宿題してきます」

 と空気を読んで、出ていく。

 幸姫も、

「さてと」

 祐筆の為の準備をしに出て行った。

 完全に2人になった若い夫婦は、お互いむさぼように愛し合うのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:天正19(1591)年3月7日条

*3:編・林屋辰三郎 村井康彦 森谷尅久『京都市の地名』

  27 京都市の地名、平凡社〈日本歴史地名大系〉1979年

*4:馬瀬智光「秀吉洛中を構えるー御土居跡ー」『天下人の城』京都市〈京都市文化財ブックス 第31集〉 2017年

*5:Taagepera, Rein (September 1997). “Expansion and Contraction Patterns of Large Polities: Context for Russia”. International Studies Quarterly 41 (3): 492–502. doi:10.1111/0020-8833.00053. JSTOR 2600793. オリジナルの2020年7月7日時点におけるアーカイブ。

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