第19話 御所の傍で

『京都守護(仮)』の役職を得た亜蓮は、早速、織田信長が本拠地ホームグラウンドとして居を構える二条古城(現・京都市上京区五町目町 1569年 築城)周辺を担う。

 京都御所のほぼ隣なので、当然、御所も視界に入る。

(流石に……凄いな)

 驚いたのは、御所の貧相な見た目だ。

 この時代、朝廷の権威は、現代と比べて失墜していた。

 れを表す逸話エピソードは、103~104代の頃が挙げられるだろう。


     103代・後土御門天皇(1442~1500 在:1464~1500)

 ①5回譲位を図るも、足利将軍家にことごとく拒否に遭う(*1)

 ②崩御後、葬儀費用が無かった為、御所に遺体を約40日間放置(*1)(*2)


     104代・後柏原天皇 (1464~1526 在:1500~1526)

 即位の礼は、応仁の乱後の混乱の為に朝廷の財政は逼迫ひっぱくしており、21年待つことに(*1)

 ※鎌倉時代に大内裏が荒廃後も即位の礼の会場として維持・再建の継続が図られてきた太政官庁が応仁の乱で完全に焼失していた為、太政官庁を再建してから即位式を実施するのか、それとも大内裏の紫宸殿を代わりの施設として儀式を行うのかで朝廷内で議論になり決着がつかなかったのも即位式が開けなかった一因説(*3)


 当然、このような時代の為、帝も荒んでいたのか、後土御門天皇は荒れに荒れ、


①密通

 応仁の乱からの避難生活中に日野富子に仕える上臈じょうろう・花山院兼子と密通して皇女を出産(*4)。

②戦時下、将軍と一緒に飲酒

 応仁の乱中に足利義政が度々、室町第で酒宴を開いていたとされているが、その酒宴には常に同席して一緒に飲酒(*5))


 と、現在では不祥事になりそうな程の行為を行っている。

 そんな時代の中、一筋の光を見せたのが、105代の後奈良天皇(1497~1557 在:1526~1557)である。

 彼は、清廉潔白な為人ひととなりだったようで、


宸筆しんぴつ(天子の直筆)の書を売って収入の足しにする(*1)

②献金を拒否する

 1、

 天文4(1535)年

 公家を左近衛大将任命時、秘かに朝廷に銭1万疋の献金を約束していたことを知り、献金を突き返す。

 2、

 天文4(1535)年

 即位式の献金を行った大内義隆が、任官を申請するも拒絶(※周囲の説得で翌年にようやく許可)。

③慈悲深い

 天文9(1540)年

 疾病終息を発願して自ら書いた『般若心経』の奥書に悲痛な自省の言を添える(*7)。

 天文14(1545)年

 大嘗祭が催行できないことに対し、国民の豊穣を願った上で謝罪(*8)。


 と言った逸話エピソードが残されている。

 そんな後奈良天皇の代から23年後の現在は、正親町天皇おおぎまちてんのうの時期である。

 正親町天皇は、後奈良天皇の第一皇子である為、の継承者だ。

 名君であった先代の意志を継いで、朝廷を再建していくことだろう。

(……挨拶しに行った方が良いとは思うんだがなぁ)

 礼儀を重んじる亜蓮は、朝廷への挨拶も視野に入れるが、流石に勝手には行けない。

 朝廷としても何処の馬の骨とも知れぬ武士が挨拶に来ても、門前払いが筋だろう。

如何どうしました?」

 馬に乗った井伊直虎が声をかけてきた。

「いや、御所も警護対象なのかな、と」

「そうですね」

 当時の朝廷については、17世紀末に出島のオランダ商館に勤務したドイツ人医師エンゲルベルト・ケンペル(1651~1716)による『日本誌』が詳しい。


『三番目かつ現在の日本の君主制、すなわち「王代人皇」乃至ないし「祭祀者的世襲皇帝」は、キリスト前660年に始まり、それは中国の皇帝・恵王フイワン(? ~前652 在:前676~前675/前673~前652)の治世17年のことである。

 この時からキリスト紀元1693年まで、全て同じ一族の114人の皇帝達が継続して日本の帝位にいている。

 彼等かれらは自分達が、日本国の最も神聖な創建者である天照大神の一族の最も古い支族であること、そしてその長男の直系であり代々そうであることを極めて重んじている』(*1)


 鎌倉幕府も室町幕府も江戸幕府も、朝廷を弱体化させても排除しなかったように。

 信長も朝廷を重要視しているのは確かだ。

「参りましょうか」

「応」

 亜蓮も騎乗きじょうし、2人は一緒になってみやこを周り始める。


 事実上の無政府状態である為、首都である山城国(現・京都府南部)であっても場所によっては、芥川龍之介の『羅生門』のように死体から髪の毛を盗む盗賊も居るほどだ。

 流石に二条古城や御所周辺は、信長が永禄11(1568)年に上洛じょうらくを果たして以降、治安が改善しつつあるが、それでも平和とは言いがたいのが現実である。

「……うん?」

如何どうしました?」

「あそこ」

 顎で示す先には、盗賊だろうか。

 ふんどしを装着した、土気つちけ色の顔の集団が、公家を囲んでいた。

「……御公家おくげ様よぉ」

ろく、少しばかり恵んでくれないかねぇ」

「素直に応じたら命だけは、保障するぞ?」

 盗賊集団は全部で4人。

 何処どこで入手したのか、びれた日本刀が握られていた。

「……残党だな」

「浅井ですか?」

「そこまでは分からないが、握り方が武士のそれだ」

成程なるほど

「あと、盗賊の癖に無駄に筋肉がついている。多分、浪人ろうにんだろう」

「素晴らしい御慧眼ごけいがんです」

「ありがとう」

 直虎の頬に接吻後、亜蓮は下馬げばする。

「若殿?」

「ちょっくら、肩慣らしするよ」

 そう言うと、貸与たいよされた日本刀を抜く。

 そして、

「あらよっと」

 助走をつけて、日本刀を槍投げのごと投擲とうてき

 ズブ。

 日本刀は盗賊の米神こめかみを貫通した。

 公家を含めた4人が亜蓮の方を見る。

「なんだ!」

「貴様!」

「死ね!」

 3人は、斬りかかるも、亜蓮はわらうばかりだ。

 1人目の目を指で突くと、2人目は顎を下から突き上げアッパーカット

 3人目には、喧嘩キックで対応。

「ぎゃああああああああああああ!」

 両の目玉をえぐられた1人目はのた打ち回り、

「うう……」

 顎を砕かれた2人目はうつ伏せに倒れ、

「ぐは……」

 吐血した3人目は、仰向けで動けない。

 亜蓮は、ものの数秒の内に3人を倒したことになる。

「……!」

 公家は烏帽子えぼしを大きく揺らし、驚いた。

(何て男だ)

 3人が戦闘不能になった所で、亜蓮は死体から日本刀を抜き取って、残りの3人の頭を突いて回る。

 目を剥いた直虎は、拍手喝采だ。

流石一騎当千ですね!」

「ありがとう」

 返り血を浴びた亜蓮は、死体の服を千切り、日本刀をぬぐう。

 それから公家の方を見た。

御怪我おけがはありませんか?」

「ああ……ありがとう」

 公家は礼を述べつつ、内心ではビビり散らかすのであった。


[参考文献・出典]

*1:ベン・アミー・シロニー『母なる天皇―女性的君主制の過去・現在・未来』

  訳・大谷堅志郎 講談社 2003年 一部改定

*2:『後法興院記』

*3:久水俊和「内野の太政官庁」『中世天皇家の作法と律令制の残像』八木書店 

  2020年

*4:『親長卿記』文明5年10月22日条

*5:『親長卿記』文明3年11月25日・同4年4月2・3日条

*6:『実隆公記』文明4年4月2日条 等

*7:Library075 後奈良天皇宸翰般若心経 岩瀬文庫の世界 Iwase Bunko Library

*8:岡田荘司 『大嘗祭と古代の祭祀』

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