第18話 本性

 元亀元(1570)年6月15日。

 亜蓮は早朝、織田信長から呼び出される。

如何どうだ。京は慣れたか?」

「はい。何とか」

「それは良かった。本題に入っても?」

「お願いします」

「最近、浅井等の残党がみやこで確認されてな。その掃討を頼みたい」

 第六天の魔王を自称する癖に、下手したてだ。

「何故、強く命令されないんです?」

「妹がうるさくてな」

「なんと?」

「……『新九郎様が兄上を裏切ったのは、兄上の家臣への強硬が態度が原因。少しは軟化なんかしないと、二の矢、三の矢が飛んできますよ』とな」

「……成程なるほど

 信長の家臣への現代的で言えばパワハラになりそうな行為の数々を考えたら、確かに第二の浅井長政が登場してもおかしくはない。

 大事な妹からの忠告を、しもの信長も耳を貸したようだ。

「本当は前線に出したい所だが、新婚でもあるし、お市からの猛反対もあるし、暫くは出せん。だが、時機を見て前線に送りたい」

「分かりました。それで銃の方は、如何どうでしょうか?」

「大丈夫だ。各地で敵兵を十二分以上に倒している」

「良かったです」

「上様」

 側近が耳打ちする。

「(島津が連発式の火縄銃を開発した模様です)」

「なんだと……?」

 信長は、亜蓮を睨む。

 情報漏洩の根源、と思ったのだ。

「神宮寺……」

「なんです?」

「島津の間諜かんちょうか?」

「何故です?」

「島津も『えむじゅーろく』を持っているらしい」

「そうですか」

 あまり問題視しない態度に信長は、激怒する。

「なんだ、その言い方は!」

「島津には、八板金兵衛やいたきんべえという優秀な鉄砲鍛冶が居ます。彼が開発に成功したのでは?」

「じゃあ、情報を流したのは誰だ?」

「知りませんよ」

「! 貴様」

 襟首を掴み上げるも、信長は180㎝の亜蓮と比べると約170㎝(*1)しかない。

 自分よりも大きな人間を掴み上げることは、体格差的に困難であろう。

「それに信長様が1番理解しているのでは?」

「何?」

「自分はほぼ四六時中、織田家が管理する屋敷に居ました。そんな状態で島津と接触出来ますか?」

「……じゃあ、金ケ崎前に接触し、流していた―――」

「そうなら、貴家に仕える意味がありませんよ。態々わざわざ敵の中に飛び込むんですから」

「……」

 全て論破され、信長の握力は、段々弱まっていく。

「……済まん、直情的で」

「いえいえ。お気になさらずに」

 信長が手を放すと、亜蓮は笑顔で告げた。

御理解ごりかい頂けて良かったです。あと数秒遅ければ、こっちが我慢出来ずに信長様の首をし折っていたかもしれないので」

「……何だと?」

「き、貴様!」

 驚く信長と、抜刀する側近。

 信長は驚愕した色のまま、問う。

「あの状態から出来るのか?」

「試してみますか? その時は信長は、お亡くなりになりますが……?」

「……大した自信家だ」

 宇治での一件がある為、信長もそれ以上、疑問視することは無い。

「疑って悪かった」

「こちらこそ殺気を隠せなくて申し訳ございません」

 2人は和解の握手を交わす。

「……」

 それを見て、側近も納刀のうとうした。

「島津の件は、何故、漏れたのかを調べる必要があります」

「うん。同意だ」

「念の為、家臣団全員を調査した方がよろしいかと。『あり一穴いっけつ天下てんかやぶれ』とも申しますように」

「……そうだな」

 疑われてもなお、奉仕する亜蓮に信長は、内心でいたく感心する。

此奴こいつは本当に内通者じゃなさそうだな。お市も良いのを夫に貰ったな)

 その後、内部調査が行われるのであった。


 令和には密偵みってい等を主とする忍者は、居ない。

 だが、戦国時代には数多く存在する。


・青山虎之助(? ~?)

 三河一向一揆で斬首に遭う

渥美源吾あつみげんご(? ~?)

 関ヶ原合戦で活動

・朝比奈正成(? ~?)

 関ヶ原合戦直前、大坂夏の陣で活躍

伊賀崎道順いがのさきどうじゅん(? ~?)

 百々氏どどしの乱鎮圧に活躍

・石川頼明(? ~1600)

「俗説に頼明は忍術の達人」(*2)

百地丹波ももちたんば(1556(*3)~1640(*3))

 江戸時代の読本どくほん等に登場する忍者・百地三太夫ももち さんだゆう模範モデル

出浦盛清いでうらもりきよ(1546~1623(*4))

 霧隠才蔵の模範

 ……


 中でも1番有名な忍者は、何と言っても服部半蔵だろう。

 家康から指示を受ける。

「織田と我が家の家臣団の中から情報漏洩が無いか調べるんだ」

御意ぎょい

「あと、念の為、神宮寺もな」

「……彼もですか?」

「本人からのお達しだ。『潔癖けっぺきを証明したい』と」

「はぁ……」

 面倒臭さを覚えるが、半蔵も亜蓮に関しては思う所がある為、これを機に調べたいのも事実だ。

(神宮寺……日本一怪しい奴)

 いきなり戦場に出現し、以降は出世街道を行く新星ニュー・スターを忍者として無視する訳にはいかない。

(調べなくては……)

 半蔵は、やる気満々で葉っぱをくわえる。

 そして、文字通り、姿を消失させるのであった。

 

 2人の妻をめとった亜蓮は、あてがわれた屋敷で生活しつつ、仕事をこなす。

 幸姫が作った報告書を見て、呟く。

「乱れているなぁ……京は」

いくさの世の中ですから」

「ありがとう」

 幸姫が用意したお茶をすする。

 亜蓮の左右にはお市と直虎が鎮座ちんざし、彼の膝の上には直政が座っていた。

義父上ちちうえの役職って六波羅探題ろくはらたんだいですか?」

六波羅探題は、承久3(1221)年に現在の京都市東山区の一部に設置された治安制度だ。

 元弘の乱(1331~1333)終盤の元弘3(1333)年に足利尊氏による攻撃によって、北方の北条仲時(1306~1333)と南方の北条時益ほうじょうときます(? ~1333)が其々それぞれ探題を脱出したことで六波羅探題は滅んだ(*5)。

 以来、設置されていない。

 亜蓮は直政の頭を撫でつつ、否定する。

「そんな大層たいそうなものじゃないよ」

「では、京都守護ですか?」

 京都守護も鎌倉幕府の役職の一つで、承久の乱までは、洛中らくちゅうの警護や裁判等を担っていた(*6)。

「そうでもないかなぁ」

「では、何ですか?」

「さぁなぁ。単純に『みやこの警備』としか言われてないから」

「そう……ですか」

 何か役職名があった方が直政としては、格好良く感じるのだろう。

 亜蓮はそんな愛息の頭に顎を乗せ、左右の愛妻にも触手を伸ばす。

「あら?」

「はい?」

 亜蓮に腰を抱かれ、2人は夫を見た。

「なんですの?」

「なんですか?」

「愛してるよ」

 2人の頬に接吻し、愛をのたまう。

 これだけ愛情深いのは、アメリカ人の父親の影響だろう。

 父親は自宅で、妻(亜蓮の母親)に対し、しょっちゅう接吻キスやボディタッチを行っていた。

 日本人同士の家庭では、お互い恥ずかしくてあまり見られない光景だろう。

 そんな愛妻家の血をしっかり受け継いだ亜蓮は、ここでもしっかり愛妻家なのだ。

(……共感性羞恥きょうかんせいしゅうちになるわね)

 幸姫は呆れつつも、亜蓮の給仕を続けるのであった。


[参考文献・出典]

*1:歴ブロ 2023年12月17日

*2:高柳光寿 松平年一  『戦国人名辞典』 吉川弘文館      1981年

*3:編・室生村史編集委員会『室生村史』   室生村        1966年

*4:丸島和洋       『真田四代と信繁』平凡社〈平凡社新書〉 2015年

*5:高槻市史 第2章 南北朝内乱期の高槻地方 第1節 北摂地方の戦乱 高槻市立図書館

*6:ウィキペディア

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