第17話 「若殿」

「てー!」

 ドドドドドドドドド!

 M16の国産化に成功させた織田軍は早速、それを戦場で使っていた。

「なんだ! あれは!」

「連発なんて聞いてないぞ!」

 逃げ惑うのは、一向一揆の軍勢。

進者往生極楽進まば往生極楽 退者無間地獄退かば無間地獄』の軍旗は、鮮血に染まっていく。

 一向一揆に加勢していた雑賀衆も驚愕の色を隠せない。

「連発式だと?」

「何故なんだ……?」

 火縄銃の生産者として連発式を研究していた彼等だが、先を越されたら感が否めない。

 更に程度が悪いのは、弾丸に人糞が塗り込まれていることだ。

 かすっただけでも破傷風はしょうふうを発症する恐ろしい弾丸に一向宗は恐れおののく。

「痛い、痛いよ」

「はぁ! はぁ! 息が出来ない!」

 破傷風菌に感染すると、約80%の患者に全身的な症状(痙攣けいれん、呼吸困難、脳炎等)が見られ、非常に危険な状態になる(*1)。

 まさに恐怖の兵器だ。

「……」

 一揆鎮圧に当たる前田利家は、苦しみながら死んでいく人々の様子を見て、亜蓮に恐怖心を抱いた。

(何て男だ……病気を発症させるなんて……)

 M16以外には、槍の先端に人糞を塗り込んで相手に刺し傷を負わせ、そこから破傷風を発症させる戦術も考案している。

 それだけではない。

 相手の井戸に動物の死骸しがいを投げ込んで、飲み水を使えなくなったりしたり。

 鉄炮てつはうに錆びた刃物を仕掛け、炸裂させた時に四方八方に刃物が四散し、これまた破傷風を発症させている。

 利家も以前、一向一揆に対し、釜茹で等で対応したのだが。

 亜蓮の場合はそれよりも非人道的かもしれない。

「……」

 死体を見下ろす。

 口と目は大きく見開かれて、泡を吹いている。

 亜蓮の口癖を引用する。

「……『愛や友情はすぐに壊れるが、恐怖は長続きする』、か」

 この台詞の起源ルーツは、スターリンの名言の一つだ。

彼奴あいつは……真の第六天の魔王かもしれないな)

 自分以上に残虐な亜蓮に、《槍の又左衞門》は戦慄するのであった。


(……リリパットに迷い込んだ感じだな)

 京の街を歩く亜蓮は、そのような感想を抱いた。

 理由は単純だ。

 男性155cm(*2)、女性145cm(*2)が平均身長の戦国時代の為、180㎝の自分は否が応でも目立つ。

 なので、この時代に現代の日本人(平均身長は男性170㎝、女性は158cm(*2))が来ると、高身長を感じることだろう。

 リリパットとは、ジョナサン・スウィフト(1667~1745)の作品の一つである『ガリバー旅行記』に登場する小人こびとの国だ。

「おに~」

「おに~」

 小さな子供達が、亜蓮を指差して無邪気に笑う。

 この時代は、男性だと155cm(*2)が平均身長の為、子供達には平均身長より更に約30㎝も高い亜蓮は、鬼のように感じるのかもしれない。

 亜蓮が外国系の顔立ちも影響しているのだろう。

 弥助(? ~?)が京都に来た時も、見物人が殺到し、喧嘩や投石が起き、重傷者が出た(*3)ように。

 この時代の多くの日本人は、自分達と外見が異なる見た目の人間に対して慣れていないのだ。

 亜蓮も一々いちいち反応するのは、無駄の為、フル無視である。

「殿~」

 買い物を終えた幸姫が店から出てきた。

「済みませんね。買い物に付き合って下さって」

「全然」

 亜蓮は笑顔で否定すると、幸姫から竹製の背負いかごを引っる。

「え?」

「重いだろ?」

「侍女ですので仕事を奪わないで下さい」

「良いから気にするなって」

 幸姫の頭を撫でると、亜蓮は背負い籠を背負う。

「……若殿って絶対、優しいですよね?」

「そうかな」

「でも、侍女の仕事を奪わないで下さいよ」

「子供は子供らしく楽しむんだよ」

 ケラケラと笑うと、亜蓮は幸姫の手を握る。

「んで、次は何処どこに行く?」

「その前にかわやの直虎を待ちましょうよ。全く、お腹下すなんて護衛失格ですね」

「まぁまぁ、そういう時もあるんじゃない?」

「甘いですね」

 呆れる幸姫は、握力を強くする。

「若殿は、もう少し家臣に厳しくされた方が良いかと」

「そう?」

「はい。でないと家臣団は、腰抜けの集合体になりますよ?」

鍛錬たんれんをしていて、有事に使えたら後は何でも良いよ。それよりも」

「はい?」

「……『若殿』って何?」

「名前だと長いので変えてみました」

「……はぁ」

いやですか?」

「いや、びっくりしただけ」

 言われてみれば、「じ・ん・ぐ・う・じ・さ・ま」は、7文字。

 一方、「わ・か・と・の」は、4文字。

 字数的に呼びやすいのは、後者だろう。

「この呼び方で家臣団は、統一させる予定です」

「了解。家臣団の兵力はどのくらい?」

「1千人ですね」

 一般的に動員可能な兵力の目安は、1万石につき250~300人とされている(*4)。

 なので、1千人だと亜蓮は「4万石の武将」と言える。

「そんなに要らないかな」

「え? でも、戦場では足りませんよ?」

少数精鋭しょうすうせいえいで行きたいんだよ、優秀な家臣は既に3人居るし」

「誰です?」

「幸と直虎と直政虎松

「……高く買って下さるのは嬉しいですが、私はただの侍女じじょですよ? 戦闘は―――」

「身の回りの世話してくれている時点で重臣じゅうしんだよ。ありがとうね」

「……はい」

 赤くなった幸姫は、うつむく。

 労働基準法が存在せず、ハラスメントに対する倫理観も現代ほど無いこの時代において、ここまで家臣に平身低頭へいしんていとうなのは非常に珍しい。

(本当に……優しいなぁ。好きになっちゃいそう)

 これでいて弱かったら、軟弱者なんじゃくものなのだが、ちゃんと強いのが論より証拠だ。

(というか好きだし。裳着もぎ終わりに求婚してみようかな)

 本当はすぐにでも求婚したい所だが、流石に実父・前田利家が制止している為、それは困難である。

 もっとも、亜蓮を見る限り、10代には興味が無いのか手を出している様子は無い。

 なので、結婚するにしても20代になるまで待たないといけないだろう。

「お待たせしました」

 げっそりとした井伊直虎が、かわやから戻って来た。

「もう大丈夫?」

「はい、何とか……」

「まだ無理そうなら遠慮なく厠に行ってね」

「はい、ありがとうございます。殿

「……ああ」

 直虎にも「若殿」が浸透していることを知り、亜蓮は表情を硬くする。

(慣れないなぁ。この名前は)

 それから直虎の手も握り、亜蓮は次の店に歩き出すのであった。


[参考文献・出典]

*1:日常生活に潜む破傷風   HP

*2:歴ブロ          2023年12月17日

*3:クラツセジアン『国立国会図書館デジタルコレクション 日本西教史』 上

   太陽堂書店 1925年

*4:刀剣ワールド

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