第14話 再婚案
元亀元(1570)年6月1日。
この日、早朝から井伊直虎は、徳川家康に呼び出されていた。
「済まんな。朝早くから」
「いえ、お気になさらないでください」
まだ夜も明けきらぬ時間帯に
相応の事情があるのだろう。
「虎松は?」
「隣の部屋で寝ています」
「そうか、なら起きない
「は」
「虎松を神宮寺殿の
「!」
思わぬ言葉に直虎は、目を剥く。
「なんと……」
「侍大将になったんだ。直臣も必要だろう? 勿論、虎松が元服後の話だが」
虎松は、今年の元亀元(1570)年時点で9歳。
元服は、男児の場合、
「
金ケ崎合戦で手柄を譲られた
その顔触れは、以下の通り。
・
・
・
・
・
・
・
顔触れから見てわかる通り、後に『
「
小姓は、貴人のそば近くに仕えて、身の回りの雑用を務める役(*2)だ。
多くは少年で、男色の対象ともなった(*2)。
有名人で言えば、織田信長の小姓として仕えた前田利家や森蘭丸(*3)等が挙げられるだろう。
「決まっていないよ。だが、神宮寺殿は、虎松を望んでいる」
「え」
固まる直虎。
「案ずるな。
「そう、ですか……」
養子が上司と
異性愛者として女性との性的接触が困難なこの時代、衆道は現代の同性愛と比べると、機会的同性愛が強い傾向があるとされる(*4)。
衆道の主な事例
①性欲発散目的
戦地では女性は居ない為、代わりに美少年の小姓を相手とする者(*5)
②立身出生目的
将軍に
③戦術(
文明11(1479)年
蘆名氏、男色の契りを戦略的に利用して敵方の情報を入手し、攻撃を実行(*8)
③に関して言えば、古代ギリシャの
この部隊は、150組300人の男性の恋人同士で編成された軍隊であり、ギリシャ最強と謳われたという(*1)。
この
・共に戦場に出ればお互いが惨めな姿を見せまいと勇敢に振る舞うだろう
・愛する人を守る為に奮戦するだろう
との狙いがあったと考えられている(*1)。
その最後は、アレクサンドロス大王率いる騎兵隊と交戦した結果、300人の内、254人が戦死という悲劇をもって事実上の解散となった。
が、敵の指揮官の1人でアルゲアス朝マケドニア王国の
少し話題がズレたが、令和と違って戦国時代は、衆道が盛んな時代の為、直虎が母親として亜蓮の性的志向を気にするのは、当然のことだろう。
「神宮寺様は、異性愛者なんですね?」
「ああ。服部半蔵に調べさせたが、神宮寺殿に
「珍しいですね」
「そうだな。だが、女性が好みだと分かった以上、今後、各家は女性を送り込むだろうな。何しろ
「……ですね」
突如出現し、絶体絶命の織田信長等を助け、朝倉義景、浅井長政の討伐の援護射撃を行い、その上、1人で1千人も討ち取った。
情報量が多い為、訳が分からなくなるが、全て事実である。
「《一騎当千》が敵にならないのは良かったよ」
「一騎当千?」
「彼の
「はい」
「それが
「
普段は例えに出される四字熟語だが、亜蓮の場合は名前負けしていないのが凄い。
「
「……そんな
「そうだな。そこで提案なんだが」
「はい?」
「神宮寺殿と再婚しないか?」
「!」
声が出そうになる所を必死で抑える。
「再婚、ですか……?」
「ああ。あんまり大きくは言えんが、対等な関係である我が家と織田家だが、神宮寺殿に関しては、織田家の方が先行している。同盟関係である以上、我が家も関係者を嫁に出したいんだ」
「……そこで私が適任者、という訳ですか?」
「そうだな。神宮寺殿は、君に好意がある
「……」
直虎は考える。
亜蓮との生活を。
「……
「……お受けします」
「……直親への未練は無い?」
「神宮寺様が生まれ変わりだと思っていますので」
「……そうか」
未練たらたらな
「では、その
「はい。お願いします」
家康は微笑んで次に直虎の
身長約180cmの長身で美形の武将は、穏やかな笑みを浮かべている。
「……いい武将だ」
そう言うと、家康は笑顔で去っていくのであった。
(父が……神宮寺様……!)
隣室で盗み聞きしていた虎松は、静かに興奮していた。
大好きな養母が、尊敬する人と再婚する可能性が出てきたのだ。
(
既に亜蓮は茶々、お初の連れ子が居る。
が、ここで直虎が再婚した場合、一気に虎松が長男になる可能性が出てきた。
(長男として義父上を支えることが出来るかも)
枕を抱き締めて、虎松は布団の上で回転する。
(
笑顔で虎松は、亜蓮との新生活を
[参考文献・出典]
※1:井伊直政の幼名
※2:織田信長の幼名
*1:ウィキペディア
*2:デジタル大辞泉 小学館
*3:『歴史群像シリーズ20 激闘・織田軍団』学習研究社 1990年
*4:歴史民俗学資料叢書 解說編
*5:『江戸時代制度の研究』松平太郎 柏書房
*6:『江戸の男色』 白倉敬彦
*7:『武士道とエロス』 氏家幹人 講談社現代新書 1995年
*8:『新編会津風土記』巻74「土人ノ口碑」
*9:『井伊年譜』
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