第13話 侍大将・神宮寺亜蓮
「今日は、
三条大橋からお市は、鴨川を覗き込む。
令和と比べ、娯楽が少ない時代の為、河川の鑑賞もこの時代では、一般的な娯楽の一つなのだろう。
「
責任者が軍配を振るうと、家臣が一気に死刑囚の首を
現代日本の死刑は、絞首刑が採用されているのだが、戦国時代の死刑は斬首刑が多い。
当然、法律家も居ない為、裁判は現代と比べると簡素で乱雑だ。
運が悪ければ
「……」
亜蓮は目を
鴨川に血が流れていく。
幸姫が尋ねた。
「初めて見ますか?」
「そうだね。幸は?」
「見慣れていますからね」
現代の感覚だと、子供にこの
その証拠が、
彼女は少女時代、関ヶ原合戦の際、味方が討ち取った敵将の首に札を付けて天守に並べ置き、毎夜これに
こんな時代だからこそ、子供であっても死は身近な存在なのである。
「……そうか」
「神宮寺様?」
頭を撫でられた幸姫は、見上げた。
「何でもない」
「?」
撫でられる感触を嬉しがりつつも、頭上に「?」を浮かべる幸姫であった。
そこで幸姫は、早朝に作った弁当を広げた。
「「おおー」」
お市と亜蓮、直虎は、歓声を上げた。
・お握り
・卵焼き
・生野菜
が、ぎっしり詰まった弁当である。
「凄いな。美味しそうだ」
「でしょうでしょう?」
幸姫は自慢げに言う。
「朝、早起きした甲斐がありました」
「ありがたい話だよ」
「はい♪」
亜蓮に頭を撫でられ、幸姫は上機嫌だ。
直虎が言う。
「幸だけだと負担になります
亜蓮は心配する。
「虎松の作っているから大変じゃない?」
「大変ですが、作るのは好きなので」
「ありがとう。でも、無理はしないでね。幸もね」
「ですが、これが仕事———」
「君は子供だ。睡眠の方が大切だから。必要な時は、俺が作るし」
「「「え?」」」
3人は、同時に目を剥く。
お市が恐る恐る尋ねる。
「……亜蓮様、ご自分で料理を作られるんですか?」
「そうだよ」
この時代の男女は
『馳走とは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理して、もてなすことである』(*2)
という名言を
元亀元(1570)年時点で政宗は3歳なので、恐らく日本で料理を行う有名武将は、居ないと思われる。
そんな社会において、亜蓮が料理をするのを明言するのは、非常に珍しく見られた。
「
「味噌汁に唐揚げに餃子かな」
「「「からあげ? ぎょーざ?」」」
聴き慣れない単語に3人は、首を傾げた。
亜蓮は悟る。
(ああそうか、この時代はまだ無いのか)
唐揚げが日本で普及した時期は定かではないが、外食メニューに登場したのは昭和7(1932)年頃(*3)とされる(江戸時代に記述のある唐揚げは、現在のそれとは違うものとされる(*3))。
また、餃子も常陸水戸藩2代目藩主・
余談だが、光圀は、餃子以外にも、
・ラーメン
・チーズ
も日本人で初めて食べたとされている(*4)。
その為、餃子同様、ラーメンやチーズも戦国時代には日本に普及していないことになる。
幸姫がメモ帳を取り出す。
「聞いたこと無いお料理ですね。異国のものですか?」
「そうだね。材料が揃えることが出来たら作るよ」
「分かりました」
幸姫はメモ帳に大きく、『からあげ』『ぎょうざ』と記す。
お市と直虎も興味津々だ。
「亜蓮様、『からあげ』とは一体、どの
「簡単に言えば、
「美味しそうですね」
唐揚げを想像し、直虎は生唾を飲み込む。
「直政に振舞いたいな。時機が合えば作るよ」
「お願いします」
愛息を想われ、直虎は笑顔で頷くのであった。
鴨川散策から帰ってくると、屋敷の前で前田利家が立っていた。
「あ、前田様」
馬車から素早く亜蓮は降りた。
「お待たせしました?」
「いや、少しの時間だ。神宮寺殿、貴殿の地位が確定した」
「と、申しますと?」
「喜べ。
「「「!」」」
お市等は、驚いた。
侍大将(
侍大将の有名人
平氏譜代の有力家人・藤原忠清(? ~1185)
大内氏の家臣 ・陶晴賢 (1521~1555)
後者に関しては、《西国無双の侍大将》と称される
亜蓮に関しては、転生後、約1カ月での昇進の為、史上
「ありがとうございます」
「……冷静だな?」
「先日の戦功が証拠ですからね。昇進はあるかと思っていました」
「……そうだな」
驚いた顔が見たかった利家だが、一枚も二枚も亜蓮の方が
「ですが、良いんですか?」
「何がだ?」
「こんなに早い昇進は、他の方から
織田信長は、明智光秀や細川藤孝の
その為か、これら譜代の人々で信長を裏切った者は居ない一方で、
・松永久秀
・荒木村重
・明智光秀
といった「外様」に当たる人々は、やがて反逆者になっている(*6)。
ある研究者によれば、彼等の造反の要因の一つとして、信長の譜代重用に対する反発を挙げている(*6)。
それでも譜代は「絶対に冷遇されない 」という訳ではなく、佐久間信盛(1528~1582(*7))の
亜蓮は外様に当たる為、これらの事例から厚遇され
利家は続けた。
「貴殿は、織田・徳川の敗死の危機を脱却した大恩人だ。恩返しは早い方が良い」
「はぁ……」
「それに不満も現時点では出ていない。金ヶ崎での戦功が何よりもの証拠だからな。上様の決定事項を
『彼は僅かしか、又は殆ど全く家臣の忠言に従わず、一同から極めて畏敬されていた。
(省略)
……人の扱いには極めて率直で、自らの見解に尊大であった。
彼は日本の全ての王侯を軽蔑し、下僚に対する
そして人々は彼に絶対君主に対する
とルイス・フロイスが評した為、現代日本での信長像は「絶対君主」という
今回の亜蓮の身分に関しても、その評判通りで押し通したのかもしれない。
・佐久間信盛の異議に従って武将を
・「信長の意見が間違っていれば、
という文言のある文書(*9)(*10)
・家臣の意が妥当なものなら、信長はそれを採用することを約束(*9)
と、フロイスから見た信長とは違った柔軟な姿勢が見られることもあるから決して絶対君主的に家臣と接した訳ではなさそうだ。
その姿勢は追放者にも見られており、19か条の折檻状で猛烈に非難した信盛に対しても、
・追放前に名誉回復の機会が与えられたこと
・信盛が高野山で平穏に余生を送ったこと
等から、彼に対する仕打ちは、そこまで冷酷ではなかったとする声もある(*10)。
無論、明智光秀に対する苛烈なまでの
出会って1カ月しか経ってない亜蓮には、信長がそんな人物かは把握出来ていない。
それでも現状、冷遇されてはいないので満足だ。
「上様は、貴殿を大いに気に入っておられる。今後も精進してくれ」
「は」
頭を下げて、亜蓮は
[参考文献・出典]
*1:『
*2:『政宗公御名語集』
*3:日本唐揚協会 HP
*4:養命酒製造 HP
*5:ウィキペディア
*6:池上裕子 『織田信長』 吉川弘文館〈人物叢書〉 2012年
*7:『信長公記』
*8:『日本史』
*9:神田千里 『織田信長』 筑摩書房〈ちくま新書1093〉 2014年
*10:『越前国掟』
*11:『絵本太閤記』
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