第12話 妻と女官と護衛

 お市との正式な婚姻こんいんが結ばれ、亜蓮は戦国時代に転生してから僅か1カ月足らずで、妻帯者となった。

「亜蓮様♡」

 何処どこに行こうが、お市はついていくる。

 外でも風呂場でもかわや(現・トイレ)でもだ。

 恐らく日本一の高身長の亜蓮と、日本一の美女の夫婦の存在は、一気にみやこじゅうに広まった。

「凄いな。6尺(約180㎝)もあるとは」

「体重もそれなりにあるし、体格も凄そうだな」

「その体躯たいくで、金ケ崎で1千人討ち取ったんだからな。化け物だよ」

 瓦版かわらばん(現・新聞)の報道を見て、都の人々の関心は更に集まる。

 一部では49日を過ぎていないのにもかかわらず、再婚を果たしたお市に非難もあるが、それは少数派だ。

 元亀元(1570)年5月28日。

「亜蓮様♡」

 外出した亜蓮は、お市と手を繋ぎながら歩いている。

 同行者には女官の幸姫と、護衛ボディーガードとして井伊直虎が居る。

「市、何処どこに行きたい?」

「鴨川の方に行きたいですわ」

「分かった」

 鴨川は、白河法皇(1053~1129 在:1073~1087)の『天下三不如意てんかさんふにょい』で有名な場所だ(他の二つは、双六すごろくさい山法師やまほうし)。

 その暴れ川っぷりは、昭和でも健在で、昭和10(1935)年に発生した鴨川水害では、


・死者  12名

・負傷者 71名

・全半壊 482戸

・浸水  37・2㎢


 と、被害が出ている(*1)。

「幸、鴨川の今の水位は?」

「今朝、確認した段階では観測開始水位ですね」

「まだ大丈夫そうだな」

 氾濫はんらんやすい川だ。

 行く時はその都度つど、水位の確認が必至ひっしである。

 幸姫が問う。

「神宮寺様、鴨川までは如何どう行きますか?」

「市、如何どうする?」

「乗りたいですわ。徒歩だと疲れますしね」

「分かった。幸」

「では、御用意ごようい致します」

「ありがとう」

 幸姫がかご屋(現・タクシー)を捕まえに行く。

「(神宮寺様)」

 直虎がささやく。

「(先日は愚息ぐそく御迷惑ごめいわく御掛おかけしました)」

「あー、気にしてないよ。今日、虎松は?」

寺子屋てらこや(現・学校)に行っています」

「了解。将来が楽しみだ」

 初対面なのに高く評価してくれる亜蓮に、直虎は感謝しかない。

「あの子は、父の愛を知らぬ可哀想な子供です。神宮寺様が高く評価して下さり、幸いです」

「俺だけじゃないよ。いずれは、多くの人が評価してくれるから」

「……ありがとうございます」

 自信満々に言われ、直虎は笑顔を絶やさない。

 宇治でお市等を救ったスーパースターに断言されたのだ。

 これで喜ばない者は、ず居ないだろう。

(虎松が言うように……この人なら良いかも)

 段々、亜蓮にかれていく直虎であった。


 数分後、幸姫がかご屋から馬車を借りてきた。

 御者ぎょしゃは、直虎が務める。

「直虎、頼んだよ?」

「はい」

 直虎に笑顔を振りまいた後、亜蓮は客車に入る。

逢引あいびき♡」

 夫婦になってから初めての逢引デートで、お市のテンションも高い。

 経産婦けいさんぷなのだが、見た目が中学生のように若い為、子供がはしゃいでいる感じだ。

 余談だが、茶々とお初は、今日も乳母うばている。

 現代だと子供の世話は、父親や母親が行う場合が多いだろうが、この時代だと武家等の場合は乳母に頼ることが多い。

 その為、お市は育児をする必要が無く、逢引にも容易よういに行けるのだ。

 今にもそうなくらいにお市は、亜蓮と密着する。

「早く亜蓮様の子供を産みたいですわね♡」

「ありがとう。でも、ゆっくりで良いよ。ずは、育児から」

「茶々とお初?」

「うん。第三子だいさんしは、それから」

 しっかりとした考え方に幸姫は、驚く。

「育児を御優先ごゆうせんなされるんですね?」

「そりゃね。にもなるんだし」

「「!」」」

 お市と幸姫は、目を剥く。

 浅井長政の遺児いじである茶々、お初の姉妹は、父親が裏切者うらぎりものだけあって織田家内部では腫物はれもの扱いだ。

 そんな中、はっきりと「子供」と言うのは、亜蓮が姉妹を実子のように想っている証拠であった。

「……いずれ姉妹に会わせますね?」

「ありがたい。でも、赤ちゃんだろう? 寝ている時は寝かせたいから、子供の体調が優先だね」

「……はい」

 お市は微笑む。

 まだ会っても無い子供のことを第一に考えるのは、相当な子煩悩こぼんのうになりそうだ。

 幸姫も幸せな気持ちでいっぱいである。

(戦の世の中だからピリピリする男が多いんだけども……亜蓮様は、育児がお好きなようね)

 男女共同参画社会基本法(1999年 施行)が無いこの時代は、令和以上に男女差が激しい時代である。

 城主は直虎等、一部を除いて基本的に男性。

 政治を運営するのも男性で、女性は乳母等が代表されているよううちの仕事が多い。

 そんな時代にいて、育児を好む男性は少数派だ。

 幸姫は笑顔で亜蓮の隣に座る。

「神宮寺様」

「うん?」

「一生、おつかえします」

 そう言って、亜蓮の硬い手の甲に触れるのであった。


「……」

 手綱たづなを握りながら直虎は、考える。

 脳裏にあるのは、先程さきほど車内から聴こえてきた亜蓮の言葉だ。

 ———『にもなるんだし』

 と、亜蓮は姉妹を認知にんちしたのである。

(……姉妹は、幸運ね。味方が出来た訳だから)

 対照的により不運だったのが、長政の嫡男ちゃくなん(*2)(*3)万福丸まんぷくまると彼の庶子しょし(*1)である井頼いよりだ。

 2人は姉妹と違い、助命が許されず、秀吉によって磔刑たっけいに処された。


 万福丸 享年6歳。

 井頼  享年0歳(※史実では、井頼は1661年(*4)まで存命)


 兄弟の運命と比較すると、姉妹は亜蓮という味方が居るのは非常に幸運のことだ。

 ふと、直虎は考える。

御兄弟ごきょうだいも時機があれば助かったかな……?)

 前夫の子供を認知するのだから、若しかしたら万福丸等も時機タイミング次第では助かったかもしれない。

 否、やはり男児だから難しいか。

 平清盛が源頼朝を助命したことで、平家が滅んだ前例がある以上、男児の助命は亜蓮の擁護ようごがあっても困難だったかもしれない。

 性別が運命の分かれ道とは、まさに理不尽りふじんな時代である。

(……私は……)

 手綱を握りながら考える。

 最近は、ふとしたことでぐに亜蓮のことを考えてしまう。

 原因は、直政による積極的な後押しだ。

(……好きなのかな? 神宮寺様のこと)

 ずーっと考えていると、鴨川に着いた。

 御者台ぎょしゃだいから下り、客車の扉を開ける。

「鴨川に着きましたよ」

「ありがとう、お疲れ様」

 亜蓮は笑顔で首肯しゅこうすると、お市の手を取って降車する。

「段差、気を付けてね?」

「はい。亜蓮様♡」

 気遣われたお市は、笑顔で頷く。

 最後に幸姫が降りる時も、

「大丈夫?」

 サッと手を出し、幸姫が段差で転ばないように気に掛ける。

「ありがとうございます♪」

 幸姫も笑顔で降りた。

「お優しいですね?」

「そうかな?」

「好きですよ♡」

「ありがとう」

 幸姫の告白を亜蓮は、笑顔で受け流す。

(……告白慣れしている?)

 少し苛立いらだちを覚える幸姫だが、色白で長身を考えると、不人気なのは考えにくい。

 金ケ崎合戦前でも、相当、女性人気があったかもしれない。

 一抹いちまつの不安がよぎる。

(……しかして、側室沢山出来るのかな?)

 それが当たるのはそう遠くない未来であった。

 

[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:『翁草』

*3:『浅井三代記』

*4:四国新聞 1987年10月6日

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