第7話 2度目の初恋

 元亀元(1570)年5月10日。

 越後国を除く北陸地方と近江国(現・滋賀県)の戦後処理が終わり、織田氏に一旦平和が訪れる。

 既に上洛じょうらくを果たしている織田信長は、朝廷に使者を送り、開府かいふの準備を進める中、亜蓮は暇を持て余していた。

「火縄銃は、やっぱり撃ち辛いな……」

 木像の人型の標的マン・ターゲットを前に、そう感想を漏らす。

 標的には、


・頭

・顔

・首

・胸


 の4か所に綺麗に穴が開いていた。

「凄いな」

 一連の流れを見ていた前田利家が呟いた。

「ああ、前田殿」

「済まん。邪魔したか?」

「いえ、大丈夫です」

 亜蓮は、火縄銃を仕舞しまう。

「連発式の方は、如何どうなりましたか?」

「領内の鉄砲鍛冶を総動員させて、作らせている。これで武田も上杉も毛利にも勝てるよ」

 火縄銃の登場により、戦国時代に銃が必要不可欠になったように。

 M16の到来は、戦国時代に火縄銃以上に大きな影響を及ぼすゲーム・チェンジャーになる可能性が高いだろう。

「それは良かったです」

「神宮寺殿、貴殿は関東のお生まれなんだよな?」

「はい、そうです」

「では、関東に親類縁者しんるいえんじゃが?」

「居ませんね」

「……戦が原因か?」

「そうですね。散り散りになりました」

 未来人というのは説明が面倒臭い為、亜蓮は適当に嘘を吐く。

 マイナンバー等の現代式な身分証が無いので、この手の実証はほぼ不可能だ。

「分かった」

 利家は頷くと去っていく。

 信長に報告に言ったのだろう。

 家族関係については既に間者かんじゃ(現・諜報員)が調査済みの為、二度手間感が否めないが、再確認の作業だったのかもしれない。

「……」

 火縄銃を銃架じゅうかに置くと、亜蓮は、縁側えんがわで横になる。

 夜ではないが、それでも昼寝したい気分だ。

 亜蓮は、目を閉じる。

 硝煙しょうえんを感じつつ。


 1刻(現・2時間)ほど昼寝した亜蓮だが、突如、気配を感じ、飛び起きる。

「……」

 真横に座っていたのは、童顔どうがんの美少女。

 容姿からして中学生くらいだろうか。

 彼女は微笑んで、亜蓮の胸筋に刃物を添えていた。

「……えっと?」

「お久しぶりです。市と申します」

「上総介の?」

「はい。妹になります」

 見た感じ、やはり中学生にしか見えない。

 これで2人の経産婦けいさんぷとは流石、戦国屈指の美女である。

 世が世なら、美少女コンテストで優勝グランプリに輝くことも出来るだろう。

 後世でも、「天下第一番の御生付天下一の美人」(*1)(*2)(*3)と称賛しょうさんされた歴史に残る名古屋美人は、亜蓮に興味津々だ。

「貴方を殺しに来たのですが、神秘的な方ですね。がしません」

「臭い?」

「はい」

 お市は微笑む。

「このような時代ですから、武士の多くは血にまみれたような臭いがするのですが、貴方にはそのがありません。不思議です」

「……」

「疑っている訳ではありませんよ? 単純なる興味です」

 すり寄ったお市は、亜蓮の手を握った。

「……かたいですね?」

「筋肉でしょうね」

「夫も鍛えていましたが、貴方はそれ以上ですね」

「……備前守の件は、心からお悔やみ申し上げます」

 間接的に浅井長政の死に関わっている為、亜蓮としては複雑な心境だ。

 しかし、お市は笑顔を絶やさない。

「このような乱れた世ですからね。私も覚悟はしていました。お気遣いいただきありがとうございます」

「……自分を殺す気で?」

「そうですね。ですが、受け答えを見る限り、誠実そうに見える為、取り止めます」

「……今後、お市様は?」

「誰かと再婚するか、尼僧になるかでしょうかね」

 史実では、お市は長政と死別後、柴田勝家と再婚を果たしている。

 死別したのは、天正元(1573)年。

 26歳の年だ。

 そして、再婚は、天正10(1582)年。

 35歳の年である。

 約10年間、独身を貫いた後に再婚をしたのは、様々な想いを抱えてのことだろう。

「神宮寺様は、行く宛ては御座ございますか?」

貴家きかに仕官しただけで、それ以上のことは現時点では何も決まっていませんね」

「現在は、どのような役職で?」

「鉄砲鍛冶の助言者のような感じですね。銃に関して相談があれば、受けています」

成程なるほど。では、あまり忙しくはないと?」

「はい」

「分かりました。では、ご相談があるのですが」

「はい?」

「護衛を頼みたいのです」


 翌日。

 亜蓮は、和装の姿で屋敷の前に立っていた。

 180㎝、80㎏の恵まれた体がみやこの人々の注目を集める中、亜蓮は本差ほんさし脇差わきさしを気にする。

貸与たいよされたが……やっぱり、天下五剣てんかごけんような名刀は欲しくなるな)

 天下五剣は、数ある日本刀の中で特に名刀といわれる5振の名物の総称で、


童子切どうじぎり

 指定:国宝

 作者:平安時代中期の刀工とうこう安綱やすつな(? ~?)

 所蔵:東京国立博物館

鬼丸おにまる

 指定:無

 作者:粟田口国綱あわたぐちくにつな(1163? ~1255頃)

 所蔵:御物ぎょぶつ

三日月みかづき

 指定:国宝

 作者:平安時代の刀工・三条宗近さんじょうむねちか(? ~?)

 所蔵:東京国立博物館

大典太おおでんた

 指定:国宝

 作者:平安時代末期の刀工・光世みつよ(? ~?)

 所蔵:公益財団法人・前田育徳会

数珠丸じゅずまる

 指定:重要文化財

 作者:日本刀刀工一派・青江派あおえは(*4)

 所蔵:本興寺(兵庫県尼崎市)

 の5振を指す(*5)。


 言わずもがな、これらは全て個人が帯刀出来るほど代物しろものではない為、このレベルの刀剣を個人が所有するのは困難であるが。

 武士になった以上、この手のような名刀を一度は所有してみたい所である。

「お待たせしました」

 お市が日傘を差したお市が、やって来た。

「「「おお」」」

 巨漢よりも美女に人々の注目が集う。

 戦国一の美女だから、当然の話である。

「では、行きましょう」

小谷おだに殿———」

「名前で呼んで下さい」

「お市様———」

「敬称は不要です」

「……市」

「はい♡」

 お市は笑顔を振りまく。

「なんでしょう?」

「……護衛は沢山居る筈なのに、態々わざわざ自分を指名したのは、何故です?」

 はっきりと、お市は言う。

「貴方が織田家の有望株ですから」

「……経験者である古参の方が適任ではありませんか?」

「京に不慣れな貴方を私が道案内するのも、この逢引あいびきの意味です」

 そう言ってお市は、腕を抱く。

 腕が胸に触れ、亜蓮は驚く。

 しかし、お市は笑顔を絶やさない。

「何か?」

「いえ……何でもありません」

 観光を逢引と表現している辺り、お市が明確に亜蓮に好意を抱いているのは確かである。

「失礼します」

 2人の前に和装の女児が現れる。

 身長は160㎝。

 令和元年時点での女性の年代別平均身長は、以下の通り(*8)。


・26〜29歳:157・9cm

・30〜39歳:158・2cm

・40〜49歳:158・1cm

・50〜59歳:156・9cm

・60〜69歳:154cm


 そのどれよりも大きい為、いかに目の前の女児が高身長なのかが分かるだろう(もっとも戦国時代と令和では事情が違う為、一概に比較は困難であるが)。

「初めまして。神宮寺様。この度、専属の女官としておそばにつくことになりました前田こうと申します」

「ああ、前田様の? 久しぶりです」

「はい。父上が世話になっています」

「いえいえ、世話になっているには、自分の方ですから」

 その説明にお市は、驚く。

「幸、お忍びだったのにどうして来たの?」

大殿おおとの(=織田信長)が、案内役として自分を指名した次第です」

「! 兄上が?」

「はい。神宮寺様、よろしくお願いいたします」

「初めまして。よろしくお願いいたします」

 11歳の女児相手でも、亜蓮は低姿勢にお辞儀するのであった。


[参考文献・出典]

*1:『祖父物語』

*2:『賤獄合戦記』

*3:岡田正人『織田信長総合事典』雄山閣出版 1999年

*4:コトバンク

*5:福永酔剣「てんかごけん【天下五剣】」『日本刀大百科事典』 3巻

  雄山閣 1993年

*6:「国民健康・栄養調査」 厚生労働省 令和元年

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