第5話 前田家の密談

・東海地方

・近畿地方

・北陸地方(新潟県を除く)

 を手中に収めた織田信長は、二条城築城に着手する。

 本来のは、将軍が住まう二条城(現・二条御所)が既にるのだが、信長は現在の烏丸~室町の御池上る付近を気に入り、そこに新たな城を作ろうというのだ。

 現代では二条新御所(旧二条城とも)と呼ばれるそれは、正史では天正4(1576)年に、二条家14代当主・二条晴良にじょうはるよし(公卿で藤氏長者とうしのちょうじゃから二条邸を譲渡(*1)されたのが始まりである。

 近くの屋敷から着工を眺めつつ、亜蓮は腕立て伏せに取り組む。

「は……は……は……」

 上半身裸で高速で行うそのさまは、まるでアスリートだ。

 金剛力士像を彷彿ほうふつとさせるその筋骨隆々きんこつりゅうりゅうなそれは、筋肉フェチの人々を大いに興奮させるものだろう。

「……」

 その様子を障子越しに眺めている女性が居た。

 芳春院(1570年時点 23歳)である。

 元亀元(1570)年現在、既に、


 長女・幸姫(同 11歳)

 長男・利長(同 8歳 後、初代加賀藩主)

 次女・蕭姫(同 7歳)


 の母親であり、史実では更に後年に、


 三女・摩阿姫(1573年生まれ 後、豊臣秀吉側室、後万里小路充房室)

 四女・豪姫 (1574年生まれ 後、秀吉養女、宇喜多秀家室)

 五女・与免 (1577年生まれ 後、浅野幸長婚約者で夭折ようせつ

 次男・利政 (1578年生まれ 後、能登国七尾城城主)

六女・千世 (1580年生まれ 後、細川忠隆室、村井長次室)


 と7年の間に5人産む予定だ。

「……どう? こう?」

「父に似た筋肉質の方だね」

「気に入った?」

「うん」

「だろうね」

 筋肉質な利家に芳春院がかれたように。

 その長女・幸姫も芳春院同様、筋肉フェチであった。

「母上、あの方は何歳なの?」

間者かんじゃ(現・諜報員)の情報では、20歳はたち以上は確かよ」

「母上は何歳で嫁いだんだっけ?」

「11の時よ。んで、11で貴女を産んだの」

「じゃあ、私が嫁いでも問題ないね?」

 ずいっと幸姫は、にじり寄る。

裳着もぎ(現・元服式)を済ませてからね」

 裳着は、平安時代から安土桃山時代にかけて、女子が成人したことを一族及び他氏に対して示すことを目的として行われた通過儀礼で、通説では初潮後の10代前半の女子が対象とされている(*2)。

 成人者として当該の女子に初めてを着せる式で、裳着を済ませることで結婚等が許可された(*3)。

「母上は裳着を済ませたの?」

「どうだかねぇ」

「あ、教えてよ」

 ケラケラとわらう芳春院に、幸姫は唇を尖らせるのであった。


 令和元(2019)年の調査では、11歳の女の子の平均身長は144㎝となっている(*4)。

 戦国時代の女性の平均身長が145cm(*5)なので、同時代の日本人女性は令和の11歳と同じくらいのサイズとなる。

 そんな現在と比べると戦国時代の11歳は、更に身長が低い可能性があるのだが、幸姫は別だ。

 男性の平均身長が155㎝(*5)しかない戦国時代において、180㎝まで伸びた利家(*5)の血をしっかり受け継ぎ、この時代において160㎝もある。

 この数字は、平成24(2012)年の17歳の平均身長である160・8cm(*4)に匹敵する高さだ。

 言わずもがな芳春院よりも背が高い。

 11歳で23歳の母親を既に追い越すほどの長身は、令和でも中々見ないだろう。

 その日の夜。

 幸姫は、亜蓮の元を訪れた。

「失礼します」

「どうぞ」

 遅い時間帯にもかかわらず、亜蓮は追い返すことはしない。

 庇護ひごを受けている者として、低姿勢をっているのだ。

「初めまして。こうと申します」

「初めまして。神宮寺亜蓮と申します」

 夜の為、亜蓮は夜着よぎの姿である。

 普段は上半身裸で訓練しているのだが、着る服によっては着痩きやせするタイプなようで、昼間の時のようなムキムキさは無い。

 それでも、試合中のプロレスラーのような雰囲気をまとっている。

 相手が女児でも念の為、用心深くなっているのだろう。

「父へのご助力を感謝しに、この度参りました」

「お気遣いいただきありがとうございます」

 亜蓮は微笑むも、幸姫はそれが作り笑いと見抜く。

(例え相手が女児でも殺気は解かない、か……)

 戦国時代な分、誰が相手でも信用しないのは当たり前の話だが、それでも亜蓮の用心深さは、異常とも言える。

「聞けば、初陣ういじんだったそうですね?」

「ええ。緊張しましたが、何とか戦えました」

「確認戦果は如何程いかほどになります?」

「未確認ですが、軍監ぐんかん(現・記録係)によれば、1千人らしいですね」

「! 1千人も……!」

 金ヶ崎合戦においては、


・金ヶ崎城守備隊  4500

・朝倉、浅井連合軍 2万


 とされている(*2)。

 合わせて推計2万4500人。

 その内、4%を亜蓮は1人で討ち取った計算になる。

 これでは殿しんがりを務めた羽柴秀吉等が嫉妬するのも無理は無い話だろう。

「それほどの手柄がありながら……自慢されないんですね?」

「自慢は嫉妬を作り、敵を増やす行為ですからね。態々わざわざ承認欲求を満たすことは無いかと」

「……」

 嫉妬はよくある話だ。

 その果てには殺人にまで発展する事例も。


 例

 2021年 墨田区女子高生殺人事件(*6)

 2021年 愛知県男子中学生刺殺事件(*7)

 2023年 ブラジル夫焼殺事件(*8)


 無論、自慢しなくても嫉妬される場合もある為、一概には言えないが。

 兎にも角にも、亜蓮は自衛の意味で尊大そんだいな態度を採らないのだった。

「珍しいですね。戦功で1番の立身出世に繋がるので、自慢する人たちが多い世の中なのですが……」

十人十色じゅうにんといろですから。自慢してもいいでしょうね。その人のことなので」

「……ですね」

 冷めきった感想に幸姫は内心、呆気にとられる。

(もう少し、自己主張してもいいのに)

 一度の戦で1千人も討ち取ったのは、一騎当千の四字熟語が相応しい軍人だ。

 にもかかわらず、一切主張アピールしないのは、やはり本当に戦功に興味が無いのだろう。

「……父は貴方が今後、どのような武将になるのか気になっています。目標等はありますか?」

「今の所、一切考えていませんね。初陣を飾れた安堵の方が大きいです」

「……分かりました」

 戦功同様、目標にも然程さほど興味が無い様子だ。

 夜は更けていく。

「最後の質問です。答えたくなければ無回答でも構いません」

「はい?」

「女性にご興味はありますか?」

人並ひとなみに興味はありますね」

「好きな女性の種類は何ですか?」

「ありませんね」

「分かりました。年下に興味はありますか?」

「? 興味というのは?」

「年下から関心を持たれた場合、どう思いますか?」

「それが悪感情あっかんじょうでなければ嬉しいですね」

「分かりました」

 笑顔で幸姫は頷く。

「?」

 一方、亜蓮は終始、頭上に「?」を浮上させるのであった。


[参考文献・出典]

*1:編・河内将芳  『信長と京都 宿所の変遷からみる』淡交社 2019年

*2:ウィキペディア

*3:監修・永原慶二『岩波日本史辞典』        岩波書店 1999年

*4:厚生労働省  「令和元年国民健康・栄養調査」

*5:歴ブロ                        2023年12月17日

*6:朝日新聞                       2021年9月1日

*7:読売新聞                       2021年12月15日

*8:女性自身                       2023年12月11日

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